ダフネ・メサイア
場所を私の個室に移していた。
ダフネが先回りして準備を整えてくれたらしい。人数分のティーセットがテーブルの上に置かれている。
顔ぶれは私に勇者様、そしてディアナにオリビアとスカーレット。この五人を微妙な面持ちのダフネが部屋の片隅で見守っている。
僅かに静寂の時間が続くとそれに飽きたのか、それとも無駄と感じたのか。ディアナが私に向かって重い口を開いていく。
「おい、何とか言えよ。あれだけ人の恩人をコケにしやがったんだからよ」
「判明した事実は貴女の恩人が大叔母様の暗殺を企てた、それだけです」
ディアナにとって予想外だったのでしょう。
彼女の背後から鋭い目付きのダフネが言葉を返す。冷静に状況を整理して、至ってシンプルな言葉でダフネは状況を口にした。その言葉にディアナは振り向きもせず、小刻みに肩を振るわえていた。
ディアナは怒りを感じている。そしてそれはオリビアも同様だったらしく、二人は同調する様に目付きを鋭くしていった。
スカーレットはと言えば床に座り込んで「良く分からないっすー」と言いながら尻尾で頭を掻いていた。
「小娘、少しは自分の身の心配をしたらどうだ?」
「この際です。ハッキリと申し上げますが、ディアナ、勿論ミロフラウスも含めて貴女方が魔王軍の幹部としてジュピトリスと敵対していた事は紛れもない事実。大叔母様の愛する国民に牙を剥いた事を無かったことには出来ません」
「……何だと?」
「如何に人格が肯定されようと人は己の犯した過去を無かったことには出来ない、と申し上げているのです。私は貴女方を味方とは認めていません。認めて欲しくば罪を償っては如何ですか?」
ダフネは怒りを込めてディアナを見据えている。
ダフネは穏やかな娘だ、勇者様の前では若干心配になりますが……不安定になるものの、それでもその心根は優しさに満ちている。そんな彼女を知る家臣たちはダフネを当たり前の様に慕う。
そして国民もまたダフネを正統なジュピトリスの次期女王として望んでいる。無論、それは私自身の願いでもある。
だからこそダフネは自分を期待するものを裏切りたくないと、それらに一度でも牙を剥いたディアナたちを許すことが出来ずにいるのです。
鋭く睨むダフネにディアナが詰め寄っていく。そして胸ぐらを掴み言葉を捲し立てていく。
「俺たちはジュピトリスって言う国家の軍門に降った覚えはねえ。勇者様の軍門に降ったんだ、小娘が勘違いしてんじゃねえよ」
「ディアナ、冷静になりなさい。相手は時期女王などと持て囃されて良い気になっているだけの小娘です」
「貴女はオリビアと言いましたね? 貴女こそ直近で言えばそのミロフラウスと共に大叔母様を誘拐した大悪党だと言うことをお忘れなきよう。私は貴女が大叔母様を攫った罪を忘れておりません」
「……今、小娘はミロフラウスを悪党と言ったのですか?」
ダフネは一歩も引かない。
常人であれば魔王軍のそれも元幹部の肩書きを持つディアナとオリビアを恐れてそれなりに言葉を選ぶでしょう。ですがダフネに限ってはそうでは無い。
この娘は私が持ち得なかった才能に恵まれている。
だから臆する事なくディアナたちに本音をぶち撒けていく。そしてダフネの才能をディアナとオリビアは知らない。
私の個室は三人の怒りが複雑に絡み合って、それらで満たされていく。
「ゴロニャー。勇者様ー、もっとウチの頭を撫でて欲しいっすー」
「はっはっは。スカーレットちゃんは本当に猫みたいですねー」
「ウチはホワイトタイガーとキリンの獣人っすー」
そしてその横で勇者様は何処からかコタツなる暖房器具を取り出して私の個室に設置作業を始めた。ダフネたちの言い合いに参加しなかった私とスカーレットは勇者様に促されてコタツでヌクヌクと温まっている。
スカーレットに至ってはその小柄な体を丸めて、勇者様の膝の上で惰眠を貪っている。
彼女はダフネたちが言い争う原因に一枚噛んでいると気付いていないらしい。勇者様に頭を撫でられてスカーレットはアクビをする始末だ。
この性格は本当に羨ましいと思ってしまう。
私はそんな煩悩を無理やり仕舞い込む。ふと勇者様と視線が重なる。
「冬と言えばコタツ。温泉もあれば言うことなしですねー」
「栄一様は温泉がお好きなのですか?」
「アルテミスの次に大好きです。愛しのアルテミスと一緒に家族風呂で身も心も裸になって愛を育みたいものです」
……やっべー。
言葉を真に受けて思わず勇者様の逞しい裸体を想像してしまいました。嗚呼、勇者様は超絶なイケメンを携えて生まれたままの私と一緒に湯に浸かる。私は温泉に浸かる勇者様にお酌をして、勇者様お酌を返して頂いて。
二人は互いの頬をお酒で赤く染め上げる。
そして温泉で火照った心と体が冷めない様にと互いの裸で温め合って……その晩、私は勇者様に初めてを捧げることになる。
キャーーーーーーー。
これは一日でも早く魔王を討伐しなくては。
国民の安寧を盤石にしてから私は安心して勇者様と新婚旅行で温泉に行くのです。そして宿で私自ら勇者様の口に「あーん」と言いながらお食事をお運びして差し上げたい。勇者様はそんな私の手を握りながら言うのです。
「食事よりもアルテミスを食べてしまいたい。きゃーーーーー」
「アルテミス? 私の話を聞いてくれていますか?」
「一刻も早く魔王を討伐しなくては……、その前に事前に宿を予約すべきかしら?」
「聞こえてませんね? では愛しいひとの耳を甘噛みしてみましょうか。はむっ」
「ふうわあああああああっはーーーーーーん」
「勇者様ー、ウチも耳を甘噛みして欲しいっすー」
私は勇者様に出会って自分の欲深さを思い知らされてしまった。こんなにも欲深い人間が一国の女王を名乗って良いのでしょうか?
ふと自分の肩にのしかかる責務に今更ながらに不安を感じてしまう。
するとそんな情けない私の妄想に反してダフネたちの喧騒は激しさを増していく。特に深刻なのはダフネとディアナ、二人は既に一触即発の状態だった。
私が目を外していた一瞬の間に二人は激しく睨み合っていた。
この状況は予想外だ。まさか二人がここまでヒートアップするとは思わなかった。
ダフネとディアナは既にその手に武器を握りしめているのです。ダフネはレイピアを構えてディアナに対して臨戦体勢を取っていた。
「私の名はダフネ、ダフネ・メサイア。正々堂々とディアナ・ヘンゼルに決闘を申し込みます」
もはや後戻り出来る状況では無くなっていた。
ダフネは戦闘の才能に恵まれた少女、この娘は歴代の王族の中でも特にその才能に恵まれてると思う。私を慕うダフネはその才能を駆使して私を補佐すると同時に護衛もしてくれているのだ。
人呼んで『暗躍淑女のダフネ』、ダフネはペイント使いとしての一面も持ち合わせた王族なのだ。
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