勇者、若返る
私ことアルテミスはその身に呪いを受けている。
呪いの効果は『不老』。
私の呪いは魔王の手によってかけられた呪いだ。
この呪いは五十年前にかけられたものでその当時、私は父王が病にかかったことで女王として即位したばかりの若輩だった。
当時の私は二十歳。
つまり今の私の実年齢は七十歳、勇者様と同い年なのだ。
私は真っ白に染まった正装で床に跪いて祈りを捧げる私はアタフタと慌てるハウザーを宥めて詳細の説明を促した。何しろハウザーはトラブルメーカー、一国の技術開発責任者だけあって腕は一流。
だけど頭の中がとにかく残念で、と言っても悪い人ではない。単純に思考が人の斜め上をいく人物なのだ。
「ハウザー、どう言うことか説明なさい」
「……陛下の苦しむ姿を見るに見かねて、ずっと御身の呪いを解くことが悲願だったのです」
まあハウザーは斜め上をいくけど、根は優しく純粋な人なんですけどね。
私はハウザーの懺悔にクスリと笑いながら眉を顰める。
そして困ったと頬に手を添えながら話の続きを促した。勇者様も「何事ですか?」と言いながら筋トレを中断して私の方に歩み寄ってくる。
「ハウザー、貴方のそう言うところは好ましいけれど、先ずは勇者様にしっかりと説明なさい。そうでなくては栄一様が……」
私はチラリと視線を勇者様に向けた。
すると勇者様は私の手を取って唇を当ててきた。筋トレのために上半身裸になっていた彼はニコリと笑って「真の罪は貴女が美しすぎること、そして厄介なのは美しさとは誰であろうと罰することが出来ない」と口にした。
コレやばいわ。
このお爺ちゃんは無自覚のタラシね。
如何にお年でもこんなにまで優しくて、鍛え上げられた体を堂々と見せつけられては世界中の淑女がメロメロになるのではなくて?
お爺ちゃんのお色気侵攻は完全に魔王軍の侵攻の上を行く。
思わず胸が熱くなる。
私は年甲斐も無く街娘の様に頬を赤く染めて、勇者様から視線を逸らしてしまった。
そんな私の様子が心配になったのか、ハウザーが首を傾げながら話しかけてきた。
「……陛下? ご気分が優れないのですか?」
勇者様のキスはスルーなの?
「え、ええ、問題ありません。それよりもハウザーは説明が先ではなくて?」
「取り乱しました。その御身が手にする薬、陛下の不老を解除するために試行錯誤したものでして……そのー……」
「まだ試作段階だと?」
「……はい」
ハウザーはショボンと泣きそうな顔になって項垂れる。
「私の呪いは魔王の手によるもの、そんな強大な力に打ち勝つことが現実的に可能なのですか?」
「理論上は可能です」
ハウザーは疲れ切った様子で床に座り込んで薬の効果を説明してくれた。
ハウザーが言うには私の呪いは体から老化と言う現象の大部分が何処か別の次元に流出していると言うものだった。つまり私が百歳分の年を取っても、九十九歳分の寿命が何処かに吸収されて、私の体は残りの一年分だけ老化する。
実は私の体は不老に思えるが実際の生命活動の百分の一だけ老化が進んでいると言う。
つまり五十年生きて私は半年だけ年をとっている計算になる。
これはハウザーが健康診断の結果から導き出した結果だそうで、さすがは一国の技術開発責任者だと感心してしまった。
そこからハウザーは私の老化と言う時間軸だけを強引に動かそうと考えた、その賜物が私が持っている液体だそうで。
勇者様は全部飲まれてしまって、デカンタはスッカラカン。
私がデカンタをひっくり返してわざとらしく中身を確認する。するとハウザーは突然床に突っ伏して大声で泣き出してしまった。「この薬の調合には一年も時間を掛かけたのにーーーー!!」と言って大の大人が床を叩いて悔しがる。
私は困り果ててハウザーの肩にソッと手を置いて労りの言葉と共に更なる説明を求めた。
その行為に勇者様が「身の心も真の女神様ですな」と呟く。私は更に頬を赤く染め上げるも、それを隠すように視線をハウザーに向けて口を開いた。
「ハウザー、具体的に栄一様はどうなってしまうの?」
「ううう……、勇者様の時間軸が加速します」
「それはどれくらい?」
「……私の計算では二十年、つまり理論的には勇者様は七十歳ですので九十歳になる筈です」
……マジで?
あらやだ、また自が出てしまいました。
私はピクピクと顔を引き攣らせながら言葉失ってしまった。だって如何に勇者様が健康そうな身体つきでも九十歳のお爺ちゃんになったらポックリと死んでしまうのでは?
九十歳まで生きられる人間もいるにはいる。だけど油断できる数字でもない。
まさか勇者様にわざわざ異世界から来て頂いて、召喚されたその日に天寿を全うするだなんて。そんなことになったら私は死ぬに死ねない。
サーッと私の顔から血の気が抜けていく想いだった。
そしてそんな私とハウザーの懺悔などどうでも良いと言わんばかりに唐突に物事は動き出す。勇者様が激しく苦しみ出したのだ。
「ううう!! こっ、これは!? く、苦しい!!」
「栄一様!? 気を確かにお持ち下さい!!」
「ああ、私はなんて事を……。せっかく異世界からお越し頂いた勇者様をこの手で殺してしまうだなんて!!」
ハウザーが苦しむ様子を見せる勇者様の姿を見て腰を抜かしてしまった。
私はと言えば女王の立場を忘れてボロボロと涙をこぼすのみ。せっかく私のことを一人の女性として褒めて下さるお方が現れたと言うのに。
私を愛しいとおっしゃってくださる方が目の前にいると言うのに。
そう言った想いに駆られて私は勇者様の元に駆け寄ってアタフタするのみだった。
戦姫などと言われようと結局は一人の殿方も救えない、その想いにすら応えられない。
そう思うと私は自分が許せなくなっていった。
私はもはや涙を止めることすら出来ずにいた。だけど、そんな時にすら勇者様はまるで何事も無かったかのように私にニコリと笑いかけてくれた。
「大丈夫ですよ、愛しい人が笑ってくれれば私は老衰なんかに負けません」
だけど私は勇者様の笑顔を見てある変化に気付いた。少しずつ勇者様の顔つきが変化していく。
そして、私はその変化が一目瞭然になると間抜けにもポカーンと口を開けてハウザーに問いかけていた。泣きじゃくるハウザーの肩を強く揺すって、この変化がどう言うことなのか説明しろと要求していた。
だって勇者様、これは明らかに……。
「ハウザー、コレはどう言うことですか?」
「へ? …………ウッソーーーーーーーーー!?」
私の呼びかけに応えてハウザー勇者様に視線を向けた。そして、その姿を見るなり驚きの声をあげていた。
なんと勇者様は年を取るどころか若返っていたのだ。皺が全て消え失せて、白髪も全て黒く染まって、身体つきは相変わらずのまま。
勇者様はまるで二十歳前の青年の姿に変貌を遂げていたのだ。
すると勇者様は若返っても相変わらず優しげな表情を浮かべて私の頬に手を添えて口を開いた。
「愛しの人よ、言ったでしょう? 老衰になんて負けないって」
私もハウザーと同じ様に腰を抜かしてその場にペタリとしゃがみ込んでしまった。
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