ロマンスグレー、自らの秘密に到達する
山頂の花畑での女子会後、私は少しだけ後悔した。
いえ、盛大に後悔しました。
私は女子会で飲まされたアルコールが原因で酔い潰れてしまったのだ。ベロベロになってスカーレットに担がれて王城に戻る羽目になり、そんな情けない私の姿のまま私は就寝することになった。
ハウザーがスカーレットから私を受け取ると「こんな楽しそうな陛下は長くお仕えした私も初めてです」と苦笑しながら言っていた。私は騎士に担がれて個室のベッドに運ばれたのだ。
そして次の日の朝、目が覚めるとそこには柔かに微笑む勇者様がいたのです。ロマンスグレー姿の勇者様はまたしても私のベッドの中に侵入して、まるで普通のことに様に添い寝をしていました。
そろそろ護衛の衛兵には注意した方がいいのでしょうか?
私は目覚めるなりハッと息を呑んだ。
ベッドの中で私たちも視線が重なる。
私は目覚めにとろける様な笑顔を向けられて全身を硬直させてしまったのです。眠気が自分の方から何処かへ逃げ出してしまった様に急速に頭の中がクリアになる、と言うよりもあまりの衝撃に何も考えられなくなっていました。
「私の愛しい人アルテミス、貴女は自分の魅力に気付いていますか?」
勇者様はまるで困り果てたと言わんばかりに眉を顰めながらそう呟いてきた。
おっふう、距離が近すぎて勇者様の吐息が私の鼻をくすぐってくるのです。
「え、……えーっと? この状況は?」
「護衛です」
「……誰が誰の……護衛を?」
「貴女のあまりの美しさに嫉妬した夢見の女神から私が全身全霊でアルテミスを守ってみせる」
この場合、侵入者は勇者様では無いでしょうか?
そもそも今更とは思うのですが勇者様は距離感と言う概念をお持ちではないご様子。勇者様はそんな甘い言葉を口にしながらベッドの中で私の手をギュッと握り締めてくる。そして互いの鼻先がぶつかるまでグイッと顔を近づけてきた。
「つまり……、酔い潰れた私があのまま目を覚まさないのでは、と栄一様は心配して下さった……と?」
「ただの嫉妬ですよ。人間は寝ないと死んでしまう、ですがその睡眠が私たちの大切な時間を奪っていくのもまた事実」
「もしかして……栄一様はずっと……起きていらっしゃったのですか?」
「はい、ずっと可愛い貴女の寝顔を見つめていました」
きゅーーーーーーー……。
思わず頭から蒸気が飛び出していき、顔が熱を帯びて真っ赤に染まっていく。
私は眠気が完全に抜けたと思ったのに、危うく意識を失いそうになってしまいました。勇者様はそんな私の反応を心配して下さいました。
勇者様はまるで風邪を引いた子供を心配する母親の如く額を押し当てて私の熱を測り出す。「少しだけジッとしていて下さいね」と勇者様は声を掛けてくれた。
はい、ジッとしてます。
動くも何もこの状況が役得すぎて動く意味が見当たりませんので。そもそも勇者様のフェロモンに充てられて私は麻痺でもした様に身動き一つ取れなくなっていたのだ。
今の私は完全なマグロ状態と言う訳です。
その私に勇者様は上から覆い被さってくる。私は勇者様の真っ直ぐな目にメデューサにでも睨まれた様な感覚を覚えた、何しろただでさえ体が硬直しているのに、こんな真剣な目を向けられたら……。
カモーン。
この流れで空気を読めない程に私はウブではありません。
もう私に出来ることは覚悟を決めて目を瞑るだけでした。
そしてどう言う訳か勇者様は上半身が裸だった。その逞しい肉体を惜しげもなく見せ付けてくるのです。
よくよく考えたら勇者様はロマンスグレーのお姿をしているのです。私が最後に勇者様をお見かけした時は若いイケメンだった。
これ、絶対に私が寝ている時に……しましたよね?
現状から拾えるだけの情報を全て拾い上げて、整理してみた。そして行き着いた事実を確認すべく私は勇者様を見上げながらそれを問いかけた。
口にする言葉が恥ずかしすぎて私の目は自然と潤んでしまう。
この際、勇者様がいつ睡眠を取っているかは問いただしません。
「……キス……でしょうか?」
「昨晩だけで十六回しました。若返っては老人になってを十六回も繰り返しましたよ。かの有名な伝説的ゲーマーも真っ青の十六連射です」
「じゅっ!?」
勇者様のまさかの告白に私は驚きを隠すことが出来なかった。私は目を見開いて反射的に両手で口を塞いでしまった。
いえ、口だけではありません。
その光景が脳裏に浮かんで恥ずかしさは顔から噴き出してくる。顔がこれまでに無いほどに真っ赤に染まっていくのが分かった。
すると勇者様は僅かに苦笑しながら言葉を紡いでいく。
え? もしかして……このままお預けですか?
「最初は単純に貴女の可愛らしい唇が恋しかった。隣で吐息を立てる愛しい人に触れたくて……不覚にも寝込みを襲ってしまうところでしたよ」
「……っ」
「はっはっは、そんな風に目を背けられたら悲しいじゃありませんか」
恥ずかしさから顔の向きを変えると勇者様は優しく私の顔を元に戻す。
「……こんな気持ちは久しぶりです。人をここまで愛しいと想えると貴女は思い出させてくれた」
「……私は罪深い女です。平和に暮らしていた貴女を自分本位な理由で……」
「最初はただアルテミスの唇に触れたかっただけでした。貴女の犯した本当の罪はこんなにも私の心に入り込んでくること、もう貴女は私の心のリビングにまで上がり込んでますよ。そんな図々しくも愛くるしい貴女を昨晩は本気でベッドの上で抱きたくなった、その衝動に駆られた。……ですが最初のキスでふと気付いたのです」
え? もしかして私は本当に危険だったのでは?
サラッと未遂事件を自白する勇者様も凄いと思いますが、そんな事をこれほどまで情熱的な表情で告白されたら……、私は。
やはりカモーン。
私はギュッと目を瞑って勇者様の言葉を静かに耳を傾けた。
「……」
「気付いてしまったのです、私が貴女とのキスで老人の姿に戻れる理由を」
「……え?」
勇者様の不意の一言に私は覚悟したのも関わらず思わず目を開いてしまいました。
「アルテミスは魔王さんの呪いで老化を吸い上げられているのですよね?」
「は、はい……。その様です」
「貴女とディープなキスをしていて感じたのですが、私の寿命が貴女に吸い取られている感覚がしたのです。あ、ディープと言うのは私の舌を貴女の控えめで可愛い小さな舌の絡ませる事ですよ?」
勇者様、その説明を挟む必要が無いと思うのですが……。
「私が……勇者様の寿命を吸い取っている?」
確かに勇者様は私とのキスでロマンスグレーのお姿に戻る。そして自発的にお若いイケメンのお姿になれる。
それは周知の事実となっていた。
そのキッカケとなった薬を調合したハウザーさえもこの事実には驚くしか無かった。ですが、では何故その様な事象が発生するのか、と言う原理までは彼も解き明かすことが出来なかったのです。
勇者様はそこに自力で到達したと言う。
勇者様は申し訳なさと僅かな悔しさを混ぜ合わせた様な表情を私に向けてきた。そして静かに次の言葉を口にしたのだった。
「おそらく私の寿命がアルテミスを介して魔王さんに吸い取られてるのだと思います」
私は勇者様の出した結論に何も反応することが出来なかった。
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