Little Mountains 〜隠しコマンドは無慈悲なり〜
ある日の早朝の事でした。
「ふっうううう……んんんんん!!」
「もっと気合を入れなさいな、女王アルテミス」
腕立て伏せをする私にオリビアが呆れた様子を見せる。「貧弱ですね」と呟いて私の背に跨ってあぐらを組みながら立て肘をついていた。
そして部屋の隅で椅子の背もたれにもたれ掛かった姿勢のディアナは、筋トレに苦戦する私に嫌味を口にした。
「テメエが自分で強くなりてえとか抜かしたんだろうが。少しは根性見せろっての」
「ちょ、ちょっと黙って頂けませんか!? 確かに……強くなりたいと言いましたけど、私は……筋力トレーニングをするとは……言ってません!!」
私はディアナにオリビアと立て続けに王城から連れ去られてしまった。
その度に勇者様が救出に駆け付けて下さって、私は何とか無事でいる。家臣たちもホッと胸を撫で下ろして、安堵してくれた。しかし現実はしっかりと受け入れなくてはいけない。
連れ去られたのは純粋に私がいけないのです。油断をしていた私が悪かったのです。
ディアナに誘拐されて王城の中ですら安心出来ないと知っていた筈なのに、私が下らない感情に振り回されて。護衛も付けずに居たから、今度はオリビアにも誘拐されて。
勇者様の足手まといにだけはなりたくない。
一応は切り札とも言える専用の武器はあるのですが、それは安易に頼りたくもない。
そんな想いから私は『強くなりたい』と小声で呟いてみたら、今の様な状態になってしまったのです。偶然近くにいたオリビアが私の言葉の真意を汲み取った様で『じゃあ私が鍛えて上げましょう』と言ってきたのだ。
ニヤリと悪い笑みを浮かべたオリビアが何の前触れもなく私の背に跨って、筋トレを強要していたと言う訳です。そしてこれまた偶然近くにいたディアナが『だっせ』とか言うので、私はついムキになってしまったのです。
キーーーーーー!!
ディアナにだけは言われたくない!! 私は強くなりたいと望みながら、全く違う方向性を強要されて腕立て伏せをする羽目となったのです。
ううう、私は女王なのに。
生まれて初めて筋トレをしてみたけれど、まさかここまで私に筋力が無いとは思わなかった。私は生まれたての羊の如くプルプルと腕を痙攣させながら筋トレを継続していった。
するとディアナは私を見下す様に無慈悲にコンプレックスを抉ってきた。
「胸がぺったんこのくせに見事に機動性に欠けてんなー、テメエは。はああ、俺もオリビアも胸がデカ過ぎてツラいんだわ。いやー、肩が凝るぜー」
「ムッキーーーーーーーー!! ディアナーーーーーーーー!!」
「その調子です、アバズレの上にぺったんこでは生きる価値など有りませんよ?」
ディアナが盛大なため息を吐いて、わざとらしくポンポンと肩を叩き出す。
私は己の立場を忘れてムキになり、歯を食いしばりながら高速で腕立て伏せをこなしていった。そんな私の背中に跨るオリビアに至っては七十年の人生の中で味わった事のない屈辱を口にする。
しかし、それでも言い返せない。
私がもっと強かったら。少なくとも自分の身は自分で守れるくらい強かったら、私は勇者様にご迷惑をかけることは無かったのに。
ただ守られるだけの自分が許せない。
私は悔しさに塗れて限界を超えて腕立て伏せを続けた。
しかし、そんな私にオリビアが更なる屈辱を与えてくるのです。
「ディアナ。貴女、このアバズレの下に寝そべりなさい」
「あ? 別に良いけど、どうした?」
「さっさとなさい。うつ伏せの状態で感じたことをそのまま言うのです」
「い、一体なんのつもりですか?」
私がオリビアにそう問いかけると、彼女は『自分自身の置かれる立場を知ればやる気も出るでしょう』としか答えてくれない。ディアナは隙間からスッと私の下に入り込んで寝そべった。
とは言っても私もそこまで余裕がある訳ではない。うつ伏せになったディアナの上でオリビアを担いで私は汗を垂らしながら必死に腕立て伏せを続けた。
この姿勢、微妙ですわ。
この状況を家臣の誰かにでも見られたら確実に誤解を与えてしまいそうです。しかしオリビアはこの状況に意味があると言う。そしてこの二人は言うまでもなく私より強い。
私はその真意を知るために息を荒げながらも腕立て伏せを続けて、オリビアに真意を問いかけた。
「はあ、はあ。……本当に……何だと言うのですか?」
「お黙りなさい。それでディアナ、どうですか?」
「んーーー……」
ディアナは難しい顔付きになってウンウンと唸り出す。オリビアは本当に何がしたいのでしょうか? 私は筋トレの疲れもあって、歯を食い張ながらディアナに問いかけた。
「ディ……アナーー……。何とか言って下さい!!」
「焦んなって、んーーーーー……。背中に当たる感触が固え。まな板かってくらい固え。オリビア、このアバズレの胸には救いがねえ」
「何ですってえええええええええええええ!?」
「アバズレ、コ◯ミコマンドって知ってっか?」
「ディアナ、この状況下で貴女は何を言って……」
「黙ってディアナの質問に答えなさい」
確かコ◯ミコマンドとは国民の中で流行ったテレビゲームの隠しコマンドだったと記憶しています。しかし、それがこの状況にどの様な関係があると言うのでしょうか。
私は疲労で余計なことを考えられなくなっていた。いや、余計なことを考える余裕が無くなっている、と言った方が正しいでしょう。
仕方が無いと思い、私は息を切らしながら二人の問いかけに素直に答えた。
「上上……下下、ゴクリ! 左右左右……っ……BA!!」
「「ほら、一周してAカップ」」
「キーーーーーーーーーー!!」
完全に騙されました。
私はもはや怒り以外の感情を受け入れる事が出来ず、鬼神の如き表情となって腕立て伏せを繰り返していた。最初は勇者様の足手まといになりたくない一心でしたが、今は完全にディアナとオリビアの二人を見返すためだけに腕を動かし続けた。
上を見上げればいつに間にかディアナまでもが私の背に跨っている。
そして揺れる、揺れているのです。
二人の見事に実った大きな胸が……揺れてるのです!! この二人、性格は最悪ですがスタイルだけは本物なのです。ここまで私を小馬鹿にするだけの物を持っているのです。
シクシク、私の腕の動きに反応して二人のお胸が上下に揺れる。
「おいアバズレ、因みに俺はEでオリビアはG寄りのFだ。俺たちと同じ高みまで登ってきたかったら……分かってんな?」
「ディアナ、分かっていたらぺったんこにはなっていませんよ? このアバズレは寄せて上げて『ギリギリ』Aカップにしてるのですから』
「ウキーーーーーーーーーー!!」
私は二人のイジリに怒りを通り越していた。
人間とは限界を超えると信じられない力を発揮する様で、これまでに無い速度で腕を動かし始めた。その動きに二人は驚くことは無く、寧ろ当然と言わんばかりに『軽量級の強みをやっと活かせたか』と嫌味なのか本音なのか、何方なのか判断出来ないことを口走っていた。
当然ながら私は更なる怒りを覚えて動きは超高速となる訳で、腕立て伏せが一万回を数えた当たりで私は気を失ってしまいました。
そして目が覚めた時には、どう言う訳かベッドの中にいたのです。
目を覚まして無意識にクルリと寝返りを打つと、そこにはベッドに侵入した勇者様が気持ち良さそうに眠っていらっしゃっていました。ムニャムニャと「愛していますよ」と寝言を言うものだから、私は勇者様の愛の囁きをゼロ距離で受け止めてしまい頭から湯気を沸かし卒倒することとなった。
再び気絶して私が目を覚ましたのはお昼過ぎの事でした。
遅刻したことを恥じて急いでベッドから出て公務に戻ると、どう言う訳か家臣たちが「ヒューヒュー」と私を冷やかしてくるのです。後で聞いた話によると勇者様が嬉々として私のベッドで添い寝したことを家臣たちに誇らしげに語ったと言う。
私は……恥ずかしさで人を殺せると初めて知りました。
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