勇者の夢は孫との鬼ごっこ
ディアナの戦闘がひと段落したところで、もう一方の戦局に全員に目が移っていく。
当然、勇者様ともう一人のメティスとの攻防だ。
「どうやらあっちが本体みてえだな。こっちのメティスは倒したと思ったら跡形も無く消えやがった」
戦闘に勝利を収めたディアナが私たちの元に駆け寄ってくる。私は彼女の無事を確認すべくギュッと抱きついてみた。ポンポンとディアナの全身を触って傷の有無を一箇所一箇所、自らの手の感触で確認してみた。
ディアナの肌は綺麗でスベスベする。
彼女の体に傷は一切無く私はホッと胸を撫で下ろす事が出来ました。ですが肝心のディアナは「な、何だよ? 気持ち悪いなあ」と言葉を漏らしながら少しだけ距離を取る。
「女の肌に傷はが有ってはいけません。ディアナ、貴女はもう少しだけ自分を労りなさい」
「ちっ、やっぱりテメエはおかしな奴だよ。他人ばっか気にしやがって……」
「他人ではありません。ディアナだから心配しているのです」
「……テメエはテメエでメティスの垢を飲んどけ。偏ってんだよ」
ディアナ心配される事が慣れていないのか、軽く舌打ちをしたかと思えば口を尖らせてそっぽを向いてしまう。そしてガジガジと頭を掻いて「テメエの心配性は病気だぜ」といつもの様に悪態を吐いてくれた。
嗚呼、いつものディアナだ。
彼女を失わずに済んで私の表情が一気に綻んでいく。
私は今、貴重な経験をしたと思う。己の大切な人が戦場に赴くと人はこんな風に必死になって無事に帰ってくる事を祈るのだと知ることが出来ました。ディアナを信じてはいたけど、こうも胸が締め付けられるとは思わなかった。
理解は出来る、推測は立つ。
しかしそれでも私が号令を出して戦場に赴く騎士たちの家族はこんな風に心配をするのだろう。それを知ってしまうとやはり思い知る。
戦争は人を不幸にする。
今の私にはそう言う感覚こそが重要なのだ。無事に帰って来れば良いと言う訳ではないと改めて認識出来た。これはとても大切な感覚だと思う。
しかしそれでもまだ戦闘は続いている訳で。
オリビアが深く考え込む私にそれを警告してきた。ディアナとは別の、勇者様が戦っていらっしゃるもう一つのドームを指し示して優しげな声をかけてきました。
「アルテミス、あっちに集中なさい。私たちの勇者様が戦っています」
オリビアは事態はまだ決着が付いていないと声色で伝えてきた。
オリビアはそう言うものの私は正直、困っていました。
それは勇者様がメティスと戦うドームには何も見えないのだ。厳密に言えば見えない訳では無く、その動きを追えないと言うべきでしょうか。
先ほどまでは見えていた筈の勇者様の姿が速すぎてぼやけて見える。
私だけでは無い、ディアナにオリビアもジーッと目を凝らしてフィールドの中を覗き込む。三人で山頂から山の麓を覗き込むかの如く勇者様が繰り広げている戦闘の様相を注意深く観察する。
「……ディアナ、中の様子はどうでしょう? 栄一様にお怪我はありませんか?」
「見えねえよ、勇者様もメティスも速え速え。一応聞くけどオリビアはどうだ?」
「うーん……。ダメですね、ですが目がダメなら耳です」
オリビアの言う事は一理ある。
目で情報を得られないのであれば耳で得た情報を元に内部の状況を探らざるを得ないでしょう。私たちは全員で顔を突き合わせて頷き合う。
目を閉じて視覚を遮断して聴覚に集中していった。すると微かに笑い声が混じった人の話し声が耳に届く。
…………。
「はっはっは、メティスちゃんは鬼ごっこが上手ですねえ。いやあ、私も孫と鬼ごっこするのが夢だったのですよ。それがまさか異世界で叶うとは、長生きはするものですなあ」
「止めろ、これ以上近寄るな」
「孫は宝。この世界ではダフネちゃんがそうだと思っていましたが、あの子はそう言った遊びが向いていないので諦めていました」
鬼ごっこ?
栄一様はメティスを追いかけている真っ最中らしい。ダフネは栄一様から逃げると言うよりも自ら飛び込んでいくタイプ、それを考えると確かにあの子は鬼ごっこには向いていません。
いえ、そうではありませんでした。
違う、違います。
しかしなるほど。
ドームの中の様子におおよその見当が付きました。つまりメティスは高速の動きを持って勇者様から逃げ回っているのでしょう。確かメティスは勇者様のフェロモンを相当に警戒していた記憶がある。
え? つまりこちらのメティスは闘うことすら放棄していると?
勇者様のフェロモンを嫌ってただひたすら飛び回っていると言う事になる。そんなメティスを勇者様は鬼ごっこだと言って笑顔で追いかけ回す。
おっふう。
容易にその光景の想像が付いてしまう。ディアナとオリビアは声をハモらせながら「分かるわー」と納得した様子を見せていた。
「匂い匂い、フェロモン臭が凄い」
「はっはっは、お爺ちゃんと一緒にお絵描きしませんかー? それともメティスちゃんは塗り絵の方が好きだったりしますか?」
「何処に逃げても匂いが凄い、フェロモンが充満してる」
「やっぱり現代っ子はスマホアプリなんでしょうかねー? そうなると私はガラケーだから厳しいなあ。あ、飴とか食べます?」
おっふう。
勇者様はお爺ちゃんの定番、飴でメティスを釣るおつもりの様だ。
ですがスマホアプリとは何のことでしょうか? ガラケー? 勇者様のお話に出てくる単語が殆ど分かりません。
ディアナとオリビアなら知っているでしょうか?
「ディアナ、スマホアプリとは何のことでしょうか?」
「知らねえなあ。おい、オリビアは知ってっか?」
「……聞いたこともありません。後、ガラケーとは何のことですか?」
三人よれば文殊に知恵、と言います。
ですが三人で知恵を出し合っても答えは一向に出て来ない。ああでも無い、こうでも無いと三人で意見を出し合うも当然ながら答えは見つからない訳で。
私たちは勇者様の会話に振り回されてしまいました。
「おいおいおいおい、今度は絶世の美女たちが難しい顔してるぞ? ウッヒョー、眼福だぜー」
「俺、生まれてきて本当に幸せだと思ったよ。あの三人ってもしかして女優か何かかな?」
「おい、誰かサイン貰ってこいよ。って、色紙もサインペンも無いじゃん!!」
え? またしても街の男性たちが私たちにチラチラと視線を向けてくる。一体何度目の出来事かと思って私がその方向を振り向くも、するとやはり視線が何処かに飛散する。
はっ!?
もしかして私が女王だとバレてしまったのでしょうか!?
マズいマズいマズい。
これは一刻も早く事態に収拾を付けてハーシェルの街を去らなくては。そのためには勇者様にお早くメティスを倒して貰う必要がある。
私は二人に状況の深刻さを共有して、再び聴覚に集中をしていった。
「フェロモンフェロモンフェロモン」
「はっはっは、捕まえましたよーーー。じゃあ次はメティスちゃんが鬼ですよ? ほら、捕まえてごらんなさい」
「う、ううううう、……うわああああああああああああああ!! いやあああああああああああ、記憶が……、記憶がああああああああああ!!」
耳を澄ませてみるとメティスの悲鳴が伝わってくる。
これは……もしかしなくとも勇者様はフェロモンだけでメティスを攻略してしまったのでは? 勇者様の絶対無敵のフェロモンがドームの中に充満して、その上で直接メティスに触れた事で機械の心の琴線に触れてしまったのでは無いでしょうか。
私はソーッとディアナたちに視線を送ると二人は冷や汗を垂らしながら首を縦に振ってくる。どうやら二人も同じ考えを抱いてしまったらしい。
やっべー。
勇者様は何処までも規格外な方でした。
闘わずして勝つ、この言葉を見事に体現した勇者様は今までとは逆にキャッキャと風のドームの中を逃げ回る。するとメティスもこれまでは逆に発狂したかの如く勇者様を追いかけ回し始めた。
「えっぐ!! ぐずっ、思い出したくも無かった記憶……、どうして皆んなは私を殺そうとするの!? 私はただ、一生懸命皆んなの役に立ちたかっただけなのに!! どうして!?」
「はっはっは、嫌なことがあればお爺ちゃんの胸の中でお泣きなさい」
「……ディアナ?」
「アルテミスよー、言いたい事は分かっけど俺に聞かねえでくれ」
「無論、私もディアナと同じくです。アルテミス、我々は黙ってこの闘いを見守りましょう」
メティスの心の声がハーシェルの街に木霊する。
一人の少女が抱え込んだ悲しき過去が語られていく、私たち三人はそれを真摯に受け止めることを決意したのだった。
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