メロン・ロックフェラー
今回のタイトルの人物はフルネームの元ネタがマニアックすぎました。
「シオン、分からなーい」
俺は部屋に入るなりズルりとズッコケそうになった。
シオンが如何にも偉そうな人物に体を擦り寄せてお酌していたのだ。
その人物は執務服だろうか、質素ながらしっかりとした生地で編み込まれた制服を着こなす威厳に満ちていた人だった。
だからだろう、俺はシオンがその人物に擦り寄りながら「ほらほら、行っちゃってー?」とまるでキャバクラの如く接客の空気を作り上げる事に頭を抱えてしまったのだ。
もしかしてシオンは酔っ払ってるの?
「ティータイムって言ったじゃん!!」
「すまん、君の仲間があまりにも手強くてアルコールの力を借りた」
「ウチの幼馴染が……すみません」
俺が綺麗な角度でスーッと頭を下げると隣り合う騎士は「この傷も彼女に付けられたよ」と己の額を指差してくる。その額には確かに真新しい傷が刻まれており、俺は申し訳なさから涙が止まらなくなっていた。
そんなやり取りから、もう二度とシオンには酒を飲ませまいと俺は心に深く誓っていると執務服の男がこちらに視線を移してきた。そしてまるで道端でバッタリと飲み友達にでもあったかの様に軽いノリで俺に話しかけてくるのだ。
ほぼ間違いなくこの人がアイゴヤの領主。
ニコラウス・アンリ伯爵その人だろうに俺はそのノリに巻き込まれていく。
「おいっす、タオルの息子だろう? こっちに来い、早く!!」
「俺の事を知ってるんですか?」
「ボリバルから聞いてるから自己紹介もいらん!! それよりもこの娘の相手を頼めんか? ちょっと……吐きそうなんだよ……おえ」
「シオンも何をやらかしてんだよ!? 領主様相手にワイン瓶片手に「キャハハー」とか相槌打ってんじゃねえよ!!」
俺は顔を引き攣らせ瞳から瞳孔が消える感覚を覚えた。
完全に顔の筋肉が弛緩して己の感情を表現出来なくなっいた。
俺はギギギッと古びたブリキのおもちゃの如く顔を騎士に向けた。頼むから俺の感情を代わりに表現してくれと俺が無言で圧をかけると騎士はあっけらかんと他人事を強調してくるのだ。
「え? 俺?」
「アンタが俺をここに連れて来たんだろうが!! 俺はこれから伯爵様と話があるんだよ、だから俺がシオンの相手をするわけにはいかんでしょうが!!」
「マジでー?」
「アンタ、シオンと絡むのがそんなに嫌なの!?」
先ほどまで真面目さが前面に出ていた騎士がどこぞの酔っぱらいの如くとげんなりする。
とは言え現状に至った原因は純度百パーセントでシオンの酒癖の悪さにあるわけで、となれば俺も完全に他人事に出来ないも事実なのか? そんな風に真面目に悩む俺の前でシオンは千鳥足で近付いて来るとそのまま床に大の字になって寝転がる。
そしてソッと目を瞑って無防備をアピールしつつ俺に呟いてくるのだ。
「私はいつでもオッケー」
「お前は心の準備が出来んと体を許さないんじゃなかったんかい!! しかもワイン瓶を大事に抱えて寝るんじゃねえ!!」
俺とその俺をここに連れてきた騎士が何とも言えない空気に包み込まれる。
そして酒臭い。
だがそこに救世主が現れたのだ。その空気を読む事でも無く、無垢な純粋さで酒に塗れた空気を叩き壊してくれる存在がいた。
肺炎を患った母親のために俺が薬を作ってあげた女の子だ。
女の子は俺が薬を渡した時に振り撒いてくれた笑顔とはまた違う種類のそれのままトテトテと子供らしく小走りで走り寄ってくる。そして可愛らしい敬礼を披露すると騎士もまた笑顔になって頭を撫でるのだ。
この子は頭を撫でられるのが好きなのだろう。
「えへへー」と言って彼女は表情を緩ませていく。だが俺はふと疑問を感じてその騎士に言葉をかけた。
「この子と知り合いなんですか?」
騎士は女の子をまるで赤子を扱うように抱き上げて俺の質問に答えてきた。
「まずは礼を言っておこう。この子の母親は俺の部下だ、部下が命を救われた」
「アンタってアイゴヤの騎士団所属でしょ?」
「うむ、旦那様直属のアイゴヤ騎士団団長メロン・ロックフェラーだ。以後よろしく頼むよ」
俺も自己紹介を返して「こちらこそ」と言って手を差し出すとルカクは「よっと」と呟いて女の子を抱き抱え直すと、空いた手を差し出してきた。
しかしなるほど。
その自信に満ちた態度からそれなりの立場の人物かと思っていたがまさか騎士団長だったとは。
これほどの人物ならば俺も今後とも良い付き合いをしたいと互いに笑顔を突き合わせる。だがそんな和やかな雰囲気がまさかの人物によって破壊されようとは俺もロックフェラーも思いつきしないわけで。
アンリ伯爵の空気を一切読まない一言で俺とロックフェラーはガクッと肩を落として同じ思いを口にする事になった。
「ほらほら、こっちに来いと言っただろ!? タオルの息子もロックとばかり喋ってないでこっちに……来い。くっ、大声を出すとリバースしそう……おえ」
「ウチの上司が……すいません」
「こっちこそウチの幼馴染が……ほんっとうにすいません!!」
「とっとと来い!! 二人ともギロチンにかけちゃぞ!?」
この人はダメ人間だ。
と思うもロックフェラーに申し訳なくて俺は言葉を押し留めた。だが当のロックフェラーが俺の耳元で「旦那様は名主だが酒が入るとダメ人間になるんだよ」と言ってきた。俺はロックフェラーに親近感を覚えてガシッと力強く握手を交わしていた。
そしてその足で領主の前に進んでいった。
すると部屋のインテリアの配置と角度から見えなかったが既にそのソファーには店長が座っており「よ、お疲れさん」と何食わぬ顔で声をかけてくる。
これは一体どう言う事かと疑問に感じ、首を傾げながらそれをそのまま言葉にして店長に話しかけた。
「どう言う事?」
「元々俺は伯爵家お抱えの薬師だったんだよ、この人は俺が独立する前まで仕えていた元上司だ」
「うっそーん、だったら遠回しに『機会があれば』とか言わずに間を取り持ってくれても良いのに……」
俺が頭を抱えると「それはそれだ、人の出会いなんざ一期一会ってな」と言って店長はグラスに並々と注がれたワインを飲み干す。だがそれでも逆に合点が行く事もある。
母がどうやって貴族と繋がりを持てたのかと言う事だ。
なんのツテもないからこそ村長と一緒になって山間に己の居場所を作り上げた母が、これまたなんのツテも持たずに薬師としての腕だけで貴族と繋がる筈がない。「そうか、店長が犯人か」と俺が呟くと「伯爵は美人とオッパイに弱いからな、簡単な仕事だったぞ?」とあまりにもストレートに言うのだ。
俺は流石にハラハラとするも、その俺の肩にポンと後ろから手を置いてロックフェラーがコクリと首を縦に振ってくる。それも額に一筋の汗を垂らしながら、なんとも居た堪れない雰囲気に包まれた。
俺は再び顔が引き攣って「マジ?」と言葉を零す。
そしてそんな俺にトドメと言わんばかりに伯爵は己の評価を自らの口で叩き落とすのだ。
「バッカもん!! 美人の作った薬など例え毒薬でもご褒美だろうが!! おえ」
「んな訳あるか!! 薬師の仕事を舐めんなよ、まずはこれでも飲んどけ!!」
そう言って俺は村を出る際にストックとして作っておいた二日酔いの薬を伯爵の口に無理やりねじ込んだ。「フガフガ!!」と伯爵は慌て出すもそんな事は知るかと俺はさらに手を喉にねじ込んでいく。
そして俺はその時になって初めて気付いたのだ。
(伯爵と店長、……お前らふっざけんなよ!! なんだよ、その腫れ上がった頬は!! それってどう考えてもシオンに引っ叩かれたんだよね!? 良い大人が子供の前でセクハラでもしたんじゃねえだろうな!!)
俺の不安を感じ取ったのか店長は己の歯を見せつけてキランと輝かせながら俺に親指を立ててきた。謂わゆるサムズアップと言う奴だ。
店長の反応に俺はなんとも悲しくなって目から涙を滝の如く流しながら打ち拉がれていると、ロックフェラーが「水です」と伯爵にコップを差し出していた。
そして伯爵は俺の薬を水で流し込んでから口を開く。
「まっず、やはり男の作った薬は不味いな」
「ロックフェラーさん、一発ぶん殴って良い?」
「本当に……すいません」
「ミロフラウス、こんな事で腹を立ててたら伯爵とやってけんぞ?」
「店長までそんな事を言うんだ……、え? 悪いの俺?」
「はい!! おふざけはこれで終了!! じゃあ、真面目な話をしようか」
全く悪びれずに伯爵は今迄の失態を無かったことにしてポン!! と手を叩いて仕切り直しを図ってきた。最初はふざけんなよ、と思いもしたが仕切り直した後の伯爵は眼光が鋭くなっていた。
これまでの遊び人然とした態度を改めて全身から威厳を放ち出した。
そう言った主人の豹変にロックフェラーも女の子を床に下ろして「少しの間だけあっちで遊んでいなさい」と声をかけて、女の子も「はい、分かりました」と笑顔で答える。
ようやく時間が進んでくれた訳だが。
これまでのゆるりとした時間軸を取り戻すように伯爵は駆け足になって強引に動かすものだから俺も思わず「ええ?」と根を上げてしまった。この人はギャップが凄いのだ、それを肌で感じて俺は両手で頬を叩いて気を引き締め直す。
そんな俺の様子に伯爵はニコリと意味ありげに笑いかけてきた。
まるで俺の内心を覗き込むような、それでいて見透かされているような目を放って来るのだ。俺は伯爵の意図が汲み取れず思わず疑問を口にする。
「……なんですか?」
「いやなに、当分はタオルも成仏出来そうに無いと思ってな」
そう口にした伯爵の表情があまりにも朧げに見えて俺は言葉を失ってしまった。
この人はあまりにも唐突に心に住まい両親を視えているかのような発言をするものだから、俺は目を見開いて驚きを隠せずにいる。
そしてそんな俺の脇腹に店長が肘で合図を送ってくれた。
ハッと我に返って俺は店長に「すいません」と頭を下げた。ようやく話が進むと思った矢先、俺は伯爵の言葉に真意が気になって仕方がなかった。
「母とはどんな関係だったんですか?」
「愛人」
ぎゃあああああああ!! この人も大概だな!!
そんなふざけた発言をするから俺の心の中で両親が夫婦喧嘩を始めちゃたよ!! くっせ、くっせえ!! ヤニとオナラの『異臭格闘技戦』が勃発しちゃったよ! だから母ちゃんもマウントポジションを取って父ちゃんをボコボコにするんじゃねえっての!! からのお、父ちゃんの柔軟性を活かしたカニバサミによるマウントポジション返し!! 俺の両親の夫婦喧嘩はハイレベル過ぎて観戦料が取れそうなんですけど!!
両親の放つ異臭に耐えきれず俺は鼻を摘んで無理やりに話を進めた。
そうせねば本当に重要な話が進まないと俺はドタバタと心の中で暴れる両親を放置してため息混じりに会話を続けた。
「本当は?」
「恩人だ。確かな薬師としての腕で俺の理想を叶えてくれた女神、そう表現しても差し支えあるまい」
ふー、伯爵がようやくまともな事を言ってくれたから心の中の両親がピタリと動きを止めてくれた。
「理想……ですか?」
「おかしいと思わんか? 騎士団に席を置くものすら肺炎になっても医師に診断を受けられない現実はどう考えてもおかしいだろう。この国は医療体制が根本から根腐れしてるんだ」
伯爵は遠い目をしながら母への思いを語り始めた。この部屋にいる男たちは伯爵の語りに耳を傾けて行くのだった。
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