ロマンスグレー、男の価値を囁く
「ふむふむ、ディアナさんはこう言うお顔だったのですね?」
「テメエ、勇者!! 俺に近づくんじゃね!!」
「え? だって私、老眼ですから。近付かないとディアナさんのお美しい顔立ちが見えないんですよ」
「テメエはさっき俺のことを『お美しいお嬢さん』とか言ってたよな!?」
「私、そんなこと言いました? お爺ちゃんだからボケて自分の言葉なんて覚えてませんよ。あ、でも本当に絶世の美女と言った顔立ちでいらっしゃる」
「ギャーーーーーーーー!! 近づくんじゃねえ、ゼロ距離で俺の顔をマジマジと見るんじゃねえよ!! た、頼むから……そんなカッコいい顔立ちで……見ないでくれえええええ……」
あ、ディアナが撃沈してしまった様です。
勇者様は興味ありげにディアナの顔を覗き込む。するとディアナは顔を真っ赤に染め上げて、恥ずかしそうに勇者様から顔を背ける。
そしてナイフで拘束されながらモジモジと体をくねらせる。
ディアナ、貴女の気持ちは痛いほど良く分かります。あんなロマンスグレーにゼロ距離で顔を覗き込まれたら誰だってそうなると言うもの。
「うーん、お爺ちゃんだから耳も悪いんですよ」
「そう……言いながら……更に顔を近付けんなよ……」
「ディアナさんは声がとてもお美しいのに、ちょっと言葉遣いが荒いですねー。そこを直せばグッと魅力的になりますよ?」
「おううううううう……、俺は魔王様一筋なんだよおおおお。頼むから……そんな純粋な目でマジマジと見つめないでくれええええええ」
ディアナがドバドバと涙を流しながら勇者様に許しを乞う。
勇者様は完全にディアナを攻略してしまった様です。それも戦ってダメージを与えて無力化した訳でも無く、ただ純粋にディアナの乙女心を攻略してしまったのだ。
ディアナは魔王のことを愛しているらしい。
だけどその愛と言う牙城を勇者様はいとも簡単にこじ開けてしまったのだ。異世界のお爺ちゃん、恐るべし。まさか魔王軍の最大戦力である幹部をここまで追い詰めるとは。
「ほほお? ディアナさんは魔王さんとやらを愛しているのですか」
「そ、そうだよ。俺にとって……魔王様は絶対だ。だから……他の男なんて興味ねえよ、……多分」
側から見ていてディアナの様子が明らかにおかしい。
ディアナは勇者様から視線を逸らしながら目がハート型になっているのです。貴女、本当に男性に対する免疫が無いのですね。
ううう、ディアナ。何度でも言いますけど、私は敵の筈の貴女に親近感覚えてしまう。
「で、魔王さんは貴女をどう思ってるのですか?」
「ま、魔王様は……世界で最高の男だ。取り巻きだって伽役だって沢山いる、そんな方が……俺なんかに振り向かねえよ、……振り向く筈がねえ」
「それは許せませんねえ」
勇者様はどう言う訳か僅かに怒気を放つ。
だけどその感情は決して悪感情に感じない。私は勇者様が何に対して起こっているのか分からず、その様子を見守るしかなかった。
そしてそれはディアナも同様だった様で、勇者様にゆっくりと視線を戻しながら疑問を口にした。
「ど、どう言う意味だよ?」
「男の価値は女性を愛することで決まるのです、愛されるだけの男などに価値など無い。魔王……、こんなにも美しい女性を泣かせて。万死に値しますね」
「…………惚れた、ダメだ。完全に惚れた」
おっふう。
勇者様が遂にディアナを落としてしまわれた。それも勇者様は無自覚にディアナを攻略してしまったのだからタチが悪い。
良く見れば、いえ見なくとも分かる。
ディアナは目どころか心臓までハート型にしてしまった。まるで恋する少女の如くキラキラと目を輝かせているのです。
「テメエ……、じゃなかった。勇者様は彼方の女王陛下を愛してらっしゃるのですか?」
「そうですとも。私は召喚されたその時にアルテミスさんに一目惚れをしまして」
「そうなんですねー、……ちっ」
あ、ディアナが一瞬だけ勇者様から視線を外して舌打ちをしていますね。
そして当の勇者様はと言えばディアナが口調を正したのが嬉しかったのか、ニコニコと素敵な笑顔を浮かべている。
これは不安しか覚えることが出来ない光景です。
私はいつか嫉妬に駆られたディアナに後ろからブスッと刺されてしまいそうな気がします。
「勇者様ー。私、勇者様に感銘を受けましたー。もう魔王軍なんて辞めて勇者様の仲間になりたーい」
「ほっほっほ。そうですか、そうですか。ではナイフを外して差し上げましょう」
「ありがとうございますー。じゃあー、私は女王陛下も縄を解いて差し上げますねー」
ディアナ、貴女はコロッと変わりすぎです。
それでは手のひら返しではありませんか……。わたしがそんな風に考えている間にも勇者様はおっしゃられた通り、ディアナを拘束していたナイフを抜き取っていった。
そして自由に身となったディアナはこれまた宣言通り、私に近付いて縄を解き始めた。そんなディアナは終始ニコニコと笑顔を振り撒いている。
ですが私は見落としませんでした。
そして聞き逃しませんでした。
ディアナは彼女の後ろで満面の笑みを浮かべる勇者様に見えない様に、聞こえない様に私に向かって脅しの言葉を掛けてきたのです。
まるで何処ぞの不良の如く腰を落としながら私に向かってメンチを切ってきたのです。
「おいコラ、アバズレが調子に乗るんじゃねえぞ?」
「……貴女、猫被りにも程がありますよ?」
「煩えよ、いつか女としてギッタンギッタンにしてやっから覚悟しとけよ?」
ディアナは私に向かって中指を立ててきた。
そしてディアナは私の拘束を解くと約束通り魔王軍を辞めて、ジュピトリスに住み着く事を決めた。彼女は真剣に勇者様に味方すべく私たち人間に力を貸してくれることになったのだ。
こうして私は一度に強力な味方と最悪のライバルを得る事になるのだった。
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