マイア・ワースト
マイアと言う女剣士は囲まれながらもバシバシと敵を切り刻んでいく。彼女の剣技が冴え渡る、そしてその剣技は美しさが際立っていた。
彼女の身に纏うのはワフクでしょうか? 確かあれはジパン公国の民族衣装だった筈。彼女はその彼女自身の美しさを見事に引き立てるワフクを着こなして舞い始めた。
流麗なダンス、そう表現すべきだろう。
マイアのあれはおそらく剣舞だと思う。剣技とは攻撃や守備など全てに型が存在して、その型で相手を嵌める。剣技とは本来はそう言うものだ。
流派によって独自に理想とする動きが有って、研鑽を持って思い描く理想に到達する。そしてそう言った理想は基本的に無駄を好まない。
しかしマイアの動きは素人目で見ても無駄と言うか、とにかく不規則なのです。呼吸に足捌きの何から何までもが規則性を持ち得ない。
だからこそただ美しいと言わざるを得ない。
そんな美しさを野暮にも下卑た笑みで追いかけ回す者たちがいる。それも一人を複数人で囲って、更に言えばハーシェルの住民たちが丹精込めて管理をするこの美しい花々を土足で踏み躙って。
私は普段あまり見せない怒りと言う感情を迸らせた。
錫杖を握りしめてその先端を標的へと向けて言葉を口にする。私自身は全く気付かなかったが、周囲がそんな私の異変に気付いていたらしい。ディアナにオリビアは寒気を感じ取ったのか、驚いた表情を見せる。
スカーレットは「ふえ?」と呟いて私の顔を覗き込む。
勇者様は……。
「アルテミスはただ気高く美しくそして可愛いだけでは無いのですね……、貴女の新しい一面を発見出来て私は……私は!!」
どう言う訳か感動に打ち震えるかの如く泣いていらっしゃいます。そして錫杖を構える私を包み込む様に熱い抱擁をして下さいました。勇者様は後ろから私を抱きしめて、耳元でとても情熱的な言葉を囁いて下さいました。
そして勇者様はいつの間にかお若いイケメンの姿に変わっていらっしゃっいました。もしかして興奮しすぎると勇者様ご自身も知らない間にお姿を変えてしまうのでしょうか?
「え、栄一様? 急にどうなさったのですか?」
「貴女はどこまでも優しい女性だと思っていました。母性に慈愛、そう言った女性だと思っていました」
「あ、あのお? あの女性を救いたいのですが……」
「不覚にも私は心の底から憤怒した貴女を見て惚れ直しました、そしてその怒りの根幹はやはり優しさだった。人を慈しみ、想いやって、そして怒る。それがアルテミス、貴女の本質なのですね?」
「錫杖の能力を解放するには……私自身が命令しなくてはいけないのです。ですから、そろそろ……言葉を発したいと言うか……。栄一様、聞いて下さっていますか?」
「このままアルテミスの唇を私の唇で覆ってしまいたい……」
「え? えええ、んんんんんん!? ふうんんんんんんふん(絶対防御)!!」
「「「ええええええええええええええええ!?」」」
『絶対防御』、それはこの金色も錫杖が誇るもう『瞬間移動』とは別の一つの能力。そして錫杖の能力解放は使用者がその能力を口にすること、それが鍵となって錫杖に備わったペイント能力が発揮される。
私は勇者様によって強引に唇を奪われながらも鍵となる言葉を口にした。
そして、その光景を間近で見ていた魔王軍の元幹部三人の目がその衝撃によってこれでもかと言わんばかりに飛び出している。
おっふう。
更にダメ押しとばかりに私の眼の前で勇者様がロマンスグレーのお姿に戻っていく。
これは……アカン。アカン奴やで。
キスをされながら強引に喋ったから事実上ディープキスの形となった。それも私から舌をインサートする事になるなど、女王にあるまじきはしたない振る舞い。
「ふう……、まさか控えめだと思っていたアルテミスの方から舌を絡ませてくれるとは……。私の愛がようやく花開きました」
「い、いえ、これは事故で……ふうんんんんん!! んあんんんんん!!」
おっふう。
偶然の出来事に勇者様は誤解されてしまった。
一度インターバルに唇を離したかと思えば、一言だけ言葉を口にすると勇者様は狂った様に私の唇を求めてきた。まるで私を貪る様に幾度となく唇を重ねてくるのです。
おおおおおおおお……、話しかけられると勇者様のロマンスグレー吐息が私の鼻先を擽ってくる。
ディアナたちはこの状況で完全に思考停止となったらしい。ピクリとも身動きを取らずに大口を開きながら唖然とした表情になるのみだった。
ただ私と勇者様のキスシーンを凝視する。
オリビアなんて手で目を覆って、僅かな隙間から私たちを覗き込んでくる。スカーレットに至っては毎度の如くドバドバと鼻から流血の滝を作り上げていた。
「すっご……、おおおおおおおお。アルテミスめ、クッソ羨ましいです」
「オリビア、ウチ……鼻血が止まらないっす」
もうどうでもいいや。
こんな状態になって状況を整理しろと言う方が無理と言うもの。そもそも勇者様が延々と舌を絡ませてくるから、何かを考えることなど出来ないのです。まるで脳内に神経系伝達物質が行き渡った様な、もの凄い幸福感が私に襲い掛かってくる。
そう言えば錫杖の能力ってどうなりましたっけ?
マイアとか言う女剣士に掛けた記憶はギリギリ残っているものの、その結果を確認していないのだ。この錫杖にペイントで付与された絶対防御の能力はは対象者一人の周囲に無敵のシールドを張ることができる。
上手くいっていればマイアは一切の攻撃を受け付けなくなるのですが……ああ、もう私も思考が追い付きません。
勇者様は勢いを更に増されてキスをしながら私を花々の上に押し倒してきた。
ここで私の意識は完全に刈られてしまいました。
「アルテミスは……ぷはっ!! んんふうん、とてもいい香りがしますね!! んんふんはあふんんんん」
「…………」
「柔らかな唇に、んんんすうっぷっは!! 男の本能を擽る香り、……ううううううんっぷ……はあっ!!」
「…………」
「私は貴女の前では自分を御す事などでとても出来ません、はんむんんんんん!!」
「……アルテミス、完全に気を失いやがったな」
こうして私は勇者様によって公衆の面前でかれこれ三十分は唇を奪われる事となった。この出来事は唐突に勇者様が我に返ったことでようやく終わりを告げたのだ。
意識を取り戻した時にはこの出来事について一切の記憶は無く、私が目を開けた時にはどう言う訳かディアナたちがモジモジとした様子で私を見てくる様になったのです。その時から若干ですがディアナやオリビアが私との距離を置く様になって気がする。
自分に知らない間に彼女たちを不快な気分にさせてしまったのでしょうか?
うーん、心当たりが一切無いのです。
そしてもう一つ変化があった。
それはこれまたどう言う訳かスカーレットが物影に隠れながらジーッと私を観察する様になったこと。これには私もどう対処するか悩んでしまい、思い切って彼女にその理由を確認してみることにした。
するとスカーレットはディアナたちと同様にモジモジと体をくねらせながら私に言うのです。
「ゆ、勇者様は……キツツキの獣人だったっすね? ウ、ウチは同族だって分かってすっごく嬉しいっす……」
一体何のこっちゃ?
因みにマイアは私が気を失っている間にディアナとオリビアが助けてくれた様で、彼女たちが敵をあしらってことなきを得ました。そして私が意識を取り戻したのはハーシャルの街に着いた後で、ディアナとオリビアが手配してくれた宿屋のベッドの上だった。
そして彼女たちは私が起き上がるなりガシッと両手で肩を掴んできた。そして真剣な目をしながら私に言い聞かせる様に言葉を掛けてくる。
「アルテミス。良いですか、自分は大切にすべきです?」
「は、はあ……。……どうも」
「だけどよ、俺は、いや、俺たちはテメエを尊敬するぜ。今後は姐さんって呼ばせて貰うわ」
「え? 普通に嫌なんですけど」
良く分からなかった。
しかし、兎にも角にも私と勇者様の魔王討伐の旅はディアナにオリビア、そしてスカーレットと言ういつもの顔ぶれに女剣士マイアとの出会いから始まることとなった。
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