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勇者、事後処理はベッドの中で

「「アバズレ」」



 ディアナとオリビアが蔑んだ目付きで私を見下ろす。


 当の私はと言えば貧血で倒れて王城の医務室に担ぎ込まれていた。医務室は有事の際には野戦病院になることが想定されているが、普段は国立の病院としての役割もある。そう言った理由から王都の市民たちの外来にも開放もしているため、それなりに賑わいを見せる。



 そんな人々の活気に満ちた場所。



 私は暗殺者と共に治療を受けている真っ只中。

 暗殺者の正体は魔王軍十大幹部の第七席ルイス・スカーレット・セルニア、ピンクを基調とした冒険者風の衣装を身に纏った小柄な獣人の女の子である。


 スカーレットは勇者様によって捕縛されて、その後は私と共に医務室に担ぎ込まれていた。そして今に至る訳だが……。



 私は隣のベッドにいるスカーレットの寝相に顔を引き攣らせていた。


 この子は騎士たち数人がかりでしっかりとベッドに拘束しているのに、どうして寝相をかくことが出来るのでしょうか?



 見た目は十代前半、健康的に日焼けした肌とピンク色のボブカットが良く似合う少女だ。その少女からすればここは敵地の真っ只中。にも関わらず彼女は盛大に涎を垂らして、いびきを掻いて寝ている。


 元々寝相が悪いのだろう、スカーレットはベッドから落っこちそうになりながらも器用に両足でベッドにしがみ付いて腹を出し、その腹を寝ながらポリポリと掻いている。


 因みにスカーレットの年齢はオリビアが二十台後半だと教えてくれた。え? 見た目が若過ぎませんか? まあ、その点に関しては私も人のことをとやかく言えないのですが。



 これは見なかったことにしましょう。



 私は現実逃避を決意して仕切り直しにとコホンと軽く咳を挟んでディアナたちに反論を開始した。



「私は暗殺されかかったのです。他にかける言葉が有るのではありませんか?」

「うっせえよ。テメエは勇者様にちょっと愛されているからって調子に乗るんじゃねえ。って、ああんもう!! スカーレットのイビキも煩えなあ!!」

「んごごごごご!! じょーおーは、ずびびびび!! ぱっどをいれても……ずがごごごご!! えーかっぷーーーーーー、ぶぼぼぼ!!」



 この少女、器用にも寝言で人のコンプレックスを突いてくるとは……。


 シクシク、私は女王と言う自らの立場を忘れてベッドの上で泣き出してしまった。何しろその寝言を言った少女は魔王軍の幹部、パッドの件は女王専属の侍女ですら知らない私だけの秘密なのですから。



 そんな秘密を魔王軍はアッサリと掴んでいる。



 私はジュピトリスの女王である。

 ディアナやオリビアによっていとも簡単に誘拐されてしまった件も含めて、私は魔王軍の戦力を見誤っていたと言うことになる。国民の安寧を望む立場としては由々しき事態なのだ。




 無論、パッドの件は別件扱いですけど。


 風評被害も甚だしい。




 ここまで激しい羞恥心を抱いた記憶は無い。私は恥ずかしさから両手で真っ赤に染まった顔を覆い隠した。そしてベッドの上で顔を俯かせて、それでも今回の暗殺の一件からは目を背ける事など出来ないと。


 私は何とか言葉を吐き出して、ディアナたちにスカーレットの事を問いただした。



「再度確認します、この獣人の娘は魔王軍の幹部なのですね?」

「ええ、アバズレの言う通り。この者は獣人のルイス・スカーレット・セルニア。幹部の第八席、狙撃の名手です」

「狙撃の名手って言ってもなあ。獣人ってのは本能に従順で自分の好きな事しかしやがらねえ。どっかの筋トレ嫌いなワガママ女王様と一緒だぜ」



 オリビアもディアナも私の質問に答えるのか、悪口を言うのかハッキリしてて頂きたいのですが。ディアナなどはメンドくさいとでも言いたげに後頭部に両手を回した姿勢でアクビをしている。



 そもそも私がワガママですって?



 私が筋トレ嫌いになった原因が誰なのかをディアナは気付いていない様です。もういっその事、ディアナを思いっきり引っ叩いてやりたい。


 ですが今は我慢です。


 何しろ私が優先すべきことは今回の事態の聴取、その為だけに私は自室での療養を薦める家臣たちの意見を押し切ったのだ。今でもこの医務室の外には私を心配してくれる家臣たちが鬼の形相で警護してくれている。


 ダフネが言うには「皆んな、大叔母様のことが心配なのですよ?」との事だった。


 しかし私は勇者様の足手まといになりたくない。今回もまた勇者様の前で失態をしてしまったのです、ならば事後処理で少しでも挽回せねばならない。


 その為にスカーレットと言う少女からしっかりと情報を得なくてはいけないのです。無論、彼女と仲間だったこのディアナとオリビアを交えて。



 尋問は女王である私のする仕事ではない、と言う意見が家臣たちから上がってはいる。

 それは当然の意見だと思う。それが組織と言うものであり、それぞれに割り振られた仕事がある。しかしオリビアとディアナを交えて尋問をすると言う時点でそれは破断してしまうのだ。


 この二人、特にディアナはどう言う訳か王城の者たちに一切口を開こうとしないのです。だから魔王軍関係者への尋問は私が執り行わねばならない。



 キーーーーーーー!!



 人に喧嘩を売っておいて、私と勇者様以外とは会話すらしないとはどう言う了見ですか、貴女は!?


 まあ、そんな事情がある故に私はディアナの嫌味を堪える必要がある訳で。私は眉間に皺を寄せながらも何とか笑顔を取り繕う。



「本能に従順……、つまり得意とする分野を徹底的に伸ばす、と言うことですね」

「アバズレの言う事は半分だけ正解です。好きな事しかやりたがらない、と言うことです。一つのことを徹底して鍛え上げれば圧倒的な武器となるのです」

「幸いにも獣人は五感が鋭いんだよ。狙撃手に必要な才能を生まれ持ってやがる。視覚に聴覚、このスカーレットは特にそう言う才能に恵まれてやがるって話だ」



 ディアナはそう言って盛大にイビキを掻くスカーレットの可愛らしい鼻をピンと指で弾く。この二人の様子から察するとディアナたちはスカーレットを嫌ってはいない様に見える。



 スカーレットは私を暗殺しようとした。



 正直に言えば私には複雑な想いもある。そんな私の感情を察したのかオリビアがため息混じりにスカーレットについて語り出す。



「はあ、……ミロフラウスの仕業でしょうね」

「俺もそう思う」

「ミロフラウス? 以前、私を誘拐したドラゴンのハーフの名前ですね?」

「スカーレットはミロフラウスを慕う数少ない幹部の一人、特にこの子が動くとなれば単独はあり得ません、ミロフラウスが猛反対する筈です。考え得るとすればミロフラウスは左遷されたのでしょう」



 オリビアは悔しそうに推測を語り出す。その様子に私が首を傾げるとディアナは「くそっ」と言葉を吐き捨てて、悔しさを滲ませながら医務室の壁を叩いていた。


 ディアナの悔しさが医務室に響き渡る。



「話の筋が見えてきません。私にも分かる様に説明して下さいませんか?」

「このスカーレットはミロフラウスの命令しか聞かない奴なんだよ。そのミロフラウスはスカーレットに対してとにかく過保護と来たもんだ。オリビアはそう言いてえんだろ?」

「ディアナの言う通りです。スカーレットが単独でここに居るとなれば可能性は一つ、ミロフラウスはジュピトリス方面から外されたのでしょう」

「……リリー辺りの嫌がらせだろうよ」



 ディアナの悔しさは留まることがなかった。

 彼女は胸元で右拳を左の手のひらで受け止めてパシッと甲高い音を立て、酷く表情を歪ませている。


 ミロフラウスと魔王軍幹部筆頭のリリー、この二人の確執はディアナたちから聞いています。ミロウラウスを慕うディアナとオリビアは悍ましい憤怒の感情を手当たり次第撒き散らしていく。



 大切な人が理不尽な理由で蔑ろにされる。



 人が怒るには充分な理由だと思う。

 この二人が激怒する理由に私は心の中で憐れむも、それは今すべき事ではないと結論付けた。そしてここまでの尋問で得た情報の整理を始めた。



「ミロフラウスは魔王軍内部で僻地に左遷された。そのミロフラウスが一人残されるスカーレットの身を案じて私の暗殺を命じた、と言うことになりますが……貴女たちの言っていることは支離滅裂ではなくて?」

「はっはっは。私もアルテミスと同意見です」

「え、栄一様!?」



 何処からともなく勇者様の声が聞こえてきた。

 それと同時に勇者様は滑らかな動きで私の布団の中から姿を現した。これには私も完全に不意を突かれてしまい、一瞬で体を硬直させてしまった。


 すると勇者様はそんな私の手を強く握りしめて「言ったじゃないですか、後でタップリと甘えさせて下さいねって」と耳元で囁いてくるのです。私は一気に顔を赤らめて「あわわわわ」と言葉にならない声を連呼してしまったのです。



「「ちっ」」



 当然ながらディアナとオリビアは不満そうに舌打ちをする訳で。


 ですが勇者様は終始マイペースなご様子で、オリビアに今回の事件について僅かに怒りを見せながら問いかけていった。



「如何なる理由があろうとも私のアルテミスの暗殺を命じるとは……、ミロフラウスさんを見損ないました」

「ち、違います!! ミロフラウスは人格者です!!」

「そ、そうだぜ!! ミロフラウスはそんな奴じゃねえ!!」



 おっふう。


 勇者様は私の肩を抱き寄せて『私のアルテミス』と言って下さいました。私は勇者様のお言葉にまたしても鼻血を射出してしまいそうになる。


 ですが今回は流石に場を弁えました。


 何しろ勇者様の前でだけは猫を被るディアナとオリビアが素を見せているのですから。二人は勇者様のご立腹されるお姿を見て話題の中心人物であるミロフラウスの擁護を必死になって始めた。



 アタフタとジェスチャーを交えながら二人はミロフラウスを語り出す。



 するとそんなやり取りが煩かったのでしょう。隣のベッドで豪快に寝ていた筈のスカーレットが目を覚ましたのだ。全員の視線が小さな暗殺者に集中していた。

 下の評価やブクマなどして頂ければ執筆の糧になりますので、


お気に召せばよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 改めてミロフラウスさんは慕われている存在なのだなぁと知ることの出来るお話ですね。 さらにいえば国のトップシークレットと言っても過言ではない『女王様のヒ・ミ・ツ』までもを魔王軍が把握している…
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