ピンクなスポットライトの下で
桃色の鳥が飛んでいった。
あの空は鮮明に私の心に刻まれている。
メティスの心が投影されたかの如く美しい光景は何処か人の心を和ませて、僅かばかりの悲しみを残して遠くに去っていった。
そんな残像が止まぬ状態で私は勇者様と個室で腰を下ろす。
ピンク、ピンク、ピンク。周りは全てどピンクだった。
右を振り向けばピンク、左を見てもピンク。天井を見上げればピンクの照明。
ここが何処かと問われたら答えは一つ、俗に言うラブホテルと言う場所だ。
どうしてこんな事になったかと言えば、メティスに続いてサンとキューの小人姉妹の強襲を受けたハーシェルの街で私の正体がバレてしまった事に端を発するのです。
「アルテミス、どうか心を落ち着かせて下さい」
「ひっ!?」
肩に温かい温もりを感じる。
それと同時に自分の体が強張るのが手に取るように分かってしまう。この場所で男女が二人きり、そうなればナニをするか等、聞くまでもありません。寧ろ確認する方が野暮、などと勇者様に受け流されてしまうでしょう。
嗚呼、肩を並べる隣から絶対的なフェロモンと目に入れるだけで全身がとろけてしまうほどの笑顔が贈られる。これは……もう抗えません。
私の心は『カモーン』の状態です。
寧ろ『レッツカモーン』でも構わないほどに心が高揚していく。
ですが私はこう言う時も作法にめっきり疎い。全身をモジモジとさせながら腰を落とすベッドを手当たり次第イジるしか無かった。そうしなくてはとてもこの緊張に耐えることなど出来ないから。
ん? このベッドは王城のものと比べてとても柔らかいですね。マットに触れると全身が沈み込む感触がします。
おや? このベッドは枠組みの部分に何か突起部が有るようです。私は手持ち無沙汰からその突起部を触れてみると、その突起部は予想に反して沈み込んでいく。
どうやら突起部は何かのボタンだったらしい。
「え? ええっ!? どうして何の前触れもなくマットが波を打つのですか!? ひょええええええええええ!!」
「はっはっは、このベッドは俗に言うウォーターベッドの様ですねえ。まさかアルテミスがここまで激しい女性だとは思いもしませんでした」
ちっがーーーーーーう!!
マットが蛇の如くうねりを見せる。
うねりが私と勇者様の身動きを奪う。まさか私の愛する国民はこのラブホテルをアトラクションか何かと併合して運営しているのでしょうか? うーん、言われてみれば確かに兼業の方が経営が安定しそうですね。
夜は大人、昼間は子供を客層にする。
とても勉強になります。こう言った斬新な考えを王族も積極的に取り入れるべきだと思う。しかし今はそんな事を考えている場合ではありません。
私はアタフタとしながら今一度ベッドのボタンを押すべく枠組みに手を伸ばす。ん? 先ほどまで気が付きませんでしたが、ボタンが三つある様だ。
どれを押すのが正解なのでしょうか?
しかしこれまた考えている場合でない事も事実、取り敢えず適当に押してみましょう。しかし、そう言った計画性の無さが物事が全て裏目に出てしまうのだ。
「え? ええっ!? 今度はベッドが回転しだしましたーーーーーーーーー!? マットも波打って状況を悪化させてしまいましたーーーーーーーー!!」
「はっはっは、これはまた乙ですなあ。まさか回転ベッドでもあったと。いやあ、はっはっは。これは心が躍る踊りますなあ」
どうしてこうなってしまったのか?
私たちが街を守るため闘った事でその住民たちが私たちの正体に疑問を持ち始めたのだ。魔王軍の強力な戦士たちに面と向かって立ち向かった事で当然ながら只者では無いと思った様で。
説明する上でディアナたちの正体を口にする訳にもいかず、かと言って適当な理由では信じてくれる筈もなく。
結果、住民の疑問を蔑ろに出来ず私は己の正体を明かす事にした。ですがそれが住民の心に火を付けてしまう事に繋がる訳で。
住民は女王と勇者を両手で大歓迎してくれました。
そして暴走した住民たちが女王と勇者に斜め上の気遣いを押し付けてきた、それが現場に繋がると言う訳だ。うううう、国民が私を慕ってくれるのはとても嬉しい。ですが流石の私もこの状況は流石に捌ききれません。
私は男性とお付き合いした経験がゼロなのですから!!
「ひょえええええええええ!! この回転をどうにかして停止させないと!!」
「はっはっは、アルテミス。停止コマンドは上上下下左右左右……ですよ?」
やっべー。
勇者様が無自覚に私の過去を抉ってくる。
ですがもはやベッドの稼働停止に手段など選んでいる場合ではありません。嗚呼、勇者様がベッドが回転する中で私に覆いかぶさってくる。やはりダメです、こんな状態では私自身が心の整理など出来よう筈がありません。
何とか状況を打開すべく私は枠組みボタンに手を伸ばした。そして同時に設置された全てのボタンを押してみた。
なんて事はありません。
私は更なる事件の加速を覚悟していましたが、意外とすんなりベッドは元の状態に戻ってくれました。はあ、疲れたー。
どうにかして状況は収拾が付いた。
しかしこの世界に座す神様はここから本当の試練を与えてきました。
部屋の隅で何か機械仕掛けが動き出す。床から始めて見る道具を乗せた台が上昇してきたのです。私はそれに食い入る様に視線を送るもやはりなんの道具なのか検討が付きません。
ジーッと観察した。
大人一人が乗れる程度の大きさの木彫りの馬にムチ、それから所謂ガーターベルトと呼ばれる女性の下着らしき物が姿を現した。他にも色々と小道具が取り揃えられている。
ん? 良く見れば巨大な蝋燭まで準備されている。まさかあれば停電対策のための緊急避難セットでしょうか?
やはり要領を得ません。
こう言った事は勇者様の方がお詳しいと思う。私はあれが何を意味するのか、覆い被さる勇者様に問いかけた。
「栄一様はアレが何かお分かりですか?」
「ふう……、アレはアルテミス専用装備です」
「え?」
「アレは俗に言う『女王様セット』と言うものですねえ。世間ではあの姿の女性が男をムチで叩いて女王様との戯れ気分を味わうのです」
勇者様はどう言う訳か眉間を指で摘んで泣いている。「本物の女王がまさか……この五代、不覚にも感動です」と謎の言葉を呟いていらっしゃった。
ええええええええええええええ!?
まさか国民の間では女王と言うものがそんな風に浸透していようとは……。不敬です、ハーシェルの住民は皆んなで私に不敬を働こうとしています。
いえ、そうではありません。もしかしたら私が悪いのかも知れません。国民に間違った印象を与えてしまうほどに私は為政者として愚物なのかも知れない。
ううう、そう考えると己の不甲斐なさで押し潰されそうになる。
もうアカン。
涙が止まりません。
「は、はははー。私、もっと精進しなくてはいけないのですね。シクシク」
「おやあ? アルテミスはもしかして目にゴミでも入りましたか?」
「お気になさらずに……。やはり私はまだ未熟者でした、勇者様に寵愛を頂くなど百年早いのです」
「え? あれえ? アフテミス、そんなフラフラ歩いてどうしたのですか?」
こうして私は自らの愚を突きつけられて勇者様を置き去りにしてラボホテルを後にした。この後の私は落ち込みぶりが凄まじくその足で元々予約していたホテルに到着するなりディアナたちに深く心配をされる事となった。
スカーレットは何が何だか分からない、と言った具合に首を傾げ、ディアナとオリビアは「……ま、まあ気にすんなって。何があったのか聞かねえけど」と適当に慰めてくれました。
今日この時をもって私は宣言します。
私は魔王を討伐して真の女王を目指すことを誓います。七十年何事もなく努めてきたつもりでしたが、私などまだまだ甘かったのだ。
こうして私は魔王討伐へのやる気を深め、勇者様とのヤル気を失うのだった。
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