ミロフラウス・ワーストⅪI
気が付くと父と俺の視線が重なっていた。
母との最期の別れを済ませた先ほどのやり取りが嘘のように、意識を取り戻した俺の周囲は地獄にまみれていた。唯一の違いがあるとすれば父と交わした今後のスケジュール、俺は父に「分かっているか?」と念押しをされるように上から視線を叩きつけられた。
分かっている、と俺は目を強めて己の覚悟を示す。
こう言う時にこそ思念伝達で想いを伝えてくれれば良いのにと思った。俺は拳を握りしめてオーラを込めた。俺のオーラは真っ白な筈が、どう言うわけか力を込めると拳が真っ赤に染まっていく。
母と同色のオーラを見て俺は母の死を実感した。事実を受け入れるしかないと覚悟を決めてその拳を上空に向けて放つ。
隣にいるシオンが「え?」と驚いた様子でその大きな目をさらに大きく見開いて俺を覗き込んでくる。だが今はそんな状況てはないと俺はシオンのそんな視線を無視して父の話しかけた。
父は元から大量に吐血していたが、その吐血の量ははさらに勢いを増していく。俺の顔に生暖かい血液が盛大にかかり、それと同時に俺は実感した。
俺が父を殺したのだと。
「父ちゃん、コレで良い?」
「悪くない、……寧ろ最高だ。タオルのオーラで、実の息子と世代交代の儀を全う出来るならば何も思い残す事は無い」
なんの説明もなく父を死に至らしめたものだからシオンは混乱したらしい。「え? え? え?」と言葉にならない声を発していた。それでも俺と父が笑顔で笑い合うものだから尚のこと彼女は混乱を深めていく。
「俺が父ちゃんを殺しました。父ちゃんと母ちゃんの全てを背負って生きて行きます」
「うむ。……グッ、……コレで其方は『竜殺し』を成した初めての存在となった。これからは堂々と『ドラゴンスレイヤー』を名乗るが良い。お前はドラゴン系譜の竜殺しだ。箔とすれば後々便利だろうからな」
「オッケー、今日から俺は父ちゃんの命を背負って生きていくよ。俺はドラゴンスレイヤーのミロフラウス・ワーストだ!!」
いつの時代にも無粋な輩はいるものだ。
俺たち親子が最期の別れにと会話をしていると、その外野で歓喜の声をあげる者がいた。当然ながらそれは世代交代を迫っていた竜人のジルドレ・テュラムなわけで。
その声が父の背中越しで俺の耳に届く。
「はーっはっはっは!! これで新しき我が主人がご誕生された!! 我が忠誠を、我が人生の全てを貴方様に捧げまする!! お恨みになって死ねとおっしゃれば即座に死にますとも!! その手で我が命を奪いたいと言うのであれば喜んでこの首を捧げます!! さあ、如何にされますか!?」
「……困ったらいつでも問いかけると良い。俺は其方と共にある」
父の体がガクッと脱力して項垂れる。
父は俺に最期の言葉を残して絶命したのだ。もはや父もいなくなった、俺はそれを理解して心の中でその父に許しを乞うように叫んだ。
己が今から行使する技の名前を宣言した。
無論言うまでもなくその技の向け先はテュラムだ。
母の死体は既に無く、父の死体も絶命と共に目の前で消え去っていた。俺の視界に映るのは両親を死に追いやった存在。
最悪の敵であるテュラムしかいなかった。
腰のホルダーから取り出した自動小銃に変化型のペイントをべったりと塗布して、その形状をショットガンへと変化させた。
ショットガン型が俺の攻撃方法の中で最も威力が高い。
俺は見様見真似で父を貫くために伸ばした拳からショットガンに青くに染まったオーラを充填させ、目の前の敵を穿つ。
その技の名は……。
「父ちゃんの技を借ります!! 竜星!!」
「ふふふ、ははは!! コレで我ら竜人の取るべき道は定まった!! そのためならば俺の命など安いもの……、はーっはっはっはっは!!」
父の放ったそれとは比較にならないほどに竜気が迸りを見せる。
たまたま地面に背を向けていたから良かったが、そうで無くば俺自身が後方へと吹っ飛ばされていただろう程の威力を誇ったオーラの波動がテュラムを飲み込んでいく。
そして敵は最後の断末魔さえも飲み込まれて消えていった。塵一つ残さずに飲み込む様に俺の竜星はテュラムを包み込んでいった。
視界から敵意の根源が姿を消した。
敵が姿を消して静けさを取り戻すも周囲は何も残っていなかった。己が守りたいと願った村の姿も、父と母の死体さえも、何もかもが俺の手には残っていない。
残ったものは虚しさのみで俺は己の手にべったりと残る父の血を眺めながら大の字になってその場に倒れ込んだ。
一匹のツバメが空を飛んでいる。
先程の攻防に怯えて姿を消していた筈の動物がひょっこりと遠くから俺とシオンを覗き込んでくる。その様子に動物とはなんとも現金なものだと俺はため息を吐きつつ、そっと目を閉じて泥のように眠った。
その後の事はあまり覚えていない。
村から避難した村人たちが舞い戻って来て俺とシオンにことの成行の説明を求めてきたが、母の姿が見当たらない事を察した村長の気遣ってくれた。
さすがにそんな気遣いをされてはと村長にだけは全てを話すも、「そんな話をしても誰も信じないわね」と穏やかな笑いと共に一蹴されてしまった。村長は母とは長い付き合いで二人で必死になってミックレイス村を興した仲で、村長自身だって悔しい筈なのに。
村長だけは母から事前に父の事は聞いていたらしい。
村長は笑いながら「こりゃあ村が竜人から狙われそうね」と言って復興を果たすと同時に何食わぬ顔で巨大な結界をスキルで作り上げていた。この人は戦闘は得意ではないが、こう言った支援系のスキルが大得意なのだ。
村長が言うには純粋なドラゴンである父の存在感は凄まじかったらしく、復活後は彼女の結界でも気配を遮断出来なかったらしい。混血の俺ならばと言う事で試したら外部からの干渉を見事に封じることが出来たそうだ。
そして粗方の復興が終わると落ち着きを取り戻したタイミングで村長は俺に胸の内を確認してきた。
「……いつか村を出るんでしょ?」
俺は両親と同化してからずっと考えていた事があった。
それはどうすれば俺は両親に貰った愛情を返せるのか、と言う事だった。
最初はシオンを守り続ける事かと思ったが、彼女はただ守られるだけの女の子では無いと思い知らされたのだ。
気が付けば彼女は一人で自立するようになっていた。
シオンはもの心がつく前から両親が他界して母に実の娘のように育てられた事もあり、ワーストの家に縋るように生きていた彼女がそんな姿を見せれば誰だってそう考えると言うものだ。
ならば俺は両親が喜ぶ事をしようと決意して最初は竜人に復讐か? と考えたがそれ自体を両親によって否定された。
母は喫煙量を増やして俺に不満を伝えたのだ。
母ちゃんも狂犬だな! と思ったが父もそれに同調してオナラをしてくるものだから俺は考えを改めざるを得ず、親孝行の方法を考え直すことになってしまったのだ。
だが、そんな俺の想いは一つの大事件がキッカケでアッサリと消え去ることとなった。
父が死んで世界中にドラゴンが絶滅したと言う噂が広まってしまったのだ、この噂が皮切りとなって数百年間続いた種族間の同盟関係が完全に崩壊してしまうこととなった。
するとタイミングを見計らったかの様に一人の男が台頭していく。
それが魔王と言う訳だ。
魔王は瞬く間に他種族を傘下に組み込んでいき、最後に残った種族は人間だけになってしまったのだ。そして俺は守ると誓ったシオンを人質に取られてしまう。
俺はいつの日かシオンを取り戻すために魔王に従うことを決意した。
魔王は俺がドラゴンスレイヤーだとどこからか聞きつけて、俺の力を欲してシオンを人質に取ったのだ。
魔王軍への加入と同時に幹部に取り立てられた俺は人間の世界に猛威を振い続けるが、拳を振るうたびに人間は怒り、憎しみ返してくる。俺はこんな事をするために両親から力を得た訳じゃないんだ。
大切な人を守りたい。
純粋にそう願っていた筈が、俺の力はただ他人の大切なものを踏み躙るだけのものとなった。いつしか俺は両親のスキルを使い熟すための訓練をやめた。
人を不幸にするための訓練なんて俺は要らない……、だから今の俺は両親のスキルを殆ど使い熟せない。それでもいつか報われるだろうなんて、シオンといつか笑い合える日をなんて矛盾を抱きながら闘争の日々を送ることとなった。
ポチャンと血が滴り落ちる音が聞こえる。
もはや今の俺は引き返せないところまで堕ちてしまった。そんな俺の願いはただ一つ、あの勇者に俺の全てをぶつけること。
俺の想いを受け入れてくれるのはシオン以外にはアイツしかいない。
アイツと再び合間見えるまで両親から受け継いだスキルを磨くことにしよう。
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