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Don't Worry 〜心配ご無用〜

 ギリギリとメティスを強引に押さえ込み音が聞こえてくる。


 ディアナによって羽交締めで拘束されるメティスは全身の筋肉を稼働させてそれに抵抗する姿勢を見せる。元々メティスは勇者様に抵抗出来るだけの筋力がある。それ故に姿勢的優位を保つディアナではあるが何とかメティスを離すまいと必死な形相になっていた。



 私の目にはディアナの方が不利に映る。



 彼女はメティスの動きを何とか封じるも、それでも彼女は決め手に欠ける状態だと思う。ディアナが攻勢に出るには一度この拘束を解かねばならないのです。ですが解いて仕舞えばまたしてもディアナはメティスの攻撃に晒される訳で。


 そもそも今更ながらに思うのはどうしてオリビアは風のドームを二つに分けたのか、と言う事。私には一対一を二局化するよりも二体二で挑んだ方が良かったと思えて仕方がないのです。



「おほほほ、勇者様の背筋がセクシーですねえ……。アレで白飯三杯はいけます。眼福眼福ー」



 そのオリビアは勇者様の戦う背中にうつつを吐かす。


 貴女はこの状況下で何を欲情しているのですか? そんな事に意識を割く余裕があったら少しはディアナの心配でもして欲しいと言うもの。


 オリビアの鼻血の滴りが勢いを増していく。

 私がついイラッとしてしまい、力任せにオリビアの鼻にティッシュを詰めるとそのオリビアは私に向かって文句を返してきました。



「ちょっ、貴女はこの重症患者に何をするのですか!?」

「ディアナは決め手に欠けています。にも関わらず貴女が栄一様にご執心だからでしょ? 少しは仲間の心配をしたら如何ですか!?」



 私がジト目を向けるとオリビアは「ああ、貧血でクラクラします。レバーが食べたいですねー」と適当にあしらってくる。


 そしてそんな間にもディアナとメティスの戦闘は見た目だけは硬直状態を極める。脱出を図るメティスに、それを強引に押さえ込みディアナ。


 ギチギチと二人の筋肉がバックミュージックの如く戦場を彩っていく。それを私はただハラハラと心配しながら見守るしか出来ずにいた。



 やはり私は無力だ、錫杖で己の身は守れても他人を守ることは出来ない。



 そんな己の不甲斐なさなどお構いなしに戦闘は継続される。



「ぐぎぎぎぎ!! メティスゥゥ、テメエの馬鹿力は本当に厄介だぜ!!」

「離せ、離せ離せ」

「うおりゃああああああああ!! 背骨ごと持っていってやろうか!?」

「ディアナ、排除する」

「テメエはちったああのバカ女王を見習いやがれ!! いつもいつもいつも自分のことは後回し、なのに……そんなにまで他人を思いやるくせに自分は無力だなんて本気で悩む。そんなバカの垢を飲みゃあテメエも少しはマシになるんじゃねえのか!?」

「……ディアナ」



 思わず目尻が熱くなる。


 ディアナは強引に立ちあがろうとするメティスを自重を活かして邪魔を試みる。そんな中で彼女は私に一瞬だけ視線を向けたかと思えば、今度は恥ずかしそうに視線を戻して、再びメティスと向き合いだす。



 風が奔り、私の涙を攫っていく。



 彼女が私をそんな風に想ってくれていたことが嬉しくて涙を堪えることが出来ずにいました。そんな状況で私の後ろではまたしても邪な発言が聞こえてくる。


 これには流石の私も堪忍袋の尾が切れそうになってしまいました。



「おおおおおおお……、勇者様が……上着を脱ぎ捨てたああああああああ。キターーーーーーーーー」

「オリビア、……貴女と言う人は……」



 今度は流石にジト目で済ますことが出来ず、ギロリと明確な怒りを込めてオリビアを睨み付けた。しかし当のオリビアはどこ吹く風と私の視線を意に介さずヒラヒラと手首を振って受け流していた。



「……そう怖い顔をするものではありません。貴女は勘違いしています」

「何の勘違いですか!? ディアナは必死になって戦ってくれています!! その彼女が決め手に欠けているのですよ!?」

「ですからそれが勘違いだと言っているのです」

「そもそもあのドームの中に私たちも入るべきだったのではありませんか!? ディアナが拘束して私とオリビアでトドメを刺す。それで万事解決する筈です」

「それは無理でしょう。私はこのドームの維持で手一杯、貴女に至っては攻撃力が皆無。この状況こそがベストなのです」



 鼻血を滴らせながらオリビアはディアナを覆う風のドームを指し示してそう断言した。「よく目を凝らして見てご覧なさい」とディアナとは違う場所を見ろとオリビアは言うのです。



 仲間のピンチ以外に何を見ろと言うのか、私はオリビアの考えを全く理解出来ませんでした。彼女は指し示す場所はディアナから見て後方、背中越しとなる方角。


 どう言う訳かその方角だけ風のドームに隙間が出来ていた。隙間と言っても僅か数センチの小さな穴ですが、オリビアの手抜きか、それとも本当に彼女はフィールドを維持する事に手一杯なのか。



 目を凝らしても確認出来るものはそれだけでした。



 その先には大きな建物が見える程度。



 え? ……後方の建物の屋上、アソコで何かが光った?



 この時、私は完全に忘れていたのです。そうだ、私は彼女の存在をすっかり忘れていました。あの人懐っこくて、私とディアナたちが仲を深める架け橋となってくれた彼女がこの場にいないとなぜ気が付かなかったのか。


 オリビアがニヤリと勝ち誇った様な笑みを浮かべると、パーン!! と遠くから銃声が耳に届いてきた。これこそ今まで存在を忘れていた彼女も真骨頂。



 狙撃の名手、スカーレットが放つ狙撃の音だったのです。



 スカーレットの放った弾丸はオリビアが敢えて開けた隙間に吸い込まれる様にフィールドの中に侵入していく。そして一直線にメティスに着弾を果たしたのです。


 羽交締め状態のディアナを上手く外してスカーレットの弾丸はメティスの腹部へと見事に命中していた。目の前で起こった尋常ならざるコンビネーションに私は目を見開いて驚きを隠せませんでした。



 ただ体を硬直させて言葉を失ってしまいました。



 呆然と目の前の結果に驚くだけの私にオリビアがポンと肩に手を添えて話しかけてくる。またしても彼女は子供の如く無邪気に自慢する様に仲間たちを語ってくるのだ。



「言ったでしょう? これがベストだと。私が制限をかけてディアナが拘束して、後はスカーレットがトドメを刺す。ディアナを心配するなど百年早いのではありませんか?」



 メティスが分身した片割れはディアナの重みを乗せながら全身から力が抜ける様にグラリと倒れ込んでいった。ディアナはメティスの無力化を確認するとパンパンと埃を払いながらゆっくりと立ち上がる。


 そして遠く離れた建物の屋上にいるスカーレットに向かって親指を立てて勝利を伝えていました。



「へへへ、俺は後で回復出来んだからご丁寧に外さなくても良かったんだぜ?」

「それはスナイパーのプライドって奴っすよーーーーーーー」



 獣人故に優れた聴覚を誇るスカーレットにはディアナの呟きが聞こえていたらしい。殺伐とした戦場にスカーレットの無邪気な声が響き渡っていく。

 下の評価やブクマなどして頂ければ執筆の糧になりますので、


お気に召せばよろしくお願いします。

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