Girls' Talk【前編】 〜雪解けの前兆〜
『ちょっとだけツラを貸せや』
そんな一言から全てが始まった。
私は午前の公務を終えて部屋で一人寛ぎながら、午後について少しだけ思案をした。今日は午前中に会議が集中していたため、午後は珍しく手持ち無沙汰となってしまった。軽めの昼食を済ませて午後は久しぶりに時間が出来たからと、騎士団の視察にでも行こうと思い至る。
そんな時に限って珍しく勇者様が姿を現さなかったことに少しだけ肩を落とす。
それでも私は一国の主人だからと、数回頬を叩いて緩んだ己を引き締め直した。そしてドレスから動きやすい身なりに身支度を整えて、騎士団の詰所を目指すべく個室から出ようとした。
そんな時でした。
「……暇か?」
ドアを開けるとそこには仏頂面のディアナが立っていたのです。廊下の壁にもたれ掛かって私の姿を見るなりそう言葉を口にして来た。ディアナの予想だにしなかった訪問に私は言葉を失い全身を硬直させてしまいました。
珍しい、いや、初めてだと思う。
ディアナと私はお世辞にも仲が良いとは言えない間柄。それはそうだ、何互いに同じ殿方を愛しているのだから。私とディアナの関係を一言で言い表せば恋敵。
だから必要最低限の事しか話さない。と言ってもディアナとオリビアは私と勇者様以外とは口を聞こうとしないから他の人間と比べればまだマシと言えなくも無い程度ではあるが。
私はディアナの突然の訪問に驚いてキョトンとした顔で何とも歯切れの悪い言葉を口にしてしまった。
「い……いえ、これから騎士団の視察に向かおうかと……思いまして」
「暇って言えよ」
「暇……と言えなくもありませんが、……それを私が言うのも色々と問題が……」
「テメエは真面目か?」
「真面目……ですけど?」
「ちょっとだけツラを貸せや」
ディアナは何を言っているのでしょうか?
私は彼女の言葉の真意が読み取れず、思わず首を傾げてしまった。ディアナはいきなり姿を表したかと思えば私に特定の発言を強要してくる。言葉の意味自体は分かる。しかしここで私は自己防衛本能に目覚めてしまったのです。
相手はディアナ、これまで私が彼女からどれほどの仕打ちを受けてきた事か。胸が硬いと言われ、散々にアバズレと比喩されて。
そんな記憶が私を止めるのです。
絶対に暇だと言ってはいけないと。
しかしそんな私の本能を振り切るかの如くディアナは私の手を強引に引っ張ってきた。そして廊下をズンズンと歩き出す。
個室で私の世話をしてくれた侍女たちが唖然とした様子でそれを見守っている。私はこの現状を理解出来ず、手を引っ張られるだけでした。
それでも強引に感じるけど、決して痛くは無い。
私はそんなディアナを初めて見て、ポツリと言葉を漏らす。
「え? 体育館裏にでも行くのですか?」
「テメエ……、俺を不良か何かと勘違いしてやがるのか?」
それは勘違いではありません。貴女は紛れもなく不良です。
ディアナは悪態をつくも歩みは止めようとしない。私は更に混乱が加速してしまい、またしてもポツリと呟く。
「体育館裏でないとすれば……女子トイレですか?」
「テメエは本当に女王か? その発想はそこいらの町娘と同じレベルじゃねえか」
「栄一様に教えて頂きました。栄一様の世界ではそれが普通だそうです」
「意外と余裕あるじゃねえか。……いいから黙って着いてこいよ」
ディアナは一瞬だけ目を合わせるとすぐにソッポを向いて再び歩き出した。延々と王城の廊下を歩き、突き当たってバルコニーに出た。そこはこの王城から唯一城下町を見渡せる場所だ。
バルコニーに出ると風が吹いていた。
気持ちがいい、普段は女王としての激務に追われているからそんな気持ちを久しぶりに感じた。風に私の長い髪がそよぐ。
「オリビア、いるか?」
「準備は整いました」
全身で風を感じる私の前に今後はオリビアが姿を現した。翼人らしくその美しい翼を羽ばたかせながらオリビアはバルコニーに着地を果たした。
この状況は本当に何なのでしょうか?
オリビアもディアナと同じで決して私と仲がいいとは言えません。そんな二人が私一人をこんな場所に連れ出してきた。私はこの現状をやはり理解することが出来ず、首を傾げてしまった。
するとそんな私にオリビアが声をかけてきました。
「乗りなさい」
「え? 何処にですか?」
「オリビアの背中に決まってんだろうが、寝ぼけてんのか?」
今度はディアナが私に呆れた様子で声をかけてきた。彼女は当たり前と言わんばかりにオリビアが差し出す背中に跨っていく。彼女の黒髪も風でそよぐ。ふとディアが振り向いて私に手を差し伸べて来ました。
そんなディアナに私は何処か神秘的な印象を感じてしまった。
私と視線が重なると、どう言う訳かディアナはそっぽを向いて恥ずかしそうな仕草を見せるのです。こんな仕草を見せる彼女を私は見たことが無かったから思わず戸惑ってしまう。
するとディアナはそんな私の反応に痺れを切らしてしまった様です。
「とっとと乗れや!!」
「は……はあ。分かりました、失礼します」
「んだよ、その気の抜けた返しは……」
差し伸べられた手に温もりを感じる。
「準備は良いですか? 落ちない様にしっかりと掴んでいるのですよ?」
「え? って、きゃああ!!」
オリビアは私とディアナをその背に乗せるとその翼を羽ばたかせて空を飛び立っていった。このやり取りを見ていれば誰だって予測出来た筈、オリビアが空に向かって飛び立つのは容易に想像出来た。
にも関わらず私はあまりの急展開に呆けてしまっていたのです。
そしてオリビアの背に乗って思わず悲鳴を口にしてしまった。
すると一緒にオリビアの背に乗り込んだディアナが呆れた顔を私に向けてくる。「ガキじゃあるまいし」とポツリと私に聞こえるギリギリの音量で呟いていた。
私は立場上一人で王城を抜け出す訳にはいかないのだけど。そもそも私を背に乗せるオリビアも、隣で一緒にオリビアの背に跨るディアナも、二人とも私を誘拐した実績がある。
そんな二人に私は何処へ連れて行かれるのか。
普通の感覚ならばそんな危機感を持ち合わせても良いだろうに、それでも私はどう言う訳か心が何処までも無防備だった。
チラリと右を振り向いてみた。
「……風が気持ちいいぜ」
するとそんな風に言葉を漏らすディアナの横顔があった。その横顔からやはり先ほどと同じで神秘的な雰囲気を感じてしまう。私はその神秘性に魅入ってしまい、ジーッとディアナの横顔に視線を固定していた。
突拍子もなく新たな不安が脳裏を過ぎる。
私は翼を広げて空を飛ぶオリビアに思い付いたことを聞いてみた。
「……後で交通費とか言ってお金を請求されませんよね?」
「私は観光客をカモにするボッタクリの馬車ですか?」
今度はオリビアに呆れられてしまった。
オリビアはそう言って控えめにため息を吐く。どうやら私の心配は杞憂だった様だ。するとそんな私たちのやり取りを静かに見守っていたディアナがスッと右腕を前方に伸ばした。
その指は何処か遠くを指差していた。
私はつられてディアナの指差す方向に視線を向けると、彼女はようやくこれまでの行動の意味を言葉にして私に教えてくれたのです。
「あそこだ、サターン山脈の山頂。あそこにいい場所があるんだ」
「あそこが目的地……でしょうか?」
「ああ、ちょっとばかし腹を割って話をしようや、今日は女子会だ」
ディアナの言葉に反応する様にオリビアはサターン山脈の山頂に向かって一直線に速度を上げて飛んでいった。私はオリビアに振り落とされない様に目一杯の力で彼女の背中にしがみ付くしか出来なかった。
「おーーーーーーい!! ココっすよーーーーーーー」
ディアナが目的地と言った山頂にはスカーレットが笑顔で立っていた。ここまで来いと言いたげに元気に両手を振るうスカーレット目掛けてオリビアは着地の体勢を取っていくのだった。
下の評価やブクマなどして頂ければ執筆の糧になりますので、
お気に召せばよろしくお願いします。




