Old Man's Duel【前編】 〜戦場の奏者〜
ロックフェラーが俺に切り掛かってきた。
一切の無駄を削ぎ落とした動きで老将が俺に襲い掛かる。
俺はそれを最小の動きで右に回避する。それはロックフェラーは返す刀で二の太刀、三の太刀を繰り出してくると予測出来たからだ。この老将の洗練された剣捌き、ロックフェラーはその年に反して軽快な身のこなしを見せ付けてくる。
そして回避に専念する俺を目で追って、ゆっくりと口を開く。
「お得意の瞬間移動はどうした? 俺たちはもはや敵同士、遠慮は要らん」
「……使いたくても使えねえんだよ」
俺は敵の質問にクソ真面目に答えを返す。
俺は魔王によってシオンを奪われてから何もかもを諦めてしまった。
父の故郷を目指すことも、母を目標に薬師を目指す事も。俺は目標を見失ってから努力する事の意味が分からなくなってしまったのだ。
シオンを奪われたその日から俺は全ての訓練を放り投げた。
どれだけ必死になって強くなろうとも大切な人の一人も守れない、仮に強くなってもその力を一体誰に向かって振るうのか。
その答えは目の前にいる。
今の俺は魔王軍の幹部、であれば敵は人間となる訳で。
父から受け継いだ力の全てを故郷の恩人らに振るう事を嫌ったのだ。
だから訓練して強くなる理由などある筈がない。そんな理由から何十年と能力を使ってこなかったから、故郷の村で必死になって習得したドラゴンの能力も母から受け継いだ能力も、今となってはその殆どが使えない。
そんな俺に残ったものは半竜気と見間違うほどに中途半端な竜気、それに飛翔と竜神化の能力のみ。後はせいぜい薬師としての知識程度しか俺には残っていない。
ロックフェラーはそんな俺の返しに「そうか……」と目を細めながら言葉を漏らす。
ロックフェラーは利き腕にロングソードを、逆の手に盾を装備する典型的な剣士タイプ。合間を縫って剣を盾に擦り付けて、まるでバイオリン奏者の様な独特の癖をロックフェラーは俺に見せてくる。
そしてタイミングを見計らった様に接近しては剣を縦に振り抜いてくる。ロックフェラーが放った斬撃の威力は俺が回避するたびに地面に当たり、当たった箇所は次々と裂けていく。
横なぎの一撃は文字通り空を斬る。
ロックフェラーが剣を振るうたびにヒュンッと甲高い音が耳に届く。厄介なのはその音が徐々に鋭くなること。
俺はその理由を知っている。
この男には時間や隙を与えてはいけないんだ。
「……老いても尚、その剣技と能力は健在だって言いてえのかよ?」
「俺は騎士だ、騎士としての責務を全うする事しか考えておらん。騎士とは命を賭けて民衆を守るものなり。だから訓練は怠らんよ」
「耳の痛え話だ」
ロックフェラーはペイント使い、その能力は盾に砥石の効果を付与すること。
つまりこの老将の剣を盾に擦り付ける癖は刃を研ぐ行為と言うわけだ。厄介なのはその切れ味に限界が無いこと。俺はロックフェラーが地面に深さ十メートルもの亀裂を作り上げたところを見たことがある。
コイツは正真正銘のバケモノだ。
ロックフェラーの年齢は百歳近い筈、それでも尚これほどの実力を誇るのだからバケモノとしか表現のしようが無い。
俺としては兎にも角にもコイツの動きを止めないといけない。
「竜星!!」
「さすがにコイツは切れんよな」
俺が必殺のオーラ弾を放つとロックフェラーは大きく後方に跳躍して丘の高台へと場所を変えた。
そして俺を見下ろす様に話しかけてくる。
俺との距離、約二十メートル。
「俺は君にとって踏み台か?」
「ロックフェラー、テメエを倒す!! そして俺は全盛期の力を取り戻してやる!!」
「やれるものならやってみろ。俺は俺が守るべきものを全力で守るのみ」
「伯爵の事かよ!?」
「旦那様が守りたいと思うもの全てだ!!」
ロックフェラーは咆哮するとその場から一歩も動かず、真上に剣を振り上げた。そのまま地面に叩き付けられた剣は切先が地面と衝突すると信じ難い光景を生み出していく。
ゴゴゴゴ、と地鳴りが響く。
ロックフェラーは剣一本で地面を割って見せたのだ。
剣一本で地面に亀裂を生んで、その亀裂が俺に向かってヘビの如く走り寄ってくる。当然ながら轟音と言うべき地響きが周囲を包み込む。
そんな中で俺も僅かに音を立てた。
ガチャリと音が鳴る。
俺は腰に装着したホルダーに手を伸ばして両手に自動小銃を握り締めた。ロックフェラーの起こした地響きを回避すべく大きく旋回しながら敵との距離を保つ。走りながらの銃撃は標準が狂いやすい、だから俺は記憶を掘り起こす様に銃のグリップを手に馴染ませていった。
そしてようやく感覚を取り戻して銃口を高台のロックフェラーに向けた。
「……数十年ぶりだな。頼むぜ、俺の相棒」
「この距離でそんなオモチャが届くと本気で思っているのか? それともブランクかな?」
「心配いらねえよ、俺にだってテメエと同じことが出来るんだぜ? それとも俺の体にも人間の血が流れてるって忘れてんのかよ?」
二丁の自動小銃が姿を変えていく。
これぞ俺のペイントスキル、変化型のペイントを自動小銃に塗布してそれらを突撃銃に変化させた。俺の戦闘スタイルがダブルライフルへと変貌を遂げる。
ロックフェラーの表情が強張りを見せた。
対する俺はニヤリと表情でその優位を見せ付ける。
コイツには隙を与えたらダメだから、ならば射程と連射性能の両方を両立出来る突撃銃は対ロックフェラーには最も効果があると言えるのだから。
俺の指がトリガーを引くとドパパパパ!! と突撃銃から軽快な音が鳴り響く。
形勢は完全に逆転してロックフェラーが必死になって銃撃から逃げ回り始めた。
「君は敬老精神がカケラもないな、老人の俺に走れと言うのか!?」
「煩えよ!! テメエみてえなバケモノをジジイに分類なんて出来るか!! て言うか、そもそも俺と八つしか違わねえだろうが!!」
「オーラ弾だから弾切れも無しか……」
「俺のオーラ量をそこいらの二流ペイント使いと一緒にするんじゃねぞ!?」
完全に場を制した。
俺は逃げまといロックフェラーに無慈悲な終わりのない銃撃を続けながら、一方の突撃銃に更にペイントを塗布する。ロックフェラーはそんな俺の変化に目を凝視させて驚いた表情を浮かばせていた。
俺が右手に握りしめる突撃銃が擲弾銃に形状を変えた。要はグレネードランチャーと言うやつだ。これならば爆撃により広範囲攻撃が可能となる。
これで決着が付く。
俺はそう思っていた。ロックフェラーも同じ思いだった様で、表情が深く悔しさの感情で曇っていく。コイツを倒して俺は昔の俺を取り戻せる、魔王の評価も元に戻る、俺は純粋にそう思った。
そうすれば勇者のジジイと再戦だ。
今の俺が俺のために戦える相手は勇者のジジイしかいないから、魔王の命令と関係なく俺の意志で戦いたいと思える相手はアイツしかいない。
俺が俺であるために。
だからロックフェラーとの戦いは俺にとって必要悪なのだ。
強敵であるロックフェラーとの戦いを経て俺は両親から受け継いだ能力の全てを解放出来ると確信した、口元が思わず緩んでしまう。
そんな時だった。
攻勢を強める俺と逃げまとうロックフェラーの間に人影が遮る。俺は敵を攻め立てるあまり、その存在にギリギリまで気付かず、気付いた時には大きく目を見開いて驚くしかなかった。
俺とロックフェラーの間でポン! と言う音がこだました。
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