勇者、因縁に馳せる
「ハウザーさんの作った薬を飲んで私はこの能力を得ました」
勇者様は私に覆い被さりながらお若いイケメンの姿へと変化した。
おっふう。
こんな間近で。ゼロ距離でロマンスグレーがイケメンに変わる。
これは危険です、危険すぎます。どうやらロマンスグレーとイケメンは『混ぜるな危険』だった様です。私は勇者様の変化を下から覗き込んで、思わず鼻血を射出させてしまいそうになりました。
ですが今回はそんな私に覆い被さる様に勇者様が目の前にいらっしゃる。
今回ばかりは私も必死で堪えました。鼻をピクピクと動かしながら決壊するかの如くあふれ出る流血を何とか留めることが出来ました。
今、鼻血を射出させたら勇者様のお顔に……。
そんな罪悪感から必死になって小刻みに鼻を動かす私でしたが、この勇者様はそんな私を嘲笑うかの様にとろける様な微笑みをくれる。
そして……無自覚に私をタラし込んでくるのです。
「はっはっは、鼻をピクピクと動かすところも小動物みたいで最高に可愛いですね。チュッ」
おっふう。
勇者様が私の鼻先に口づけをして来た。これは完全に不意打ちです、私は思わず卒倒しかけてしまいました。
そして自分でさえも己を制御出来ず、意味不明な言葉を口走っていた。
「ババババババ!! バスコダギャマーーーーーーー!!」
「……バスコダギャマ? 男性のお名前でしょうか、……私が目の前にいるのに貴女も意地悪な女性ですね。こんな時くらい、私だけを見てくれても良いのに」
ううううう、勇者様が上から、しかも至近距離で悲しそうな表情を落としてくる。これは……とても耐えられそうにありません。私だって一人の女性、こんなイケメンにそんな風に見つめられたら気絶するに決まっている。
私はベッドの上で完全に目を回してしまった。
「ハラヒレホレ……」
「おや? アルテミスは眠ってしまったのでしょうか? どうやら本当にお疲れだった様ですね」
勇者様は私の身を案じて心配そうに見つめてくる。そして私が気を失ったことを確認すると、またしても予測不能な行動に出てきました。
「はっはっは、また寝込みを襲う様で申し訳ありませんが私の想いの分だけキスをしておきますか」
キャーーーーーーー!!
勇者様が私の顔にキッスの嵐を見舞ってくるーーーーーー!! そしてその合間を縫って唇に直接キスを捻じ込んできたーーーーーーー!!
おっふう。
更に舌まで捻じ込んで来ます、これは先ほど勇者様が仰っていたディープキス!! ですから護衛の衛兵たちは何をやっているのですか!? 職務怠慢ですよ!!?
勇者様は気絶した私を貪る様に口づけをしてくるのです。これは……もしかして勇者様のお髭の感触でしょうか? 私の口元にカサカサとした感触を感じるのです。
どうやら確認するまでもありませんね。
私は気絶しながら目をハート型にしていたからよく見えていませんが、勇者様は私とのキスで再びロマンスグレーへとお姿を変えているのでしょう。
これにはまたしても鼻がムズムズと反応してしいそうです。
私、ちゃんと鼻血を止められているでしょうか?
女王の私がまたしても失血多量になって輸血が必要となれば一大事、私の愛する国民たちから血を分けて貰うなどあってはならない。
まあ気を失っているからそんなことを気にする必要ないのですけどね。
そう言った憂いを気絶しながらも抱く私でしたが、勇者様は他のことを気にされていらっしゃるご様子でした。勇者様は私を見下ろしながら言葉をかけてくる。
そのご様子は悲しさや悔しさが混じった何とも言えないものだった。
「……アルテミス、貴女を介して寿命を吸われるたびに感じるのです。その先にいる魔王、その人の気配を強く感じるのです。貴女の唇と触れる事でこの世のものとは思えないほどの幸福感を得ることが出来る。しかし……」
勇者様はそう言うと少しだけ表情を怒りに染めていった。
しかしそれは私に対してのものではない、それくらいは何も言わずとも分かる。勇者様は心の底から私を愛してくれているのですから。それくらいはウブな私でもしっかりと理解することが出来る。
このキスは本当に愛するものに対して贈るキスだから。
だからこそ気になって仕方がないのです。そんな風に私を愛してくれる何処までもお優しい勇者様が怒りを露わにする魔王とは?
どうして勇者様が魔王に怒りを向けるのか。
勇者様はその怒りに理由を言葉にしていった。
「魔王、貴方は私の知る人なのでしょう。この世界に召喚される以前に何処かで……いや。何処かなど考えるまでも無い、魔王は『お前』なのでしょうね。感じますよ、お前の気配を。またしても私の大切な人を奪おうとするお前だけは私は絶対に許さない」
勇者様はご自身が放つ強烈な敵意を打ち消す様に再び私に何度も何度も唇を重ねてきた。濃厚な、それでいて情熱的なキスを私に向けてきた。
数えきれないほどのキスを終えると勇者様は気を失う私を強く抱きしめてくる。そして、私の顔をその逞しい胸板に埋めて耳元で囁いてくるのだった。
「アルテミス、貴女とのキスは懐かしさすら感じる。この幸福感を私は間違いなく知っている、思い出させてくれるのです。貴女はもしや……」
勇者様は最後まで言葉を口にすることは無かった。私は勇者様の匂いに包まれて再び深く眠りにつくことになったのだ。
そして目が覚めた時には記憶が全て吹っ飛んでいて、知らぬ間に執務室で公務に励んでいたのです。まるで機械の如く無表情のまま一心不乱に資料へ目を通す私の姿を見ていたダフネに「大叔母様、お疲れなのではありませんか?」と心配をされてしまいました。
勇者様のフェロモン、恐るべし。
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