Hit and Run 〜純心と狂気の境目〜
「私はただ嬉しかっただけなのに!! 皆んなが私の発明を喜んでくれた、凄く便利だって言って……私をドワーフの誇りだって言ってくれたじゃない!!」
メティスは発狂する様に心を叫び散らす。
まるで一度集めたゴミをもう一度撒き散らすかの如く無秩序にメティスは本音をぶち撒けていった。周囲の目など気にも留めず、メティスはその本性を晒す。
「ああああああああああ、……ああああああああああ!! 族長が言ったんじゃない!! 武器を、大勢の敵を殺せる武器があれば魔王とだって戦えるって!! 皆んなが言ったんじゃない、強力な武器があればドワーフは安泰だって、私を天才だって言って褒めてくれたじゃない!!」
「……ようやく裸の心を見せてくれましたね?」
「なのに、なのになのになのに!! なのに!! どうして私を蔑むの!? 軽蔑する様な目を向けるの!? 族長も皆んなも……どうして後になって私の発明品をあってはならないものだって言って目を背けるの!? 後からビビるくらいなら最初から私を止めてよ!!」
「メティスちゃんの様な純粋な少女に酷なことをしました。君を苦しませた罪は私が償います、ですがまずは君自身が過去と向き合わねばなりません」
涙と鼻水混じりの声がする。
風と土煙で中の状況はしっかりと見えないけど、メティスの悲しみと勇者様の歯痒さがヒシヒシと私たちの元に伝わってくる様でした。人の役に立ちたかっただけ、そんな純粋さと後悔が風に乗って鼓膜に振動が伝わる。
ドワーフが絶滅の一途を辿った根幹は理解出来ました。
悲しみに押し潰されて、その悲しみから自分を守るため心を機械と化して。それこそ悲しい事だと思う。人が人の心を捨てるなど本来有ってはならない事だから。
思わず二つのため息が出る、一つはメティスに対するやり切れなさに、二つ目は勇者様のお優しさに対するものだ。勇者様はメティスの本性を看破して、心を丸裸にしてしまった。
ヤッベー。
もうカッコよすぎて私は改めて心にトキメキを感じます。
出会ってこれで何度目でしょうか、同族殺しと言う罪に誰にも理解されずもがき苦しんできた少女の本音を解放してしまう勇者様に私は改めて恋心と敬意を抱いてしまいました。
ほわああああ、頬が熱くなる。
おそらく今の私は勇者様への想いで顔を真っ赤に染め上げているのでしょう、両隣にいるディアナやオリビアと同じ様に。ため息を吐きながらただ勇者様の勇姿に思いを爆ぜているのでしょう。
「やっべえな、勇者様はやっぱりかっけえじゃねえか。はあ、抱かれてえ」
「ディアナは品が有りません。ですが……分かります。もう、私も……寄越せと命じられれば生まれたままの姿を何処でだろうと差し上げる所存です」
「オリビアよお、テメエはどうしてドバドバと涙しながら敬礼なんてしてんだよ?」
「そう言いつつディアナだって正座してるではありませんか。然りげ無く衣服の乱れを整えないでくれませんか?」
この二人、ダメだ。
元からこの二人は勇者様によって骨抜きにされてはいました。
ですが更にもはや使い物にならなくなっている。ディアナもオリビアも闘いへの関心が薄れてしまい、ただ勇者様へ如何に乙女を差し出すかしか頭にないらしい。
ここは私だけでも冷静にならないといけません。
ずっと気になっていた事がある。
私はそれをこの使い物にならなくなった二人に問いかけた。この二人も一応は魔王軍の元幹部、ならばこの二人に聞くのが最も手っ取り早いのだ。
「メティスが魔王に組した理由が分かりません。確かドワーフは魔王との戦争中に絶滅した筈、ドワーフは魔王に敗北する前に自滅したと私は聞きました。ですがメティスの話を総括すると話に整合が取れません」
私の問いの真意を察したのでしょう。二人がピクリと反応を見せる。だらし無い顔付きを真剣なそれに戻して私にその視線を向けてきた。
やはり何か理由がある様ですね。
「メティスは交換条件が有って真王軍に参加した筈だ」
「交換条件?」
「ああ、確か魔王がメティスに研究施設を準備するって内容だった筈だ。けどよお……」
「ディアナらしくないですね。珍しく歯切れが良くありませんね?」
ディアナが渋い表情を浮かばせる。
私の疑問に彼女は考え込む様な仕草を見せるのだ。何かを言いたそうにしながらも、喉でそれが引っ掛かる様な印象がします。いや、それよりも元々出ていた答えが間違っていたのでは? と今更になって考え直していると言った方が正しい表現だと感じます。
ディアナは私の視線に気付いて何とも言えない表情になってポリポリと頭を掻き出した。
そして何かを諦めた様に仕方ないと言った具合で口を開いていく。
「……俺は何か勘違いをしてたのかも知れねえ」
「彼女が研究施設を交換条件にした理由……ですね?」
「ああ、俺はずっとメティスをマッドサイエンティストか何かだと思ってた。研究施設を欲しがったのも、またとんでもねえ殺戮兵器を開発するためだとばかり……」
「彼女の本心はそんな事を望んでいない、寧ろ憤りを感じていると分かった以上は我々も反省せねばなりませんね」
「オリビア、俺は最後までこの闘いを見届けるぜ。まあ元々そのつもりだったんだけどよ」
「ディアナ、我々に反省をする機会を与えて下さった勇者様に深く感謝しましょう」
私たちは再三に渡って目を閉じて聴覚に集中していった。
風のフィールドの中では勇者様を追いかけるメティスの姿があった。先ほどまでとは一転して感情を剥き出しにするメティスがそこにいました。大粒の涙を流すその姿がとても痛々しく感じてしまう。
そんなメティスを初めて見たと言うディアナとオリビアは瞬き一つする事はありませんでした。彼女の一挙手一投足を逃すまいと、目に力を込めてその動きを追いかけていた。
勇者様は後ろ向きのまま逃げ回る。
そんな無理な姿勢にも関わらず勇者様は「ほーら、お爺ちゃんはここですよー。私の胸の中で好きなだけお泣きなさい」とメティスに声を掛けながら四方に逃げ回る。
ですから勇者様は強すぎではありませんか?
そんな無理な姿勢の勇者様にメティスは距離を詰めることが出来ずにいる。彼女はその状況に悔しさを覚えたのでしょう。口から血が滲み出るほどにギリギリと音を立てながら歯を食いしばっているのだ。
勇者様に追いつけない事が悔しいのか、はたまたは己の本心を知られた事が屈辱なのか。メティスは引きちぎれんばかりに腕を伸ばして勇者様に追い縋る。
それでもメティスの手は空を切る。
勇者様はそんなメティスに何処か哀愁を含んだ微笑みを向けていた。とても印象的な微笑みに私たち三人は自然と吸い込まれていく。
この微笑みは反則やで。
こんな表情を好いた殿方にされたら女性はメロメロに決まってますやん。勇者様のKO率百パーセントのフィニッシュブローが私たちを襲ってくるう。
ですがそれは勇者様を愛する私たちの都合であって、メティスには当て嵌まらない。勇者様はそのフェロモンだけでメティスの機械仕掛けの心を解き放った実績がお有り故に油断は禁物ですが、この状況から考えるとメティスもそれどころではない筈。
そんな風に現状を整理した時でした。
メティスは突如、勇者様を追い回す事を止めました。ピタリと身動き一つ取らなくなってその場に無言のまま佇むだけでした。
俯いたままメティスは微動だにしない。
そんな彼女の様子に違和感を感じ取った勇者様はあくまで紳士的に、そしてとても慎重にメティスに話しかけていった。勇者様のその様はまるで悪い事をして親に怒られた孫を心配するお爺ちゃんそのものだった。
深い悲しみが温かく抱擁されていく。
私の目にはそんな風に映っていた。
「メティスちゃんが今一番望むものを教えて下さい」
「……仲間」
「君はどうやって友達を作りますか?」
「同族の皆んなを……サイボーグにしちゃった同族の皆んなを……元に戻すの」
「君に出来ますか?」
「だから……だから私は魔王の仲間になったの!! 魔王が居ないと研究施設も維持出来ない!! 私はもっともっと技術を研究してサイボーグを元のドワーフに戻す研究を続けないとダメなんだから!!」
「仮に元に戻ったとして、また友達と仲良くなれますか? そもそも喧嘩の原因は友達にあるみたいですけど、ちゃんと仲直り出来ますか? 仲直りの秘訣は心がこもったスマイルですからねえ」
「もう耐えられないの、一人は嫌!! でも……それは私が招いた事だ全てをから受け入れる覚悟は出来てる。だから、だから同族の皆んな元に戻せたら私は……私の人生を諦めるの……」
絶句してしまった。
メティスは同族殺しを真剣に悔いているのだ。
だから彼女は何もかもを、自分自身さえも犠牲にしてそれを元の鞘に収めようと言うのだ。彼女は人の命を弄ぶことを嬉々として実行する様なマッドサイエンティストでは無く、寧ろ被害者だった訳で。
人の笑顔が見たくて頑張って、にも関わらず彼女の才能が常識で測るにはあまりにも大きく。だからこそ最後のところでドワーフたちはそんな彼女を恐れてしまった。
人は推し量れない巨大な才能を妬んでしまう事もある。彼女の場合は不幸にもそれが極端な結果を生んでしまったという事。
こんな業は彼女みたいな小さな少女が抱えていいものでは決してない。ここは是が非でも勇者様の勝利を収めて頂いて、私はあの少女を救いたいと願う様になっていた。
ディアナは……確認するまでもありませんでしたね。私がディアナに視線を向けると彼女はバツが悪そうに「勇者様に尻を拭って貰うって言うのもなあ……」と頭を描きながら小さく呟いていた。
そして勇者様はと言えば俯いて「ふう」と息を吐いて呼吸を整えていた。まるで吹き出す怒りを抑えるかの様に。
「ふう……、魔王め。いや、三井。この純粋な少女の心を弄び、剰え手駒にして利用した事は断じて許しません」
「こんな私を心配してくれてありがとう。勇者のお爺ちゃん。でも私はまだ負けられないの」
メティスは儚げな笑みを勇者様に送ると構えを取って戦闘の意思を示してきた。深く腰を落として勇者様の出方を見る、あまりにも見え見えなカウンターの準備を万全なものとした。彼女の目から再び涙をこぼれ落ちる。
メティスの涙が二人の闘いのゴングとなるのだった。
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