Cat Fight 〜裸の心〜
少しだけ真面目なお話です。
「はあ……」
自分自身のため息に煩わしさを覚えた。
私は勇者様の手で魔王軍のディアナのよる誘拐から救出された。今は無事に王城へ戻ることが出来て、女王としての公務に追われている真っ最中。
長く続く廊下を歩く。
私のブーツが奏でるコツコツと言う音が廊下に響き渡る。白と黒で統一された幾何学模様に花を添えるかの如く私の足音は鳴り止むことはない。
「ダメよ、私はジュピトリスの女王。ため息なんて許されない。アルテミス、しっかりしなさい」
自分で自分に喝を入れるため、自らの頬を数回パンパンと叩く。そして同時に大きな悩みも残っている。
天井に視線を移して私はその悩みを吐き出した。
「どうして勇者様は私をあれほどまで愛してくださるのかしら?」
「……サラッと嫌味を吐き出すんじゃねえよ」
「ディ、ディアナ!? いつからそこに!?」
ディアナは廊下の壁にもたれ掛かりながら鋭い目つきで私を睨んでいた。
油断していた。
私は当のディアナによって誘拐されて既に勇者様にご迷惑をかけている。だから二度と油断をすまいと決意していた筈なのに。
にも関わらず私は再び醜態を晒してしまう。
だけどさすがは元魔王軍の幹部、まさか私に気配すら感じさせないとは。私は彼女に畏怖の念を抱くと同時に本音を知られて己を恥じてしまう。
悔しくて思わず歯を食いしばる。
しかしディアナはそんな私の気持ちなど当然ながら考慮してくれない。彼女はゆっくりと姿勢を正して私の方に歩み寄ってきた。
「俺は言ったよなあ? テメエを女として完膚なきまでに叩きのめすってよー」
思わず戒めを忘れて、ため息を吐きそうになる。
ディアナは女王である私の胸ぐらを掴んで凄んできた。彼女は勇者様にゾッコンなのだ、だから情けない姿を晒す私が気に入らないのでしょう。
だからこそ、私と同じく勇者様を愛してしまったディアナに私は敢えて本音をぶつけた。それがディアナに対する私なりの誠意だと思うのだ。
「……私には責任があります。静かな余生を過ごす筈だった勇者様から何もかもを奪ってしまった、その私には勇者様からの想いに応える義務があるのです」
「はっ!! ご大層に義務と来たかよ」
「何か問題でも?」
「テメエは義務なんかを理由にして『私も愛してますー』って言うのかよ? そりゃあ勇者様もさぞ迷惑だろうよ」
「……何ですって?」
私はディアナの言葉に怒りを覚えて、その感情を視線に乗せて睨みつけた。そんな私にディアナは呆れた様子で「分かってねえなあ」と言いながら数回首を横に振ってくる。
貴女なんかに私の何がわかると言うの?
魔王の言いなりになって好き勝手暴れ回って。その挙句、私が愛する国民に不安を抱かせるだけだったディアナに沸々と感情が沸騰していく感覚を感じた。
王城の廊下で不穏な雰囲気が流れていた。
「人を愛するってのは自然と湧き出る感情だろうが、そこに理由なんてねえよ。それをテメエはわざわざ理由を付けるってのか?」
「貴女に……、貴女なんかに私の何が分かると言うのですか!?」
「何にも分からねえよ、そんなもん理解したくもねえ!! 俺が分かるのはテメエが清廉潔白みてえな面をぶら下げて勇者様を小バカにしてるってことだけだ!!」
「私は栄一様を尊敬しています!!」
廊下に私の声が響く。
私は国民に対する演説をしてきた、だから私の声はとにかく通る様に訓練してきたつもりだ。だから余計にその声は廊下に響き渡っていった。
私の怒声に反応した王城勤めが驚いた様子で一斉に私の方に視線を向けてくるのだ。
やってしまった。
そう言う想いが私の心の中で強調されて、自責の念が私の心に芽生え出す。
「尊敬ねえ、はっっ!!」
「何か問題が?」
「いやあ、ご立派だよ。ご立派過ぎて反論の余地もねえよ」
「……この期に及んで含んだ物言いは止めて下さいませんか?」
「そっから先は自分で考えな。つまらねえ問答をしちまったよ」
そう言い残すとディアナは振り向いて背中越しに手を振って去っていって行ってしまった。「テメエとは二度と語らねえ」と捨て台詞を吐いて去って行った。
私は納得出来ない悔しさを覚えて酷く表情を歪めていた。
悔しい。
ただそう言った想いだけが心の中に残る。
後悔の念が私を責める。その想いに負けまいと私は己の立場を忘れてその場から全力で走り出していた。走りながら通り過ぎる王城勤めの者たちが驚きを隠せないらしく、私にどうしたのかと奇異の眼を向けてくる。
だけど今の私にはそれさえも考える余裕が無かった。
廊下を走り目の前に曲がり角が見えた。あそこを曲がれば私の個室まで目と鼻の先、そう考えて私は下を向きながらガムシャラに走り抜いた。悔しさからギリギリと歯を食いしばりながら。
そんな時にこそ運命の歯車は動くらしい。
私が角を曲がった瞬間、今一番顔を合わせたくない人とぶつかってしまったのです。
「おおっと、アルテミスさん!? 下を向きながら走ったら危ないですよ?」
私は曲がり角で勇者様と遭遇してしまったのです。
「え、栄一様!?」
「どうやら神様とは粋な方の様ですね。私が会いたいと願っていた人と巡り合わせてくださった」
「……」
私は思わず無言になってしまいました。
自分からぶつかっておきながら勇者様に謝罪の言葉すら言えず、妙な罪悪感から私は俯いてしまった。するとそんな私を見て相変わらずお優しい勇者様は本気で心配してくれたらしく、オドオドしながら話しかけてくれました。
「……どうされたのですか? 何か嫌なことでもありましたか?」
「……勇者様はどうして私を愛して下さるのですか?」
「言わないとダメですか?」
勇者様は困った様に私にそう言ってくる。
私は勇者様に縋り付く様に詰め寄っていた。そしてまるで決壊したダムの如く言葉を吐き出していた。
「だって私は深く考えも出せずに勇者様をこの世界に召喚してしまったのですよ? 恨まれることはあっても、初対面で愛して頂けるような人間ではありませんもの」
俯きながら溢れ出る涙を我慢して私は想いに丈を口にした。
勇者様に詰め寄りながら視線すら合わせられずに私は自分勝手なことを捲し立てたと思う。プルプルと震える手で勇者様に抱きついて返ってくる言葉を静かに待った。
すると勇者様は「ふう」とため息を吐いて何かを決心した様に言葉を吐き出してきた。
「……アルテミスさん、貴女は本当に常子と似ていますね」
「ツネコ……さん? それは女性のお名前でしょうか?」
「十年前に他界した私の家内です」
勇者様はそこから私に遠慮しながらもツネコと言う女性について淡々と語り出していった。
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