Holding Your Hands 〜本音から目を逸らして〜
「スカーレット、テメエのその適当なことを言う癖は相変わらずだな」
「適当じゃないっすよ? だってディアナとオリビアがこんなに喋ってるの見たことないっす」
ディアナがそっぽを向いてポツリと呟く。
そのディアナに対して当のスカーレットは終始愛くるしさを覗かせていた。そしてゴロンと転がってアグラを掻きながら姿勢を逆さにして口を開く。
今度は私の表情を覗き込んできた。
「……どうかしましたか?」
「ウチはアルテミスのことが好きか嫌いかまだ良く分からないっす。でもミロフラウスのことは大好きっす」
スカーレットは真剣な目をしていた。ジーッと私を見つめるスカーレットはどうしたものか悩んでしまう。
スカーレットが喋り出すと勇者様に甘えていたダフネもピタリと動きを止めた。ダフネもスカーレットに何かを感じ取ったらしく、視線を向ける。
しかしスカーレットは相変わらずマイペースな様子で、逆さの姿勢のまま「うーん」と考え込んだ容姿を見せ始めた。愛くるしい容姿で自分自身の考えをまとめる様に彼女は悩んでいた。
そして考えがまとまったのか、これまたなんの前触れもなく話し始めた。
「ミロフラウスは勇者様を認めてたっす。ミロフラウスは勇者様が好きなんすよ」
「私もミロフラウスさんが好きですよ。敵として出会いましたが、あそこまで真っ直ぐな人は中々お目にかかれませんからね」
「勇者様を直視すると鼻血が出るっすー。鼻血が目に入るっすー」
スカーレットは勇者様のフェロモンに充てられてドバドバと鼻血を垂らしだす。このまま放置しておくと私の個室が血の池になってしまいそうな量に思えた。
私はスカーレットに近付いてソッとハンカチを差し出した。するとスカーレットは「助かったっす」と言って私に笑顔で笑いかけてくる。
思わずクスリと笑みをこぼしてしまう。
一見するととても魔王軍の幹部とは思えない愛くるしい見た目のスカーレットだが、彼女は自分の想いを一生懸命伝えようとする。まあ、スカーレットの実年齢は二十代後半なのだけど。
その仕草に私は途端に興味を惹かれて、耳を傾ける姿勢をなっていった。
「貴女は何を伝えたいのですか?」
「ディアナとオリビアはミロフラウスが好きっす、そのミロフラウスは勇者様を好き。勇者様はアルテミスのことが大好きっす。じゃあ二人がアルテミスそ好きになるのは当然っすよ」
「スカーレット、貴女のそれは強引なこじ付けです」
オリビアがスカーレットの考えを否定した。
スカーレットの考えはシンプルなものだった。
そして彼女の考えは私の理想とするものそのものでもある。人の輪は手を取り合って形成される、そして人の好きと言う感情は人に伝播していく。国民や家臣たちにもそうあって欲しいと心から願う。
私はそう考えている。
例え子供じみた幻想だと言われようと私は人を信じたい。
だからスカーレットの言うことがスッと心に染み込んで来るのだ。隣にはいつから居たのか、勇者様が立っていた。勇者様はとろける様な笑みを振りまいて私の肩に手を添えてくれた。
どうやら勇者様も同じ考えをしてくれているらしい。
そう直感して私も勇者様の手の自分の手を置いて笑いかけた。愛する人に体を預けて目を閉じる。人を好きになることの素晴らしさを勇者様に触れて改めて実感出来た。
それでも僅かな油断も命取りとなるのがこの勇者様なのだけど。
「アルテミス、貴女のせいですよ」
「……え?」
「年甲斐もなく心がトキメキを感じるのは貴女だからです。この気持ちは抑えきれない、抑え込める自信がありません」
「え……っと、それはどう言う意味でしょうか?」
勇者様は私の耳元で私だけに聞こえる声で囁いてきた。私は恥ずかしさから勇者様を直視出来ず、俯きながらその真意を問いただした。
やっべー。
これは……もしかして国民の間で流行っている表現に置き換えると『フラグが立った』と言う意味でしょうか? え、え?
えええええええええ!?
「今晩、貴女を抱きたい」
「きゅーーーーーーーーー……」
勇者様の甘いお誘いに私は動転して気を失ってしまいました。勇者様はそんな私を倒れない様に支えてくれて、「可愛い人だ」と少しだけ呆れながらクスリと笑ってくれた。
私はギリギリのところで鼻血の粗相をする事なく踏みとどまれた。
私、グッジョブ!!
気絶しながらも己を自画自賛する私だったが、そんな私の失態を見てディアナたちは大きなため息を吐く。
「心底気に入らねえ。アバズレのくせして一丁前に純粋って言うかクソ真面目って言うかよー……」
「他人のためなら即決出来るくせに己の事は思考が停止する、本当に虫唾が走ります」
「二人共、気付いてないっすか? 魔王軍にいた時は嫌いな奴らには無視だったじゃないっすか、顔を合わせてもダンマリで嫌いだってことすら相手に伝えなかったっす」
「……スカーレット、テメエは何が言いてえ?」
「……私とディアナがこのアルテミスを心の底では気に入っていると言いたいのですか?」
ディアナとオリビアが神妙な表情になっていく。
スカーレットは天井を見つめながら「うーん」と悩む様に声を漏らしていた。彼女は世界序列第五位に列する獣人、獣人の種族性は本能を重視すると言われている。そんな種族性からかスカーレットは言葉を即座に上手く組み立てられないのだろう。
彼女は僅かな時間だけ悩んで、数回首を縦に振りしっかりと納得しながら答えを返していった。
「少なくとも嫌ってはいないっす。本当に嫌いなら二人は絶対に喋らないっすから。さっきだってアルテミスが喧嘩に割って入った時、二人とも助けようとして必死だったじゃないっすか。オリビアなんて風気まで使ってたっす」
「「…………」」
「まあ、ゆっくりと考えるっすよ。ウチはもう喋り過ぎて喉がカラカラっす。勇者様に頭を撫でて欲しいっすよーーーーー」
スカーレットは喋り過ぎたと言って勇者様に甘え始めた。
すると勇者様もそんな彼女に応じて優しく頭を撫で始める。そしてまるで孫に向ける様な優しい視線をスカーレットに落として、しっかりと感情を込めながら口を開く。その向け先は目の前で居心地悪そうに俯くディアナとスカーレットの話を後ろで静かに聞いていたダフネに対してだった。
「二人共、何方もお互いが好きな人を悪く言ったのですから素直に謝って仲直りしたら如何ですか? 私もミロフラウスさんを一瞬でも見損なってしまい、恥じるばかりです。申し訳ない」
「勇者様は良いっすよー。ウチの頭を撫で撫でしてくれれば水に流すっすーーー」
「はっはっは、スカーレットちゃんには敵いませんねえ」
スカーレットは勇者様に頭を撫でられて気持ち良さそうに吐息を立てて眠ってしまった。するとそれに背中を押される様にダフネとディアナは小声で互いに謝罪の言葉を吐き出した。
「……悪かったよ」
「私も……言い過ぎました。申し訳ありません」
二人はスカーレットの言葉に思うところがあったらしく、互いに目を合わせようとはしませんでした。相変わらずそっぽを向く。ただ代わりに二人は恥ずかしそうに顔を真っ赤に染め上げていた。
そしてオリビアは何も言わずに、無言のまま静かに気絶した私に歩み寄ってきた。
彼女は目を回す私に向かってボソボソと言葉を掛けてきました。耳の遠い勇者様には決して聞こえない様な、オリビアの声は本当にちいさなものだった。
「……私は気が立っていた様です。貴女に当たってしまったことは謝罪しましょう」
オリビアの口から衝撃の事実が語られるのだった。
「サンクトぺテリオンはミロフラウスにとって生まれ故郷、私はリリーに対する怒りを貴女にぶつけてしまった」
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