Girls' Talk【中編】 〜花弁舞〜
エルフが舞う。
一面に広がる山頂の花畑で美しくも黒く染まったエルフが一人、華麗にステップを踏む。
ディアナは山頂に着くなりオリビアの背中から飛び降りていった。そして一人無言のまま花畑で舞を披露し始めたのだ。華麗で神秘的な彼女の舞に私は釘付けになって言葉を失った。
スカーレットが涎を垂らして私の膝で眠りに耽る。スカーレットの頭を撫でると彼女は「ふふーん、胸はアルテミスに勝ってるです」と寝言を呟く。
……もしかして私に喧嘩を売っていますか?
しかしスカーレットは初めて話した時からディアナやオリビアよりも明らかに好意的だった。おそらく彼女に悪気はないのでしょう。
私は後頭部に巨大な血管を浮かばせながら、怒りを鎮める様に盛大にため息を吐いた。
すると私の後ろに立っていたオリビアは言う。
「あれはエルフの民族舞踊です」
エルフと人間は種族的に不仲だ。
この世界にはオリジナル・スリーと言う言葉が存在する。それはドラゴンと人間に世界序列第四位の妖精を加えた三種族の総称で、現在世界に存在する十種族の起源とも言えるもの。
エルフは元々人間で、その中で迫害を受けた者たちが野に散ってドラゴンより施しを受けて独自の進化を遂げた者たち。
だから彼らは人間を嫌う。
それ故に彼らはドラゴンを敬う。
元々私とディアナは相反する存在なのだ。ジュピトリスではそう言った差別は存在しないが、他国ではそうもいかないのが現実だ。そもそもそんな差別は他国でも一部の形式を重んじる特権階級が拘るのみで、市民階級に差別意識はないのですが。
市民階級は肌で感じて理解しているのでしょう。
他種族の存在や文化はもはや自分たちの生活になくてはならないものであって、差別すべきものでは無いと。台頭する魔王と戦う時も人間はエルフと一時的に同盟を結んだが、それら特権階級の傲慢さが彼らに甚大な被害をもたらして怒らせてしまった。
私は人間が治める一国の代表としてなんとか双方を諌めようとしたが、時既に遅し。誰も聞く耳を持ち合わせていなかったのです。
結果、同盟は崩壊。
人間は愚かにも魔王とエルフを同時に敵に回すこととなり、魔王がその圧倒的な力でエルフたちを支配していった。今でも悔やまれる、私は思い出すだけで己の無力さを痛感してしまう。
「幻想的な舞です。自然を重んじるエルフそのものですね」
「例え堕ちようともディアナはエルフ、彼女が誘えば辺りに舞い散る花びらも無邪気になると言うものです」
会話の中でオリビアが然りげ無く漏らした言葉、『ディアナは堕ちたエルフ』。
彼女はダークエルフ、言葉の通りエルフが堕ちた存在だ。どう言う原理かは判明していないけど、エルフは堕ちると肌と髪が黒く染まる。しかし堕ちたからと言って種族内で差別されることは無いらしい。
そう言えばどうしてディアナは堕ちたのだろう。
ふと唐突にそんな考えが浮かぶ。
良く考えてみれば私はディアナの事を良く知らない、オリビアもスカーレットもそれは同様だ。私はディアナの舞に魅入られてしまい、急に彼女のことを知りたいと思い始めていました。
私は振り向いてオリビアに問いかけた。
「彼女はどうしてダークエルフに?」
「口調です」
「え?」
「ディアナの言葉遣い、エルフらしく無いでしょう? 酷く汚らしい」
え? たったそれだけの理由でディアナはダークエルフに堕ちたと言うのですか?
エルフの堕落基準とは私が考えている以上に厳しいのかと再び考えてみる。しかしその程度で堕落とされては魔王の軍門に下ったものは全てダークエルフとなる訳で。
私の記憶にはその様な事実は一切ない。
そんな風に私が悩むとオリビアは今度は答えのヒントとばかりに私に問いかけてくる。オリビアは何時もよりも神妙な顔付きでディアナの舞を遠い目で見つめながら口を開いた。
「あの口調、貴女も何処かで聞き覚えがあるでしょう?」
「何処かで……あ」
「気付きましたか?」
オリビアの言葉に一人の人物が思い当たる。
ミロフラウスだ、この口調はオリビアとスカーレットも慕うミロフラウスのそれとソックリなのだ。言われてみればと、私も今更と感じてしまう。
思わずハッとなってしまった。
「ディアナは意図的にミロフラウスの口調を真似た、と?」
「敬愛する人を真似る、まさに子供の発想です。ですがディアナのアレはミロフラウスに対する尊敬、感謝、憧れに恩義とあらゆる感情が込められているのです」
「子供……ですね。笑ってしまいます、ふふふ」
「でしょう? 子供の時分、私も何度か注意しました、癖になるからと。今となっては心配した通り癖になってしまい、中々矯正することも出来ません。信仰心がドラゴン全てからミロフラウスのたった一人に移った、それが彼女が堕ちた所以です」
オリビアが口元を緩めている。
これも初めてだ、オリビアが私に笑いかける事も初めての出来事だった。オリビアの笑みは翼人らしく心を奪われるほどに美しいものだった。
何よりもディアナを見つめるオリビアの目だ。彼女は本当に大切なものを見守る様な目をしていた。私は危うく惹き込まれそうになるも、既のところで踏みとどまった。
そして視線をディアナに戻す。
彼女は優雅に舞を締め括って、私たちのところに歩み寄ってきていた。少しだけ恥ずかしそうに視線を外すディアナの顔が赤らんでいた事がとても印象的に感じる。
「……スカーレット、いい加減起きやがれ」
「ふえ? やっと終わったっすか?」
ディアナの呼びかけに熟睡していたスカーレットがパチクリと目を覚ました。
私とディアナ、それにオリビアとスカーレットは風と共もステップを踏む花びらに抱き締められて話し込み始めるのだった。
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