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Person she Dislike 〜ディアナが申すには〜

 この状況はとにかくマズい。


 ここは人通りの多いハーシェルのメインストリート、そもそもハーシェル自体が中核都市だけに人口はかなり多い。人が多ければ多いほど私たちにとっては対応が困難となる。



 突如上空に人が現れて周囲は僅かに騒つき始める。



 一呼吸置いて少女がゆっくりと地面に着地を果たす、目の前にして初めてその全容がハッキリとした。少女はとにかく小柄だった。身の丈は140センチ程度だろう、スカーレットよりも更に一回り小さく感じる。


 見た目はとにかく愛くるしい。

 クリクリと大きな瞳を覗かせてウェーブのかかった桃色の髪を滝の如く腰まで流す。少女が髪を鬱陶しいと言わんばかりに首を振るとその髪がフワッと宙に舞う。



 桃色の髪がまるで桜の花びらの如く舞う印象を受ける。



 しかしそれに反するのが体格だ。

 少女然とした仕草と顔付きに似合わぬ筋肉質な身体付き、何よりも何処か技師を思わせる衣服を着込むところを見ると彼女はおそらくドワーフ。世界序列第八位の種族で人間の産業革命とは別のベクトルでアイテムや武器の作成を得意とする種族だ。


 先ほど見せた浮遊、あれもおそらくドワーフのアイテムの効果だと推測が立つ。



「それ……欲しい」

「え?」



 少女は唐突に口を開いた。

 見た目の愛くるしさにこれまた反して無機質な表情を浮かべながら私の手元を指差して呟く。少女が指差すもの、それは私が咄嗟に握りしめた金色の錫杖だ。


 戦闘になると予見して私は錫杖を取り出して握りしめていたのだ。


 何の前触れもない少女の発言に私は困惑してしまう。欲しいと言われて奪われまいと争う様に錫杖を胸元に引き寄せてみる。すると少女は無表情ながらも僅かに顔が強張りを見せた。


 ドワーフの少女は不意に不機嫌さを露わにする。


 そしてその場でグッと腰を屈めて、反動を付けて一足飛びで私に飛び掛かってきた。手を伸ばして私に襲いかかってくるのです。何とも分かり易い行動か、彼女は私の錫杖を奪おうとしているのです。



「いけませんねえ、お嬢さんが人目も憚らずスリを働こうだなんて」

「栄一様!?」



 すると私の前に人影が割り込んでくる。

 あと数センチで少女の手が錫杖に届く既のところで勇者様が待ったをかけたのです。勇者様はとても優雅な手付きで少女の手首を掴んで動きを制する。ガシッと掴んで少女にニコリと笑いかけているのです。



 今回もデジャブですね。



 勇者様に笑いかけられると老若男女問わず、そのものは頬を真っ赤に染めてしまう。そんな光景を何度も見てきたから想像がついてしまうのです。


 はあ……、おそらく今回もこの少女は勇者様に心を奪われてしまうのでしょう。私はまたしても恋敵が増えると思い深いため息を吐いてしまった。



 これまでの記憶を振り返ってヤレヤレと言った具合に首を振ってしまう。



「離せ、邪魔をするな」



 おっふう?



「おや? 私も自惚れるつもりはありませんが孫世代からは割と好かれるお爺ちゃんだと自覚していたのですが。この子は……」

「鬱陶しい、さっさと離せ」

「お年玉を上げるので大人しくして頂け……そうもありませんね。ふむ……」



 少女は勇者様の手を強引に振り解きにかかる。

 少女を静止する勇者様の全身がプルプルと震え出す。勇者様は片手で1トンものダンベルを持ち上げる腕力を誇る方だ、そんな方の表情が目立たない程度ではあるが曇りを見せる。


 まさか……この140センチほどの小柄な少女が勇者様の表情を歪めているとでも言うのですか? 更に言えばこの少女は勇者様のフェロモンに微塵も反応を示さない。



 これは完全に想定外です。



 この想像しなかった出来事に私は金縛りにでもあったかの如くピクリとも身動きが取れなくなってしまった。ゴクリと唾を飲む音が私の耳の中で響いていく。



「勇者様!! って、遅かった!!」

「ディアナ!?」



 後ろから慌てた様子のディアナが姿を現した。

 ディアナはハアハアと息を乱している、その様子だけで彼女が如何に急いでここに駆け付けたかが一目で理解出来ると言うもの。


 私はディアナの声に反応して焦り振り向きざまに呼吸を整えている彼女の肩を掴んで揺らす。


 女王と言う立場にも関わらず何と愚かな事か。私は目の前で起こる異常事態に心を乱してしまっている。これならまだ魔王軍の軍勢と事を交える為の軍議の時の方がまだ平常心を保てていると思う。



 しかしそれほど目の前の出来事は焦りを感じるのだ。



 勇者様がその絶対無敵のフェロモンで屈服させられなかった敵など見たことがないからだ。そんな私の心情を察してかディアナもまた私の肩を掴んでくる。



 手に力を込めて、その美しい目で見て私に話しかけてきました。



「落ち着け。アイツはそう言う奴なんだよ」

「貴女、勇者様のフェロモンが効かない敵がいると知っていたのですか!?」

「アイツは魔王軍幹部第五席、ドワーフのメティス・メティア・メティス。その天才的な頭脳で魔王のためにこれまで多くの発明品を開発してきた女だ」

「メ、メティス……メティ……何ですって?」

「メティス・メティア・メティス。IQ250の天才だ」



 ディアナは良く噛まずにスラスラと言えると感心してしまう。



「つまりジュピトリスで言うところのハウザーでしょうか?」

「いや、そんな生やさしいもんじゃねえ。アイツは機械が好き過ぎて自分の心も機械に改造した変態だ」

「まさか……サイボーグ!?」

「ちげえよ、サイボーグは全身を機械に改造したもんだろうが。アイツは心だけが機械なんだよ。だから勇者様のフェロモンも効かねえんだ」



 心だけ機械に改造する。


 どう言う経緯を辿ればそこに行き着くのか。

 私には全く想像が付かなかった。今一度メティスの方を振り向いてその少女をマジマジと観察をしてみた。



「離せ」

「平和的に話し合いで解決しませんか? キラーン」



 おっふう。


 勇者様がその美しい白い歯を妖艶な笑顔で見せつけてくる。まさか観察する筈の私が勇者様のフェロモンで鼻血を滴らせるとは思いませんでした。


 ヤッベー、私の心臓がハート型に形を変えていく感覚がします。


 勇者様はやはり恐ろしい方です。



「おら、ティッシュ」

「ディアナも鼻血が垂れてますよ? 拭いて差し上げます」

「ん、サンキュー」

「お、おい。どえらい別嬪さん二人が鼻血を拭きっこしてるぞ? アレ、どんなご褒美だよ……」

「初めて知った、絶世の美女二人が仲良く鼻血を拭く光景って白飯のオカズになるんだ……」



 え? 何やら周囲の男性たちが私たちを見ながらヒソヒソ話をしている様に感じますが、気のせいでしょうか?


 その視線に気付いて私たちが声のする方向を振り向くと、その男性たちは一斉に明後日の方向を向いて口笛を吹き出してしまった。


 何が何だかさっぱり分かりません。



「いいから離せ、貴様のフェロモンが許容値を超えてしまう」



 え? 許容値?


 私とディアナが鼻血を拭き合って目を話している間にメティスがそう言葉を漏らした様な気がした。私はそれに反応して再びメティスに視線を向けた。



 今日はアッチを振り向いたりコッチを振り向いたりと首に負担が掛かる日ですね。



「いいえ、離しませんよ。君みたいな可愛らしい女の子に非行は似合いません」

「もう離して、……お願いだから離して……下さい」

「はっはっは、本当はダメなんですけどねえ。私は心に決めた人がいる、だから私の抱擁はその人のためだけにあるのですが……」

「離してって言ってる。離して、お願いだから離して」



 やはりメティスの様子がおかしい。

 と言うよりも勇者様と接するたびに態度が不安定になっていく気がするのです。よく見るとメティスは目がウルウルと涙を溜め込むまでになっていた。それこそまるで恋する乙女の如く目が潤んでいく。


 先ほどまでは瞳孔が無いとさえ感じるほどに真っ黒だった瞳が一気に光を帯びていく。そしてついに……メティスが頬を真っ赤に染め上げてしまった。



 おっふう。



 やはり機械の心など勇者様にとっては些細な事だったらしい、この方のフェロモンに敵う女性はこの世にいないのでしょう。如何に心を機械に改造しようとも、勇者様はその心をの扉を強引にこじ開けにいく方なのです。


 勇者様はとろける様な笑みを浮かべたままメティスを優しく抱きしめてしまった。その逞しい腕で乙女の顔を浮かべるメティスを心ごと包み込んでしまったのです。



「フェロモン警戒、フェロモン警戒。警戒警戒警戒警戒。いい匂い」



 メティスはもはや会話にならない言葉を連呼し始めてしまった。私の聞き間違いでなければメティスは最後に「いい匂い」と口走った様な気がする。勇者様はトドメを刺す勢いで抱きしめたメティスの頭を優しく撫でていった。



 イイなあ、……ではありませんでした。


 こんな邪なことを考えている場合では無かった。私は己を律するため不謹慎な考えを振り払う様に数回首を横の振った。



 そして改めて勇者様たちに視線を向き直す。



 まるで悪戯を繰り返す孫に言い聞かせる様に勇者様はメティスの頭を撫でる手を止め無かった。これはメティスもそろそろ勇者様に落とされそうですね。


 安心していいのかダメなのか、私の頭の中がピンク色に染まっていく。


 


 その時でした。




 ディアナは不機嫌な様子を露骨に示して低い声で私にヒソヒソと話しかけてきました。



「俺さコイツが大っ嫌いでよお」

「それはどう言った理由で?」

「見てれば分かる。て言うかテメエは俺の後ろに隠れてな」



 ディアナはグイッと私の腕を半ば強引に引っ張る、そして彼女の背中に隠れていろと強制してくる。その私は彼女の言葉に要領を得ず「は、はあ……」と呟くしか無かった。


 そしてディアナの背中から勇者様とメティスのやり取りをヒョコッと顔を出して覗き込んでみた。私はその状態のままディアナの背中から発せられる何とも言えない空気を感じていた。



 これは……怒気? いえ、何かが違う気がします。このディアナの様子にシックリとくる表現が見当たらないのです。



 こんなディアナは初めてみるかもしれない。

 ディアナには私も小バカにされたり悪態をつかれたりと、それなりに彼女の悪い面は見てきたつもりだった。それでも彼女が怒っているところはあまり記憶にないのだ。ミロフラウウスの誤解を解くときも彼女は怒ると言うよりもひたすらに必死だった記憶がある。


 ミロフラウスが悪く言われたり、魔王軍幹部のリリーと言う人物を口にした時は怒りを見せていたが、アレとも少しだけ様子が違う様に感じるのです。


 私はそんなディアナの感情を肌でヒシヒシと感じながら勇者様に包まれながら全身を小刻みに振るわせるメティスの様子に不安を募らせていくのだった。

 下の評価やブクマなどして頂ければ執筆の糧になりますので、


お気に召せばよろしくお願いします。

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