ロマンスグレー、途中下車の理由は氷菓子
「考えなしと言うのは本当にタチが悪いですね」
オリビアが呆れた様に私を下から覗き込む。
「い、一体何が起こったのですか? 私は……私の体が宙に浮いている?」
「私の風気は風を操るオーラ、風で貴女を浮遊させているのです」
「風を……?」
私は驚きを隠せずに呆けながらキョロキョロと視線を動かしていた。すると部屋の全体像が見えてくる。確かに私は宙に浮いていて、足に床を踏み締める感覚がない。
私はフワフワと風に乗る感覚を覚える。
風が私の体全体を押し上げる。
床に落ちない様に気流が私と床の間に割り込んでいる、そんな不思議な印象を受けた。そしてそんな現象を作り上げた張本人であるオリビアは、私に向かって冷ややかな口調で話しかけてきた。
もしかしなくても彼女は怒っているのだろう。
「アルテミス、貴女はこの二人の闘いに割って入れると本気で考えたのですか?」
言い返せない、何も言い返せなかった。
私はただ咄嗟の衝動に駆られて行動を起こしたに過ぎなかった。人を導く立場であるにも関わらず、私は己の感情だけで動いた。ダフネを失いたくないと言う想いに負けて動いた。
それが間違ったことだと悔いてはいない。
人は感情で動く生き物だから、何よりも女王である私自身が全ての人間にそうあって欲しいと願っているのだから。大切なものを守る心を大切にして欲しいと願っている。
それでもダフネとディアナ、この二人の強者の闘いに私程度が割り込める筈もない。無力な自分が割り込める筈がない。
私は宙に浮きながら悔しさと己の浅はかさでそっと目を閉じた。
「言ったではありませんか、いざと言う時は私が止めると」
するとそんな私に優しげな声がかかる。私はその声に促される様に閉じた目を開けた。そこには軽々とダフネとディアナを静止する勇者様の姿があった。
勇者様は右手でダフネのレイピアを、左手でディアナの拳を静止している。
そしてどう言う訳か姿がお若いイケメンからロマンスグレーに変わっていたのです。そのお姿を見て私は何は起こったのかを瞬時に理解して恥ずかしくなってしまった。
顔を赤らめて両手で口を隠した。
「え、栄一様、もしかしなくても……?」
「はい、アルテミスのスキで元気を貰って、その足で二人の喧嘩を仲裁しました。……この場合はチュー裁……とでも言うべきでしょうか?」
「……あの一瞬で……栄一様は私の唇を?」
「いやー、さすがの私も余裕が無くて加減出来ず、間違ってアルテミスの可愛らしい口に舌を捻じ込んじゃいました。はっはっは、役得役得」
おっふう。
勇者様が本当に嬉しそうに私とのキスを語り出す。
勇者様はまるで私とのキスを電車で途中下車するかの如く果たしたと言う、そしてロマンスグレーに戻って二人の闘い軽々と割って入ってしまった。
「アルテミスは舌も控え目で可愛らしいですねー。その可愛らしい舌を絡ませるように引っ張り出してディープな大人のキスをあの一瞬でするのは本当に大変でした、はっはっは」
勇者様は一体いつの間に、そこまでのことを? そもそこ二人を仲裁するために私とのキスをする理由が本当にあったのかと考えてしまった。
ジュルリ。
まあ私としても役得なのですが。
オホホホ、勇者様とのキスを想像するだけで私の表情が緩んでいくのが分かる。そして同時に私に向けられた背筋が凍りつく視線にも気付いた。
……部屋が殺気に包まれていく。
その殺気を放つ犯人はディアナと私を風で救ってくれたオリビアの二人。ディアナはヤンキーの如くメンチを切りながら私を睨み付ける。オリビアに至っては部屋の片隅で私に背中を向けながら壁を叩き続けた。
彼女の後頭部に大きな血管が浮かんでいる。
オリビアが壁を殴るたびに部屋が揺れる。私、いつか二人に後ろからブスッと刺されそうですね。今度、ハウザーに防弾チョッキを手配しなくてはいけませんね。
「あーん、栄一様ーーーーー。ダフネにもチューして下さいよーーーーー」
一方で勇者様に甘え出すダフネがいる。
場は完全な修羅場と化していく。
しかし先ほどまでの殺伐とした空気は何処にいったのやら。ダフネとディアナの喧騒は勇者様によっていとも簡単に幕が下ろされてしまった。勇者様のお言葉通りだった。
まあ、ディアナとオリビアが私に対して若干負の感情を深める結果となったものの、それでも武器を手に取って歪み合うよりもマシだと思う。
そう思って私は宙に浮きながら思案を開始した。
しかしこんな修羅場を溶かす都合のいい妙案などすぐに思い付く筈がない。ただ時間だけが過ぎて、私は痺れを切らしたオリビアによって床に下ろされた。そしてそのオリビアとディアナがそんな私に詰め寄ってくるのです。
勇者様は……ダフネの対処をしているらしい。
「はっはっは、ダフネちゃんに甘えて貰って私はお爺ちゃん冥利に尽きますねー」
「ダフネ、ダフネ。栄一様に舌を突っ込まれたーい。色んなものを突っ込まれたーい」
「はっはっは、私にはアルテミスがいますからねー。愛しの人へ純愛の証明として愛の花束を贈りましょう」
勇者様はそう言うとパチンと指を鳴らす。
すると私の周囲から無数のバラが生えてくる。おそらく勇者様のスキルなのだろう、勇者様は床に足をつけた私を花束で包み込んでくれたのです。
そしてウィンクで私の心を仕留めにかかる。
この勇者様の行動には私も心を擽られてしまい、眩暈を起こしかけた。そして同時にディアナとオリビアが鳴らす悔しさの歯軋り音が耳に届いてくる。
それとダフネ、色んなものとは何を意味するのか後で私がしっかりと追求しますからね。貴女には淑女としてのマナー講座が必要な様です。
ですが今はダフネのことは勇者様にお任せして置いておくとしましょう。
私はダフネを諭す勇者様に頼るわけにもいかず、詰め寄ってくるディアナたちを自ら対処していった。
「ディアナもオリビアも少し落ち着きなさい」
「あ? テメエ、随分とお肌が艶々じゃねえか。まさか勇者様とのディープキッ……スで若返ったとか言わねえよな? このペロペロアイスキャンディーババアがあ」
「私もディアナも冷静です。冷静だからこそ貴女がアイスキャンディーに見えるのです、舐められることでしか己の存在意義を見出せないアイスキャンディーにね……。寧ろ貴女は世界中のアイスキャンディーに土下座して謝るべきです、私なんかがアイスキャンディーと同格ですいません、とね」
もはやこの二人には言葉が通じないらしい。
ディアナもオリビアも床を指差して私に土下座を強要してくる。
私は一国の主人なのですよ、その私にアイスキャンディーに土下座しろとはどう言うことですか!? 確かに二人が勇者様に惚れている事は知っています。
そんな二人からすれば目の前で私が勇者様とキスしたことが許せないと言う気持ちも良く理解できる。
しかし、だからと言って人を駄菓子呼ばわりするのは心外です。
そもそもアレは勇者様から頂いたものであって私は何もしていない、つまり私にはやましい事が何も無いのだから。
私は沸々と湧き上がる怒りをなんとか堪えて二人に言葉を返す。
「……ア、アイスキャンディーですか? 私、アイスキャンディーは見たことがないもので良く分からないのですが……」
「おいおいおい、聞いたか? このアバズレ女王様はかの有名なアイスキャンディー様を知らねえんだとよ」
ディアナ、貴女は駄菓子を様付けで呼ぶのですか?
「ジュピトリスの次期女王と噂されるアイスキャンディー様を知らないとは、職務怠慢もいいところです」
ダメです。
この二人は完全に思考が崩壊してしまっている。
そもそもこの国の次期女王を決定するのは、この私です。私が駄菓子を次期女王に指名するなどあり得ません。二人の発言は全てが言い掛かり、論理性のカケラも見られない。
そんな二人に職務怠慢と言われるのは甚だ遺憾だ。
寧ろ駄菓子に王位継承権を与える方が職務怠慢でしょうに。お願いですから人の国の次期女王を勝手に決めないで下さい。
ディアナたちは私が勇者様とキスをしたことがとにかく許せないらしい。二人の顔が嫉妬で沸騰するかの如く急激に真っ赤に染まっていく。そして私に詰め寄ってくる。
ディアナなどは鼻くそを穿りながら睨んでくるのです。
あ!! ディアナが穿った指を私のドレスに擦り付けて来やがった!!
このババア!!
私は我慢の限界一歩手前のところまで来てしまった。
顔を俯いてプルプルと全身を震わせながらもなんとか堪える。しかし、そんな状態の私にディアナとオリビアは空気を読まず言葉を畳み掛けてくる。
そんな二人に私が怒りを爆発させかけた時だった。
ここまで会話に参加する気配を見せなかった彼女が口を開いたのだ。なんの前触れもなくスカーレットが私たちにマイペースな口調で後ろから話しかけてきた。
「ディアナとオリビアは本当に女王と仲がいいっすねー」
私たち三人は予想すらしておらず、驚きのあまりもの凄い勢いでスカーレットの方を振り向いてしまった。
振り向くとニシシと子供っぽい笑みをこぼしたスカーレットがアグラの姿勢で器用に尻尾で頭を掻いていた。
下の評価やブクマなどして頂ければ執筆の糧になりますので、
お気に召せばよろしくお願いします。




