ディアナ・ヘンゼル
本作品は主人公を二人としています。一人目はジュピトリスの女王・アルテミス。二人目はもう少し先で登場予定。
今回登場するキャラはそんな二人の主人公に大きく関わりを持つことになるキーパーソンです。
「う……うーん……」
一体どうしたのでしょうか?
全身に走り抜ける風を感じる。そして人の温もりも感じる。腰に手を添えられて、腹部にはゴツゴツした感触がする。この感触は肩でしょうか?
私は誰かに担がれている?
勇者様の前で気絶したはずの私が? そうだ、私は勇者様の囁きに上せて気絶した筈。その私が全身に風を感じてなんて絶対におかしい。
私は朦朧とする意識を強引に振り払ってパチリと瞼を開く。
すると視界に映った景色は明らかに城外。私が気絶してから私の身に何が起こったか理解が追いつかない。
突然の状況の変化に私は混乱してしまい、現状を確認すべくキョロキョロと周囲の確認を始めた。
すると聞きなれない声が耳に入ってきた。
「まだ寝てても良かったのに」
「誰ですか!?」
「俺は魔王軍十大幹部の一人、ダークエルフのディアナ、ディアナ・ヘンゼル。ジュピトリスの女王アルテミス、その身柄を頂戴する」
「ま、魔王軍!?」
魔王軍の幹部を名乗る女が私を拘束して担いでいた。
女の姿はシャープな輪郭に切れ長の目に美しい黒髪を束ねた、一言で言えばきつね顔の美人と言ったところか。
見事なまでに真っ黒に染め上げたエルフ特有の戦闘装束をその身に纏う。
ダークエルフと名乗ったが確かに肌は浅黒く、そして女性らしくも鍛え上げられた様子が伺える力強さを感じ取れる。
そしてやはりダークエルフだけあって人間では考えられない様な速度で岩場を移動している。
ジュピトリスの王城は放物線を描く様に城下町に囲まれて、その街を外壁が覆う。女王である私が住まうジュピトリスの王都は鉄壁の守備で守られている。
その外壁は更に天然の要塞と形容されるサターン山脈の岩山で守護される。
つまりこのディアナと言う女はその完全無欠の守備を掻い潜って、王城に侵入して私を誘拐したと言うことになる。
顔が驚きで真っ青に染まっていく。
魔王軍とはそれほどの強大な戦力を今まで隠し持っていたの? 私は騎士団を率いて五十年間魔王軍と闘ってきた。だけどこれほどまでアッサリと王城に侵入された記憶は無い。
私は拘束されながら戦慄して言葉を失ってしまった。
何しろこの事実は国民が安心して夜を眠れない、と言う事実と同意なのだから。
「魔王様がアンタをご所望してんだよ。魔王様はこんな小娘の何処がいいんだか。ムカムカするねえ」
「……魔王が?」
「アンタ、羨ましくも魔王様に呪いを頂戴してんだって? 人間風情がふざけやがって……、ん? 追手か?」
ディアナは一瞬だけ恐ろしい殺気を込めた目を私に叩きつけて、今度はチラリと後ろに視線を送った。もしかして王城から私を救出する為に部隊が出陣したのでしょうか?
私は僅かにホッとするも、ディアナの言葉に違和感を覚えた。
呪いを頂戴している? ディアナの言う呪いに当然心当たりはある。だけど、それが羨ましいとはどう言うことでしょうか?
「待てーーーーーーーーい!! 私の女神を置いて行きなさい!!」
「栄一様!? まさか栄一様が私を追いかけて下さるなんて……」
勇者様は颯爽を姿を現してくれた。
このサターン山脈の厳しい岩山でピョンピョンと跳躍を繰り返しながら猛烈な速度で追いかけて来る。そして良く見れば勇者様は先ほどのお若いお姿ではなく、召喚された時のお爺ちゃんの姿だった。
これはどう言うことでしょうか?
そして何よりも信じ難いのは、お爺ちゃんのお姿で軽快な動きを見せる勇者様。まるで遠い異国に存在すると言われるニンジャを彷彿とさせる動きだった。
……異世界のお爺ちゃんとは皆さん、ニンジャなのでしょうか?
「この動きは愛する女性を奪われた悔しさがあってこそのもの!! 私のアルテミスさんへの想いはまだまだ序の口ですよーーーーーー!!」
ぐっは。
勇者様、お願いですから私の思考を先回りしないで下さいませんか? それとさりげなく跳躍の途中で横回転のスピンを加えないでいただきたいのですが……。
私を助けに来て下さっている勇者様に申し訳ないのですが、余裕がおあり過ぎて逆に怖いのです……。
「私はまだアルテミスさんにキスしかしていないんですからね!?」
「……え?」
キス? 今、勇者様は私とキスをしたと仰いました?
勇者様は誰が何時、ナニをしたって仰いました?
私を取り巻く状況はどうなっているのでしょうか? 私は気絶して、意識を取り戻したら誘拐されていた。つまり、その間の記憶がスッポリと抜け落ちているのだ。
では勇者様はその間に私とキスをしたと言うの仰る?
おっふう。
ディアナに拘束されながら私の鼻から公園の噴水の如く鼻血が噴き出す。女王でありながら私は何とはしたない反応をしてしまったのか。
勇者様と唇を重ね合わせた事を想像して思わず興奮してしまった。うううう、ディアナに拘束されているから鼻血を拭き取ることが出来ない。
この様な辱めはは初めてです……。でも悪い気はしません。
ん?
このディアナと言うダークエルフ、勇者様が追いついてからプルプルと全身を震わせているのでしょうか? そして先ほどから終始無言を貫いて、岩場を移動している。
どう言う訳か俯きながら邪悪なオーラを撒き散らしてブツブツと呟いている。
私を誘拐したダークエルフの様子がおかしい。私は不穏な空気を感じ取って不安になってしまった。そしてソーッとディアナの顔を覗き込む。
すると彼女は怒りに満ちた表情を浮かべて私を睨み付けてきた。
「アレ、アンタが召喚した勇者なんだろ? ……勇者とも乳繰り合ってるのかよ。このアバズレがあ」
「な、貴方は何を言っているのですか!? 私はその様なはしたないことは……」
「そこの耳の尖ったお美しいお嬢さん、愛する女性が眠りについて目を閉じたらキスで起こして差し上げる、そんな事は童話でも語り継がれる世の中の常識です!!」
おっふう。
勇者様、私もそう言った類の童話は知っておりますが……、それは常識ではありません。私は恥ずかしさから口を隠したくなった。
だけど拘束されているからそれも叶わない。
私はディアナに担がれながらドバドバと涙を流すことしか出来なかった。
「栄一様、愛してくださるのは大変嬉しいのですが、いかに勇者様とて公然と女王である私の唇を奪っては家臣が黙っておりませんよ? 最悪、不敬罪で極刑に……」
「え? 皆さん、とても喜んでくれましたよ? アルテミスさんにキスしたらハウザーさんとか胴上げしてくれたんですけど、あれえ?」
ハウザー、貴方と言う人間は……。
そして真剣な表情で勇者様は首を傾げて悩んでいる。
このお姿を見たら一人でネチネチ言っている私の方が悪いみたいではないですか。私、何か悪いことしましたか?
またしても目から涙がこぼれ落ちる私だったが、突如として全身をすり抜ける風が止んだ。どうやらディアナは走るのを止めた様だ。
そして足を止めるなりクルリと踵を返して勇者様を睨み付けた。
間違いなく彼女は怒っている。
だけど、何に対して怒っているのかが私のは分からない。ディアナはその身をプルプルと震わせて、これまで担いでいた私を雑に地面に投げ捨てて勇者様に言葉を吐き捨てた。
「こんな七十歳程度の小娘にお熱を上げる愚かな勇者のアンタに思い知らせてやるよ。いい女は強いんだって事をね」
「お美しいお嬢さんからの申し出、お受けしたいのは山々ですが私には心に決めた女性がいますので」
勇者様とディアナ、二人の距離、目算でおよそ100メートル。
勇者様はディアナと同じ様に足を止めると、とても控えめに首を垂れた。そして少しだけ頭を上げて視線を私に向けるとパチンとウィンクを送ってくれた。
私が不安にならない様にと言う想いが伝わってくる勇者様らしい優しげなウィンクだった。
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