アルテミス・メサイア
「おやめなさい、ダフネ!!」
「大叔母様、心配ご無用ですわ」
私の心配は一蹴されてしまった。
ダフネは本気だ、本気でディアナと闘おうとしている。
ダフネの戦闘スタイルは剣技、この子の右手にはレイピアが握りしめられている。レイピアはその細身故に防御に向かず、あくまで護身用や決闘用という色の強い武器。
その真っ直ぐに伸びた刃は曲ったことを嫌う正にダフネの性格そのものだ。そしてこの子の短所すらも投影している。
ダフネは己の短所も熟知している。非力と言う先天的な短所を。
その短所故にダフネは相手の攻撃を受け止めることはない。常に斜に構え前進しながら左右に攻撃を回避しつつ右手のレイピアで相手の隙をつく。
ダフネの戦闘は正統派、それは彼女が淑女故。王族故のプライドそのものだ。
「アルテミス、いざと言う時は私が止めに入ります」
「栄一様……、ですがあの子は私の大切な……」
「はっはっは、元気が有り余ってるだけですよ。喧嘩するくらいがちょうど良いのでは無いですか?」
勇者様はそう言いますが、ダフネが喧嘩を売った相手が相手だけに私は心配で仕方がないのです。ディアナは魔王軍の元幹部、その肩書きだけで実力は充分に保証されている。
そんなダフネと相対するディアナはムチを武器とするもの。
ディアナは威嚇と牽制の意味を込めてムチを床に叩きつける。ビシッと空気を切り裂かんばかりの音が部屋の隅々に響き渡っていく。
ダフネが表情を鬼気迫るほどに強張らせている。
その原因は私にもあるのだ。ダフネは私を本心から私を慕ってくれる。周囲の期待を裏切りたくないとダフネが思うのは、それが私の期待に応える事の繋がると考えているから。
この子は私が愛する国民や家臣のためになると考えている。
そんな純粋さがダフネを傷付けてしまうかも知れない、いつの日かダフネを本当に失うかも知れない。
そんな自責の念に私は恐怖で夜も眠れない幼子の如くガタガタと全身を震わせていた。
「ディアナ、世間知らずな小娘を思い知らせてやりなさい」
「オリビアに言われるまでもねえ。俺だってミロフラウスをここまでコケにされてとっくに我慢の限界を超えてんだ」
ミロフラウスを慕う二人がダフネを共通の敵として認識しあう。
私は戦闘だけは専門外、無力と言っても過言では無い。戦闘が開始してしまえば私に二人を仲裁出来るはずがないのだ。
私の言葉はダフネに届く事はない。
しかしそれこそがあの子が私を慕ってくれる証拠、私はもはや目を瞑り、ひたすらダフネの無事を祈るほか無かった。
「ザコを痛ぶる趣味はねえ、速攻で終わらせるぜ!!」
ここで予想外のことが起こる。
なんとディアナは突如ムチを放り投げてダフネに向かって一直線に突進を図ったのだ。ディアナはダフネを格下と判断したのでしょうか?
ディアナは武器を携えるダフネに拳で殴りかかった。
対するダフネは不意を突かれてバランスを崩す。そして表情を歪めながら中途半端な突きでディアナの牽制を図った。
ディアナは読んでいたようにスウェーのみでダフネの攻撃を回避する。
「このリングじゃあテメエの攻撃は生きねえよ」
ディアナからの挑発、しかしそれは確信に迫る言葉だ。
何しろこの部屋は一片六メートル、つまりボクサーが主戦場とするリングとほぼ同じ広さなのです。
「ここはボクサーにとって天国ですわね」
ディアナの構えから彼女の戦闘スタイルがボクシングだと予測を立てたダフネ、その推測は正しい。ボクシングリングとほぼ同等の広さの私の個室、ディアナに有利が働くのは明白だ。
ディアナはダフネを格下と見くびったのでは無い。ムチを捨てた方が己に有利だと判断したのだ。
「後ろっ!!」
ディアナがダフネの視界から消える。だが動きを読み切ったダフネは前方に飛びディアナの右ストレートを躱す。再びダフネの額に冷や汗が滴る。
間一髪のところで前方に飛んだダフネにディアナは余裕を見せ付けるように不気味な笑みをこぼしていた。そして見下す様に話しかける。
「流石に工夫が足りなかったかよ?」
「……やはりボクシングですのね。その身のこなし、厄介な相手ですわ」
「小娘のくせに実践経験はお有りってか?」
「ボクシングの最中にお喋りだなんて余裕ですわね!!」
そう叫んでダフネはレイピアの切先を地面に突き刺す、これぞダフネのペイントスキル、この子が私を守りたいと言う優しさが生んだ、そしてこの子が暗躍淑女などと言う不名誉な通り名で呼ばれる由縁。
このスキルは暗躍を生業とする者にとっては喉から手が出るほど欲しい能力。
ダフネは一つの物質を介してレイピアの切っ先を自由自在に出し入れする事が出来る。言い換えればダフネは己の武器を物質を通じてワープさせたのです。
レイピアの切っ先はディアナの真下から飛び出して来た。ディアナは死角からの攻撃を仰け反って回避する。
「うおっ!? このガキィ、意外とやるじゃねえか!!」
「肌艶を気取った肌がボロボロなだけの残念なババアと思いましたが意外とすばしっこいですね!!」
「俺はテメエの大叔母様と十個しか年が違わねえんだよ!!」
「私の尊敬する……、私が大好きなお母さんをバカにするなあああああああ!!」
ダフネは幼くして両親を病で失っている。
私自身もこの身に受けた呪いで多くの家族、友人の死別を目の当たりにして来た。気が付けば私の家族はダフネしか居なくなっていた。皆、私を置いて先に逝ってしまう。
皆が言う、死の間際になるとベッドに横たわって「貴女に出会えて良かった」と満面の笑みを浮かべて囁いてくれる。
違う、そうでは無いのです。
私が望む事はただ一つ、私と一緒にいて欲しい、それだけなのだ。お願いだからお礼なんて言わないで、お礼を言うくらいなら死なないで、置いて逝かないでと何度願ったことか。
気が付けば私の家族はダフネを残すのみとなっていた。
だから私はダフネを本当の娘の様に想っているのです。そしてダフネも公務以外では私を母と呼んで慕ってくれる。そんなダフネを失ってなるものか、そう言った想いが私を突き動かす。
「ダフネ!! お願いだから止めて、私の前で傷付くことは許しません!!」
大切な娘を失うまいと、ただ必死だった。私は無我夢中でダフネとディアナの間に割り込んでいった。手を伸ばし、夢中で走り出した。
もはや何かを考えられる状況では無かった。
「大叔母様!? こっちに来てはダメ!!」
「テメエ、アルテミス!! 邪魔すんじゃねえ……、って!! ま、眩しい、なんだこの光は!?」
「アルテミス!!」
勇者様が私の名前を叫んで私を静止すべく手を伸ばしてきた。
暖かな光に包まれた私は勇者様の静止を振り切ってダフネを庇うべく拳を振るうディアナの前に飛び出して行った。
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