焼肉店からの挑戦状【後編】
短い閑話パートでした。お付き合い頂いてありがとうございます。
高級焼肉・ウシシノシ自慢のダブルサウザンドポンドプレート、それは約九百キロ超の高級肉が敷き詰められた肉マニアの夢を実現させたメニュー。
だがその実は挑戦前からチャレンジャーの心を砕く見栄えだった。
プレートの最下層には約五十キロの米が敷き詰められ、その上に五十キロものの高級カルビが敷き詰められ、その上には約これまた五十キロものの半熟卵がこれでもかとばかりに並ぶ。
そして、この店自慢の約肉ソースがかけられた上から希少部位五十キロが惜しげもなく盛られている。当然その上からダメ押しの焼肉ソース。
それだけでも目眩がすると言うのに、この店は限度と言うものを知らないようで。
何とその上にはホルスタイン一頭が丸焼きの状態で添えられているのだ。
そのホルスタイン一頭が約七百キロ、これで合計ダブルサウザンド。
アホやな。
「いくらミロフラウスがおっぱい星人でもホルスタインは守備範囲外っすよ」
「スカーレットもバカ言ってんじゃねえよ。別に俺はそんなじゃねえ」
流石のスカーレットもこれを見て動揺を隠せず普段の冷静さを失っているようだ。
そもそも俺がいつおっぱい星人だって言ったんだよ? ただ母ちゃんがそう言う女性だったと話した記憶はあるが、俺は断じておっぱい星人ではない。
「ほへえええええええ、すげえじゃねえか!! これならバイト仲間も連れて来ても良かったぜ!!」
ディアナが呑気にもバイト先のクレープ屋の同僚を連れて来たいと言い出す。プレートの天辺を見上げながら涎を垂らすなど、この状況を理解してるのだろうか?
これは流石に不条理だ。
だがそんなシオンの様子に店長のカルビバーロは余裕の姿勢を崩さない。
「お客様、宜しければご友人をお連れして頂いても構いませんが?」
「ほ、本当か!? 助かるぜえ、バイト仲間も焼肉には縁が無い奴らでよお!!」
おっさんの言葉を耳に即座に行動を開始するディアナ、彼女はキラキラした顔をしながら全速力で店から飛び出していった。と言うかこれで戦力が四人になってしまったじゃないか。
そう言った俺の考えは筒抜けだったらしく、おっさんがニヤリと俺に笑いかけてくる。
くっそ!! 見事におっさんの術中にはまってしまったじゃないか!!
「ところでこのチャレンジって失敗するとどうなるのですか?」
マイアがふと疑問に感じたらしく、失敗した時のことをおっさんに質問していた。言われてみれば誰もその事に触れて来なかったな。
「お一人様毎に二万ダードル(日本円換算二万円)のお支払いになります」
何い!? じゃあ五人で十万ダードルって事!? ふっざけんなよ!!
と言うかそう言うことは先に言えよ!!
「ふうむ……、この白米はかなり固いですね」
オリビアが早速箸をつけたらしく最下層のコメに触れるなり絶望した表情になる。俺も試しにコメをスプーンで触ってみたが確かに固い。
しかしこれはコメ自体が硬いんじゃない。ふっくら炊きあがった高級米を恐ろしい握力で固めているんじゃないのか?
だからアホか!!
客が食べられないような状態で料理を提供するんじゃねえ!!
「ミロフラウス、とにかく出されたものは食さねばなりません」
「そ、そうだな。マイアは前向きじゃねえか」
「ミロフラウスのためですから」
そう言ってマイアはフワッと笑顔で食事を開始する。そう言えば彼女は食べ放題の最中もずっと俺の世話をしてくれていたから、まだ余裕があるはずだ。
申し訳ないがここはマイアも戦力として頑張ってもらおう。
ん? マイアが三口ほどプレートに手をつけてスプーンを置いた?
「大変美味しゅうございました」
うっそおお!? もう終わり!?
「マイア?」
「私、少食ですので」
じゃあどうして食べ放題なんかに来たの!?
「ミロフラウスのお世話をするために、です」
自分の手で育てた娘が俺の隣でニコリと微笑みながらそう口にする。まるで俺の思考を呼んだかのように。そしてナプキンで口の周りを拭き取って完全に食後モードに突入してます。
え、これで戦力は俺にオリビアとスカーレットの三人って事ですか?
うそーん!!
「ううむ、本当に固いですね。致し方ありません、私は上の牛から攻めてみましょうか?」
「ふええ!! このホルスタイン、妊娠してるんっすけど!?」
この店はバッカじゃねえの!! と言うか道徳的に大丈夫なんですか!? 何処かの動物愛護団体に訴訟を起こされても知らんぞ!?
「ウチ、ギブっす」
とうとうスカーレットもギブアップしちゃったよ……。とは言えホルスタインのカルビとロースを粗方食べ尽くしたところでギブだから頑張ったと言えばそれまでなのだか。
「スカーレット、テメエ……自分の大好物な部分だけ食べたな?」
「どうせ食べ切れないっすよ。十万チェーンを支払うなら、好きなところを好きなだけ食べるのもアリって思ったんす」
さいですか。
しかもスカーレットは妙に充実したような表情しながら大の字でゲップなんてしやがって!! こうなったら俺とオリビアで頑張るしかないじゃないか。
「しかし本当に固えな、このコメの部分。スプーンが刺さらねえぞ」
「段々と土木工事してる気分になって来ました。ミロフラウス、コメの味が強くありませんか?」
「オリビアもそう思うか?」
「お客様、当店の大食いチャレンジプレートはお米をお米が原料のノリでコーティングしております」
だからアホか!! そんな事したら食いづらくなるだろうが!! ちょっとはお客の立場になって料理を提供してくれません!?
「ミロフラウス、私の歯が欠けそうです……」
「嘘だろ?」
おっさんがニヤリと何かに勝ち誇ったような表情を俺たちに向けてくる。だから食えるものを出してくれって。文字通り歯こぼれしたんだぞ!?
これは訴訟したら俺たち勝てるんじゃないの!?
「うううう……、すいません。私もギブです」
ついにオリビアまでもがギブアップを宣言してしまった。どうやら己の歯がコメに負けた事でやる気が削がれてしまったらしい。
まあオリビアはプライドが高いからなぁ。
「店長さん、そのノリを下さいませんか? 欠けた歯を補修したいのです」
「畏まりました。当店で使用するノリは国際規格も真っ青でございますので。もうノリノリです」
そう言うノリじゃない!! て言うかそんなノリを料理に使うなっての!!
「これで残ったのは俺一人ってかあ? オリビアが頑張ってくれたけど、まだ半分は残ってるじゃねえか」
「お客様の腹を満たせずして飲食店は名乗れませんので」
段々とこのおっさんの会釈がムカついてきたな。
綺麗な角度の会釈だけど、それが逆に癪に触るんだよな。次に会釈したらその円形脱毛の部分に焼き肉を乗せてやろうかな?
とは言うものの俺もついに食指が湧かなくなってきてしまった。
ダブルサウザンドプレートとはよく言ったものだ、ここは俺も悪あがきは止めて諦めてしまった。
「俺も……」
「ミロフラウスは諦めたらダメです」
「マイア?」
「私たちの手持ち考えて下さい」
俺が手塩にかけて育てた娘は俺に厳しかったようです。と言うかテメエはたったの三口でギブアップしておいて俺にはそんな無茶振りをするんですか?
さっきだってスカーレットも食べ切れないって諦めてただろうが。
発言が矛盾してません!?
と言うか俺たちの会話に聞き耳を立てていたおっさんが通報の準備を進めているんですけど? そんなに露骨に電話の準備をしないでくれますかね。
「ええ……、マジで?」
俺はこのプレートを目の前にして絶望の塔を登っているような感覚に陥ってしまった。終いには牢屋の中で冷たいメシを食べる覚悟までしないとダメなの?
と完全に人生を諦めかけたその時だった。
この店の扉が盛大に開いたのは。
「バイト先の仲間を連れて来たぜえええええ!! 全員苦学生だから日頃の空腹を満たさせて貰うってなあああ、そりゃあもうやる気満々だってんだよ!!」
先ほど全速力で店から出て行ったディアナが舞い戻って来たのだ。その後ろに満面の笑みを浮かべた学生たちを従えながら。
それにしてもディアナはバイト仲間が多いな、少なくとも十人以上はいる。
そしてその全員が涎を垂らしながら仁王立ちで只ならぬオーラを漂わせている。まるで何かに飢えている様な、と言うか本当に飢えてるんだろうね。
ギラギラと殺気立たせた様子で目から怪しい光を放っている。
この様子に若干ではあるがおっさんがたじろいでいるのですが、大丈夫かな?
しかしどうやら俺の予感が正しかったと証明されるのにそう時間を要しなかった。バイト仲間たちがディアナの号令に一斉に大食いチャレンジプレートに飛びかかっていったのだ。
「テメエら、存分に肉を食しやがれええええええ!!」
「「「「おっしゃーーーーーーーー!!」」」」
ただの怪しい集団じゃねえか。
等と俺がツッコんでいると、ディアナの仲間たちの悉くがまるでゴキブリの如くプレートに飛びかかったのだ。そして縦横無尽に食べ回る。
その様子におっさんはムンクの叫びの様な顔つきになっていくのだ、しかしこれは誰だろうと想定外だったろうと思う。
「嘘でしょう? 本当に食べ尽くす勢いですよ?」
驚嘆の声を上げるオリビア、スカーレットに至ってはディアナたちの様子に大食いチャレンジの完食を確信した事でゲップでアカペラを披露してしまっている。
スカーレットも器用じゃねえか。
「あ、あの。お客様、素手でのお食事はお控え頂けますか?」
おやおや、おっさんが顔面蒼白になりながらディアナたちに食事マナーの注意を始めている。だが、既に暴走している苦学生たちにそんな言葉など届くことは無かった。
どうやらおっさんは少しでもディアナたちの邪魔をしたかったらしい。だが、彼女たちの次の一言で店全体から悲鳴の声が上がることとなる。
「「「「「おかわりーーーーーー!!」」」」」
大食いをおかわりする人間なんて初めて見ましたよ。
そして、この大食いチャレンジを機にディアナのバイト仲間たちにはある通り名が定着する事となる。
『ホルスタインの天敵』とか『ミートバイオハザード』とか。
この後、この店にはチャレンジ成功者としてディアナの仲間たちのチェキフォトが飾られる事となる。これが伝説の大食いファイター誕生の瞬間となるのだった。
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