Fight in the Wind 〜全てを包み込む風の中で〜
ドスン!! と重量感溢れる音がハーシェルの街の大通りで響き渡る。
それも音は一つでは無く二つ。
二人に分身したメティスが二人、地面に着地を果たした。
分身を果たしたメティスたちは姿形が瓜二つで、顔に張り付いた表情すらも正真正銘生写しの如く全く同じものでした。無表情のメティスが私たちを見据えてくる。
二人のメティスは示し合わせた様に同時に口を開いて私たちに語りかけてくる。
「「錫杖、頂戴。その素晴らしい技術は私の様な天才にこそふさわしい」」
ゾクリと背筋が凍り付く思いがした。
メティスはディアナの言う通り、本当に自分が欲したものに一直線だった。私に向かって手のひらを差し出して、寄越せと言わんばかりに視線を送ってくるのです。
この少女は心を機械に改造したとディアナは言う。
つまり彼女の心は感情では動いていないという事、私はそれをまざまざと見せつけられてしまい、一歩だけ後退りしてしまった。
メティスの目はその底が見えないほどにドス黒く感じる。
心が無いと言うことがここまで一人の少女を狂わせるのかと思うと私は心が締め付けられるほどに苦しさを覚えてしまった。その苦しさと悲しさから私の目から一筋の涙がこぼれ落ちていく。
その私の様子に気付いたディアナが驚いた様子で目を見開いて私に釘付けになっていく。そして僅かに口元を噛み締めて私と同じように悔しさを滲ませていった。
「アルテミスゥ、テメエは……どこまでお人好しなんだよ」
「ですが心が何も感じないと言うのは人としてあまりにも残酷ではありませんか……」
「テメエは何も分かってねえ」
「ディ……アナ?」
ディアナは俯きながらワナワナと全身を震わせ始めた。そしてガバッと勢いを付けて顔を上げ、その悔しさを溜め込んで決壊したダムの如く彼女は捲し立てる様に口を開いていった。
心が無いと言うことはその行為全て自分の感情がないと言う事。
私はそれが単純に悔しかったのです。こんな小柄な少女にはあまりにも残酷な事だと思うのは当然だと思う。
「メティスはなあ、コイツは自業自得なんだよ!!」
「自業自得?」
「コイツは……ドワーフを……自分の同族全てを機械に改造しちまったって事だ!!」
「い、意味が分かりません。ディアナ、それはどう言う……」
「最初は純粋に自分の種族の繁栄のために発明をしてた筈が、いつの間にかその発明は大量破壊兵器の開発に変わっていった。コイツの思想は危険なものに変貌していったんだ。そのメティスを危険視した当時のドワーフの族長がコイツの処刑を決断してな。そうなればコイツだってただ黙って殺されるはずも無いわなあ?」
ディアナは私の言葉を遮って怒鳴り散らしたかと思えば、今度は胸を押さえて苦しそうに言葉を吐き出していく。吐き気を催す、と言う表現が正しいでしょう。
ディアナはその吐き気を強引に抑え付けて息を切らしながら口を動かしていった。
ディアナの様子に私は心が張り裂けそうになる。
それでも私には彼女の言葉を聞き届ける義務がある、そんな風に感じて私はディアナを真正面から向き合って最後までその言葉に耳を傾けていった。
「コイツはなあ向かってくる同族全員を返り討ちにして拘束して機械に改造しちまったんだ、改造しちまえば誰も敵意を向けてこないってなあ。にも関わらず自分勝手に罪悪感を感じて、押しつぶされそうになって……終いにゃあそのプレッシャーから逃げるために自分の心まで機械に改造しちまったんだよ!!」
「……そう言えばドワーフが絶滅したと何処かで聞いた気が」
「してねえよ、目の前にいるじゃねえか。けどよー、とにかくだ。それをテメエが気に病む理由なんて微塵もねえんだ。だから……泣きそうなツラすんじゃねえよ」
ディアナの言葉は私に対する彼女なりの優しさだったようです。
私も立場上、当然それは理解は出来る。
この世には救える命とそうでは無いものの二種類が存在する。自分の手が届かなかったり、元から手遅れであったりと理由は様々ですが確実にその二つは明確に線引きがなされている。
戦場に部隊を派兵する際も人の死はある程度事前に考えるもの。国を救うため、誰かの死を覚悟する事は何時も胸が張り裂けそうになるものだ。
そんな時は何時だって私は自分を無力に感じてしまう。
そして私の目の前に深い業を背負った少女が一人。
種族は違えど、寧ろ違うと言うことが手を差し伸べなくて良い理由にはならない。だからこそメティスの様子に私が心が痛むのだ、そしてディアナはそんな私に気に病むなと気配ってくれる。私が気に病むことを悔しがってくれる。
優しさと歯痒さがアンバランスに周囲の空気にブレンドされていく。しかし、それでもディアナは戦闘を回避する気はない様で、既に臨戦態勢を取っていた。グッと腰を屈めて、何時でも飛び出せる様にと準備は万全らしい。
そんな空気の中でポンと優しい音が聞こえてきた。
緊張が走る現状でまるで肩の力を抜けと言わんばかりにその音は自己主張をする。決して大きくないもののしっかりと耳に届く、そんな感覚がしました。
私とディアナは吸い込まれる様にその音が発せられた方向を振り向く。そこには終始穏やかに笑顔を絶やさない勇者様の姿が有りました。
「ふむふむ、つまりこのメティスちゃんは心に棘が刺さってる訳ですね?」
「棘……まあ、そう言え無くもないんですけどー」
「はっはっは、ならば簡単です。その棘を全て抜いてあげればいい。そうすればメティスちゃんも安心して心を取り戻せて、アルテミスも一安心。全て一件落着です」
「勇者様の仰ることはその通りなんですけどー、でもでもーそれはちょっと難しいかもー」
「はっはっは、兎にも角にも結局ディアナさんの言った通り貴女のご助力が必要になってしまいましたね。一人、お任せしても宜しいですか?」
勇者様はディアナにウィンクを向けていた。
この勇者様は、実は恐ろしい破壊力を有する飛び道具所持していたのだ。投げキッスにウィンク、これらが女性に当たると問答無用で出血を促してしまうのです。
当然ながらディアナは戦闘の前に盛大に鼻血を吐き散らす結果となる訳で。私は少し距離があった分だけ何とか出血を間逃れたものの、油断をすると鼻血が噴き出してしまいます。
鼻血が滴るとマズいので少しだけ鼻を上に向けておきましょう。
「勇者様それにディアナ、こんな場所で貴方たちが闘えば街が粉々ですよ?」
後ろから声が聞こえた。
振り返るとオリビアがヤレヤレと呆れた様子を見せて佇んでいた。彼女はいつここに到着したのか何処まで会話を聞いていたのか、私の目を覗きながら肩をすくめるジャスチャーをしていた。
そして私に「甘ちゃんですね」と言葉を投げかけてきた。
「オリビア、いつの間に!?」
「つい先ほど。アルテミス、まずは状況を整理なさい。ここで勇者様が闘っては街の住民が被害を受ける。それこそ貴女の望まぬ結果を生むのでは?」
ぐうの音も出ない。
確かに今は一人の少女を哀れむだけで済む状況では無い。オリビアにそう指摘されて私は如何に己の視野が狭まっていたかを思い知らされてしまう。そうなって初めて周囲を見渡すとこの大通りは混乱を極めていた。
住民は分身したメティスに恐怖し慄いて脱兎の如く我先にと逃げ回っていた。こうなってはもはや手遅れ、今更避難誘導を開始しても状況は好転しないでしょう。
住民の悲鳴が大通りに木霊していく。
おそらくこの騒ぎを嗅ぎつけて街の警備隊も動き出す事でしょう、オリビアの言葉に己の想定の甘さを抉られた気分になってしまった。己の表情が後悔で少しずつ歪んでいく、手を握りしめて不甲斐なさを露呈することしか出来ませんでした。
するとオリビアは「ふう」と小さくため息を吐きながら私に話しかけてきた。そして彼女もまたディアナと同じ様に照れながら優しさを覗かせてきたのです。
「私が誰だか忘れたのですか?」
「オリビア?」
「私は翼人のオリビア、そして私が操るオーラは風気。勇者様たちが全力で闘える様、その何もかもを風で覆ってみせましょう」
風が舞い上がる。
オリビアの決意に従うかの如くハーシェルの街の大通りで強風が吹き荒れていく。その風は束になって勇者様たちを包み込んで、巨大で透明なドームと化していったのです。
形成された風のドームは二つ。
奇しくもディアナが想定していた通り一対一が二局化されたのです。グルグルと流れる気流が外との接触を拒む、正に決闘専用の舞台が私の目の前に完成された。
オリビアは「私がいて良かったでしょう?」と胸を張って、渾身の力作を鼻高々に自慢していた。私はオリビアに深く感謝して「ありがとう」と口にしながら微笑んだ。
そしてこの秀逸な支援に勇者様はとろける様な笑顔を振り撒いてくる。その笑顔にオリビアはハートを撃ち抜かれたらしい。その場でボタボタと鼻血を垂らすのがいい証拠です。
オリビアは鼻血を拭いながら風のドームの維持を図る。
これは大丈夫なのでしょうか? この出血からするとオリビアは数分以内に貧血を起こしてしまうでしょう。つまりこのドームの維持時間はオリビアの健康状況次第となった訳で。
私がせっせとオリビアの鼻にティッシュを詰める隣で二局化された戦闘の火蓋が切って落とされていく。
下の評価やブクマなどして頂ければ執筆の糧になりますので、
お気に召せばよろしくお願いします。




