Girls' Talk【後編】 〜親愛の影に潜むもの〜
「ん」
舞を終えて花畑に座り込んだディアナがそう声を漏らす。
彼女は手に握りしめたグラスを私の前に突き出した。もしかしなくてもそれを私に飲めと言う彼女なりの意思表示なのでしょう。そんなディアナぶっきらぼうなお誘いに私は笑顔を返した。
「……ありがとうございます」
「煩えよ、黙って飲みやがれ」
ディアナの言葉はいつも通りでした。
言葉遣いに変化は無くも、別の部分で違和感を感じた。それはディアナの表情、彼女は終始恥ずかしそうな様子で私と目を合わせようとしない。
私はそんなディアナに可愛らしさを覚えて、俯きがちな彼女の顔を下から覗き込む。
「んだよ、……俺の顔に何か付いてるのかよ?」
「貴女が可愛いなと思いまして、ふふふ」
「んなっ、テメエは何を言いやがるんだ!! か、可愛い!? 俺が可愛いだって!?」
「はい、とても可愛いですよ?」
「……テメエは正気か? 俺に最も不釣り合いな言葉を口にしやがる……」
「ディアナ、お褒めの言葉は素直に受け取っておきなさい」
「オリビアまでそんなことを言うのかよ……?」
ディアナはオリビアの言葉に更に顔を赤らめて深く俯く。そんな彼女の反応に私は新鮮さを感じる。
ディアナに「頂きます」と言って受け取ったグラスに口を付けると彼女は「……おう」と簡素な返事を返してくれました。私は少しだけ彼女との距離が近付いたことが嬉しくて笑顔のままグラスを飲み干した。
……あれ?
「あらやだ。このお酒、とても飲みやすいですね」
「テメエは人間の割には味の違いが分かるみてえだな、それはエルフに代々伝わる秘蔵の製法で造った酒なのさ」
「これは貴女に手作りなのですか?」
「そうさ、その通りだ!! コイツの喉越しを再現するにはアルコール度数が高く無いとダメなんだよ!! 最低でも九十パーセントは無いとこの喉越しは生まれねえのさ!!」
ディアナが嬉々として語り出す。
どうやら彼女は自らの種族に真に誇りを抱いている様だ。ディアナは彼女お手製のお酒を褒められて満面の笑みを浮かべていました。
そんな彼女を見て思う、やはりディアナは可愛いと思う。
私は彼女の新たな一面に気付いて純粋にそう感じた。そして今ならば彼女と友情を共有出来るのでは? と感じ始めていました。
「アルテミス、こちらも試してみて下さい」
オリビアが私たちの会話を遮る様にグイッとグラスを差し出してきた。私はそのグラスを見て思わずこれでもかと言わんばかりに目を見開いて凝視した。
しかしそれは仕方がないと思います。
何しろオリビアが握りしめるグラスには何とも言えない液体が注がれていたのだから。液体はまるで沸騰しているかの如くブクブクと泡を立てていたのです。何よりもカメムシを連想させる様な光沢のある緑色、私はピクピクと顔を痙攣させてしまいました。
「え? 毒殺ですか?」
「……喧嘩を売っているのですか?」
「はーっはっはっは!! だよなー、翼人の厨二なお酌じゃあ飲めえよなあ!?」
「ディアナーーーーーーー!! ただアルコール度数が高いだけが美徳のアル中エルフがそれを言いますか!?」
「アルテミスー、ウチのお酒を飲むっす。そしてまたウチの撫で撫でして欲しいっす」
花びらが舞い散る楽園で四人の喧騒が無邪気さを覗かせる。
私は普段見かけることのない無防備なディアナとオリビアの喧嘩に微笑んでしまう。そして無垢な様子で私に甘えるスカーレットの頭を撫でながら久しぶりに心の底から笑っていた。
私は女王、一国の国主。
ならば家臣たちにはそれなりに威厳を保たねばならない。そして国民からの期待に応えて、彼らに不安を抱かせてはいけない立場だ。そんな想いは必然的に壁を作る。
別に嫌われてはいないと思う。
ただ私は毅然とするあまり隙を作ることを嫌ってきた。そして周囲はそんな私を敬って立ててくれる。一国の主人は敬われる存在であるが故に本音は見せるべきではないと私は考えている。主人の本音は時として周囲を苦しめるから。
だからこそ、この一瞬が私にはかけがえの無いものに感じるのです。
「あら、スカーレットのお酒も美味しいですね」
「そっすー。それは獣人族に代々伝わるアルコール度数百二十パーセントの至高の逸品なんすよー」
「百二十……、物理限界を超えていますね。でもこれはクセになる美味しさですわ」
「ねえねえ、アルテミス」
私がお酒で頬を赤らめていると不意にスカーレットが話しかけてくる。
「何ですか?」
「さっきのディアナのダンスが何を意味するか知ってるっすか?」
「意味……ですか?」
「アレはっすねー、友達に親愛の想いを伝えるダンスなんすよー」
「え?」
スカーレットの予想外の説明に私は驚きを隠せず、浮かべた表情のままディアナの方を振り向いた。するとまたしてもディアナは恥ずかしそうにしながら「……うっせ」と言葉を漏らす。
今と言う時間に尊さを感じる。
そして私は心の底から勇者様に感謝の念を抱いていた。彼の方は私が欲しいと願うものを全て与えて下さった。女性として望む恋慕の想いに女王として絶対に手に入らなかった友人と言う存在。
ディアナ、オリビアにスカーレット。
この三人との繋がりを下さったのは紛れもなく勇者様なのです。この楽しい一時に報いるため私は勇者様に少しでも何かを返さねばとふと思い至った。愛情とは別の何かを返したいと思う。
私に出来ることは魔王討伐のサポート、悔しくもそれしか無いと思うのです。
元はと言えば私が勇者様を巻き込んでしまったのだから。
だからこそ目を閉じて思い返す。
すると何故かミロフラウスの事が記憶から掘り起こされていった。掴みかかってプロレス技の掛け合いを繰り返すディアナとオリビアが視界に入ったからだろう。
「ちょ、ちょっと!? ディアナ、貴女は人の翼を掴んで卍固めを極めないでくれませんか!?」
「うっせえよ!! 俺はアル中だからなあああ、んぐんぐんぐ!! ぶふうううううう!!」
「毒霧はダメでしょう!? 貴女は悪役レスラーか何かですか!!」
ディアナがアルコール度数高めのお酒をオリビアの顔に射出している。するとオリビアは目を回して気を失ってしまったのだ。どうやらオリビアはお酒に弱いらしく、大の字になって大きな音を上げて花畑に背中から倒れ込んでいった。
ヤッベー、この人たちを友達として扱って私は大丈夫なのでしょうか?
確か今日は女子会と聞いていたのですが、今の状況にはそんな華やかさを一切感じることが出来ないのです。その内、私はディアナによって城下町の夜の繁華街に引っ張り出されそうな気がする。
そして朝まで居酒屋をハシゴして酔い潰れる。
目の前の光景を見ているとそれが本当に起こりそうで恐ろしいですね。
ディアナはオリビアに勝った事で気分が良くなったのか、二度目の毒霧で口から火を吹く始末だ。私はその光景を見ながら僅かに顔を引き攣らせしまった。
そして不意にディアナにミロフラウスの影が見えた。オリビアの話を聞いて今更になってミロフラウスの面影がディアナと重なった様に感じるのだ。
そして確信しました。
私は彼を最初から知っている、とい言うよりも思い出したと言った方が正しいと思う。
うっかり忘れていました。
彼は昔と容姿があまりにも変化が無くて、それ故に逆に記憶の片隅からその存在がこぼれていたのだ。七十年以上前に世間に出回ったミロフラウスの写真は今の姿と全く同じだった。確か私が子供の頃に父王が彼の事を教えてくれた記憶がある。
ミロフラウス・ワースト。
彼はその昔、人間でありながら最強種・ドラゴンをその手で倒したと噂になったかの竜殺しの少年では無いだろうか? 私は勇者様のお役に立ちたいと言う想いを基点にディアナたちが慕うミロフラウスと言う人物に更なる興味を深めるのだった。
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