勇者、その琴線を揺らす
向かう街の名前はハーシェル、ジュピトリス領ではサンクトぺテリオンとの国境に近い中核都市である。
魔王軍との戦争で内情大きき揺さぶられる中でも、各国は互いに交易を継続していた。ハーシェルはサンクトぺテリオンとの交易の要とも言える街。規模もそこそこであり、行商人の行き来も盛んだ。
そう言った背景から街道の整備はしっかりと成されている。
街道は碁盤の目模様に敷き詰められた石畳が見渡し限り続く。
そんな私の想いに応える様にハーシェル住民は何を言われる訳でも無く街道の整備に尽力してくれた。街道の脇には溢れんばかりの花々が咲き乱れる。王城からは決して見ることのない光景が一面に広がる。
昔、私は一度だけハーシェルの街に来たことがあった。
幼き日に一度だけ公務で訪れた記憶を花々が掘り起こしてくれる。そんな記憶と花の香りに誘われて、私はつい足を止めてしまった。
目的があってここに来た。
それを忘れた訳では無い。
それでも美しさとは罪なもので、そんな私の目的を弄ぶかの如く手を差し伸べてくるのです。そして私の優柔不断さに呆れた様子でジト目を向けるものが二人。
「わああああ、このお花はとてもイイ香りがします。こっちはとても綺麗な色、……まるで天国にでも来た心地がします」
「おいコラ、テメエはいきなり目的から脱線してんじゃねえよ」
「ディアナの言う通りです。アルテミス、貴女は何を呑気に花と戯れているのですか?」
ディアナとオリビアが花の美しさに見惚れる私に愚痴をこぼす。
「目的? 魔王の討伐のために現場で最も侵攻を受けているサンクトぺテリオンに向かって、情報を手に入れることではなくて?」
「テメエ、舐めてんのか?」
「明確に目的があるにも関わらず何を呑気に寄り道をしているのか、と私とディアナは聞いているのですが?」
この花々はハーシェルの住民が私を想って世話をしてくれていると聞きました。つまりこれはそんな彼らからの私への想いを現したもの。
思わず顔がニヤけてしまう。
更に花々はどれも美しく、私は見渡す限り広がりを見せるそれに心を奪われていた。それなのにディアナたちは無粋にも私の感動を邪魔してくる。
ちょっとくらい寄り道したってイイではありませんか。
「うふふ、花が絨毯みたいに敷き詰められてます。ほわあああああ、どれもこれも可愛らしい……。それえ!!」
目を輝かせて目の前の光景に感動した。
嬉しさのあまり地面に落ちた花びらをせっせとかき集めて舞い散らせてみる。すると花びらは太陽の陽に晒されて美しさが増していく。
花びらと太陽のシャワーだ。
そのシャワーが更に私の鼻をくすぐってくる。女王の立場を考えるとこんな事は決して出来ないだろう、仮にまた公務で訪れたとしても街道は護衛付きも馬車で移動となる筈だ。そうなれば直に花に触れることはまず無い。
私は現実から解き放たれた様に無邪気に笑って花を愛でる。そんな私にディアナたちは呆れるも、それでも「たっく、しょうがねえなあ」とボヤキきつつ待ってくれた。
まさに夢見心地。
そんな至福の時にあの方は挙動不審な動きを見せて、何かをブツブツと呟いていた。ん? 一体どうしたと言うのでしょうか?
「可憐だ……、どうしたらこんなにも純真な女性が生まれるのか。おお、神よ、私は今この時ほど貴方を敬愛した記憶はありません」
勇者様が涙を流して天に祈りを捧げていらっしゃる?
勇者様が祈りを捧げるところとなど初めて見ました。もしかして勇者様のこの花々に心を奪われているのでしょうか? 愛する人と想いを同じくする、それは何よりも素晴らしい事。
私は嬉しさのあまり喜びを包み隠すことなく笑顔で手を振った。
「栄一様ーーーーー、宜しかったらご一緒しませんかーーーーーーー? こちらのお花がとっても可愛いんですよーーーーーー」
「……私が今一番愛でたいのはアルテミス、貴女と言う一輪の花です」
「何かおっしゃいましたーーーーー? 遠くてお声が聞こえませんよーーーーー?」
「……これは……今晩こそは貴女を抱かせて頂く。そうで無くば私は……生殺しです」
あれ? 勇者様はお顔を真っ赤に染め上げている?
それにその後ろでディアナたちがプルプルと震えている? ディアナに至ってはどう言う訳か私に中指を立ててくるのです。私、そんなに悪いことてるでしょうか。確かに寄り道は良くないでしょう。
しかしだからと言って、こんなにも美しく咲き乱れる花々を無視するなど私にはあり得ない。まあ、いいでしょう。後で適当に謝っておけば良いと思います。
スカーレットだって涎を垂らしながらこの美しい絨毯の中で昼寝を始めたのだから。
今一度言いましょう、最高の夢見心地です。
風が花々の中を吹き荒れる。
私の喜びもスカーレットの寝言も、ディアナとオリビアの私を呆れる様な目付きも、地面に落ちた花びらも。この場にある何もかもを風が攫ってくれる。
魔王討伐と言う殺伐とした目的を前にした最後の楽園が広がっていく。
そんな時でした。
事件はどんな時も何の前触れもなく発生する。
遠くから異様な音が私たちの耳に届いてきた。この異常事態には流石の私も驚きを隠せず、音のする方向を咄嗟に向いた。
その視線の先では激しい戦闘が繰り広げられていたのです。
アレは……女性でしょうか?
一人の女性が剣で取り囲んでくる数十人ものの魔王軍の兵士らしき者たちと対峙している。しかし遠目から見ても女性は強かった、それも一振りで数人を一気に薙ぎ倒すほどの手練れ。これは判断が難しい。
一見すれば女性の方を助けるべきなのでしょう。
しかし肝心の女性は周囲を圧倒しているのです。客観的な事情と戦況がズレる、そんな中で私が判断に悩みだしてしまった。
その場の全員が同じ思いだった様でどう動くべきか悩んでしまいました、たった一人を除いて。
咄嗟に狙撃銃を構えて戦闘をジックリと観察していたスカーレットが思いも寄らぬことを私に告げてきた。
「アレはマイアっすね。ウチは何度か見た事があるから分かるっすよ」
「マイア? その方も魔王軍の幹部でしょうか?」
「違うっす。ミロフラウス直属の部下っす、人間と言うだけで上級戦闘員に甘んじてるっすけど実力は幹部クラスなんすよ」
この寄り道が思わぬ出会いを果たすキッカケとなった。
スカーレットの放った一言でその場の全員の目付きが大きく変わることとなった。
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