ミロフラウス・ワーストⅪ
「俺の中に……存在する?」
「私も実感無いんだけどね。死んだと思った瞬間にこの人に説得されてさ、ソレもアリかなって思ったわけよ。実の息子の中で思念体で生きてくのも良いかもって」
母は本当にタバコが好きなようで煙を吐く時に本当に良い笑顔をするのだ。
だが死ぬ時に説得されたって、一体いつの間に? そう疑問を感じながら首を傾げる俺だったが、またしても違和感を感じ始めた。
とにかく煙臭いのだ。
確かに目の前で喫煙する母のタバコの煙は当然臭いがそれ以上に体の内側に臭さを感じる。それに俺は気持ち悪さを感じて思わず咽ってしまった。
おの俺の様子に気付いて父は「ああ……」と呆れたように母の方を向く。
「タオルよ、息子の中での喫煙はやはりいかん。我らはもはや一心同体、思念体のお前がここでタバコを吸うとミロフラウスに影響してしまうらしい」
「ええ!? だったらミロフラウスの中に喫煙スペース作ってやろうじゃん、分煙すれば良いんでしょ? って、アンタもオナラするんじゃないっての!! 本当にデリカシーがないんだから……」
母ちゃん、さっきの感動の別れが台無しなんだけど?
今度は体の内側にタバコ以外の異臭を感じる。
俺はあまりの臭さに涙目になって鼻をつまむと、その様子をジト目で覗き込む母が冷や汗を垂らしながら「アンタ……」と父に話しかけていた。
コレはもしかしてしなくとも、そうなのだろう。
「父ちゃんのオナラくっせえよ!! 何を食べたらこんな臭くなるんだよ!!」
「私はタオルの手料理しか食わんぞ? 封印されても腹は減るからな、毎日欠かさず運んでくれるタオルの料理とチョメチョメだけが俺の十年間の唯一の楽しみだったのだ」
「ちょっと、私の料理のせいにしないでよね!! 臭いのはこの人の問題であって私のせいじゃないっての!!」
父は楽しそうに思い出を語るが、母の方はその内容が気に入らなかったらしい。
父に掴みかかって抗議をする。俺の知らなかった父と母のやり取りを目の当たりにして思わず表情が綻んでいく。
そうか、両親の織りなす騒がしくも楽しい喧嘩を見て胸を熱くなった。だがそれを見て俺はふと『ある事』を思い出す。
「母ちゃん、俺が父ちゃんと会うとリスクがあるって父ちゃんに言われたんだけど。ソレってどう言うこと?」
「……それを実の母に言わせるのかい?」
へ? 父と出会って最初に言われた事がずっと気になっていたから。
単純に俺は気になって質問をしたつもりだった。だが、俺の質問に母は突然に顔を赤らめてモジモジとしだすのだ。
コレには俺も思い当たる節が見つからず、今度は父の方を向いて「どう言う事?」と答えを求めた。
そもそもチョメチョメで体力使って封印されて、封印された状態でチョメチョメするってどう言うことだろう。
父は豪快に笑い飛ばして母が恥ずかしがる理由を教えてくれた。
「はっはっはっは!! 私とタオルは封印されながらも定期的に交わっていたと言う事だ!! 両親の寝室に子供が入るモノではないとタオルは言いたいわけだな!! つまり人間で言うところにセック……、どうしてタオルが私を殴るのだ!?」
「アンタもつまんない嘘で誤魔化そうとするんじゃないよ!!」
「そうか? だがタオルも時々『今夜とか……どう?』と顔を赤らめながら私を求めて……イテテテテテ!! 頼むから耳を引っ張らないで!!」
こんな話は聞きたくなかった。
「と、父ちゃんはヤル事をヤって体力を失ったんじゃないの? ……だから封印されて回復してたんでしょ?」
「だからこそだ、タオルのような美人の求めに答え続けて十年間、大して回復出来なかった。だあっはっはっは……イッテテテテ!! だからタオルも俺の股間のドラゴンをつねらないで!!」
「この人の股間のドラゴンが凄くてさ……、一度味わうと腰が使い物にならなくなるあの高揚感を忘れられないんだよ……」
この二人、しっかりバカップルだなと思った。だから母ちゃんもモジモジしながら恥ずかしそうに語らないで欲しい。
そもそも俺の疑問に対する答えはどこに行ったのか、真剣に悩みだすと母も俺の様子に気付いたようで小さくため息を吐きながら仕方ないかと言った具合に口を開いていった。
「良いかい?」と母が切り出すと俺も「ウンウン!!」とようやく答えを得られる事に興奮して耳を傾けていた。その隣で父がつねられて腫れ上がった股間のドラゴンにフーフーと息を吹きかけていた事は触れずにおこう。
「この人が復活するのにかなりの時間が必要だったからね。アンタがそれを知ったら下手に縛り付けるかもしれないって思っただけさ」
「縛り付ける?」
「アンタはべったり母ちゃんっ子だったからね、そんな子がいざ夢でも抱いてごらん? そうなったら余計なしがらみなんて邪魔じゃないか」
母はそう言うとプイッと恥ずかしそうに俺から視線を外していた。
そしてその隣で父が「ツンデレだな」と呟くと母が全力でパンチをねじ込んでツンデレのツンを体現していた。
この光景を見て俺は改めて母からの愛を心に刻み込む。
俺は二人に愛されているのだと感じてつい顔がニヤけてしまった。
一連の確認が終わり俺は気を引き締め直して父の方を向く。
そして現状に至った父の考えを知るために俺はこの人と向き合おうと考えた。父の話を総括するとおそらく『ここ』は俺の心の中、そして両親は思念体。
そして思念体とは精神だけに状態となった両親。
この現実が何を意味するのか、おおよその検討は付くものの俺は父の口から聞きたいと願っていた。
「父ちゃん、さっき俺たち三人が一つになるって言ったよね?」
俺の真剣な目つきに父も相応の表情で返してくれる。
父は「うむ」と唸って首を縦振っていた。その横で母は静かに俺たちの会話に耳を傾けてくれる。
「世代交代とはその種族の長の代替わりを意味する。十種族の中で世代交代は竜人と人間以外はするものなのだ。まあ、先ほども言ったがドラゴンは寿命が長過ぎて今までして来なかったわけだが」
「竜人と人間はしないんだ」
「この二つは明確な長がおらんからな、いまだに種族内部で愚かにも権力争いを続けておる」
俺はウンウンと頷きながら父の説明に対する理解を深めていく。そして父と俺が世代交代をすると具体的に何が変わるのかを聞く事にした。
「世代交代するとどうなるの?」
「まずは長としての役割を受け継ぐ。だがそれはすぐにとは言わん、何しろ俺以外のドラゴンはこの世にはいないからな」
父は上を向いて遠いどこかに視線を送る。
自らの口で他のドラゴンたちの事を口にするのはコレが初めてでは無い。だがやはり寂しさは消え失せるものでは無いようで、父は複雑な表情になって口調が僅かにゆっくりとなっていく。
そして隣にいる母に肘で脇を突かれるとハッと我に返って気まずさを払拭するかのようにゴホンと咳と共に説明を再開する。
母は「しっかりしてよ」と愚痴を零すと父は「ウチの奥さんは出来た女だな、でへへ」と相変わらずダラシない顔つきになっていた。
俺は一抹の不安を覚えて表情が引き攣るが、それでも聞かないと話は進まないから。
今更になって思う事は『現実では』どうなっているのか。
シオンがどうなっているのかが不安で仕方がないのだ。そんな不安を浮かばせる俺の表情を見て母は楽しそうに横からチャチャを入れてくる。
「何も出来ないのが悔しいって顔付きが嘘みたいに晴れやかじゃないの。吹っ切れたのかい?」
「シオンを諦める理由にはならないから」
「しっかりと守ってやりな」と母が嬉しそうに俺に話しかけてくる。
両親を失った悔しさと悲しさは無かった事には出来ない。ならばそれを糧に今の己が出来ることを精一杯にやり尽くそう。
俺は純粋にそう決意しただけだ。
もはや両親が死んだ事は確定的なわけで。
それでも、両親が死んだとしても二人は俺の心の中に存在し続けると言ってくれたのだ。であれば少しでも良いところを見せたいのも子供心と言うものだ。
俺の考えがは表情に出ていたらしい、父が俺に「あの竜人と差し違えようと言う類の覚悟は不要だからな?」と注意を促す。
俺はそこまで切羽詰まった様子を見せていたのかと、失敗したなと思いパンパンと己の手で頬を数回叩く。
俺の態度の何がおかしかったのか父は吹き出すように小さく笑いながら説明を再開させていく。
「話を戻そう。世代交代をすると先代の長からスキルを継承させる事が可能となる。まあ、とは言っても人間以外の種族はスキルが先天的と言うか、種族固有に近いのだがな」
「固有?」
「うむ、人間はペイントを用いて好きなスキルを後天的に獲得できる。だが他の種族は遺伝で種族が得意とするスキルを生まれ持ってくるのだ。今回は私が了承すればそのスキルをミロフラウスが使えるようになるわけだが……」
「だが?」
「今回はタオルも同席しているわけだ。つまりタオルのスキルも譲渡出来ると言う事だな」
「二人のスキルを? それって反則じゃん」
「他の種族も条件は同じだ、とは言っても獲得したスキルもしっかりと訓練しないと扱えんがな。しかし今回は運が良かった。ミロフラウスのスキルが霊体操作だったから俺たちが思念としてこの世に残ることが出来るからな。……さてタオルの方は行けるか?」
「何時でも行けるよ。封印、薬物スキル、威圧に大音響。それと冷気と飛翔を継承させられるね」
母ちゃんに怒かれると寝しょんべんが癖になるのってスキルだったのか。威圧ってそういう事だろう? と言う事は母は村の子供を怒る時にスキルを使っていたと言う事か。
母は何気に大人気なかった。
「私は瞬間移動に思念伝達、それと私の全盛期のステータスを継承させよう。後は使った事は無いが予言スキルに……危険だが竜神化もあるな。私も飛翔スキルがあるからタオルのと合成して超飛翔に進化する筈だ、存分に暴れるが良い」
「チョイチョイ、父ちゃんサラッと流したけど予言スキルって何? どういう事?」
父は恐ろしい事をまるでついで程度の口調でサラリと口にしてくる。
そんな便利なスキルを所持しているならば出し惜しまずに普段から使えば良いのにと思った。俺は「ええ……」とぼやく様にそんな父に呆れの目を向けた。
だが父はそれは違うと言いたげに数回首を左右に振ってから俺に諭す様に静かに語り出した。
「予言は決意を嘲笑うものだ。お前は竜人と戦う事を決めた理由は何だ?」
「皆んなの思い出が詰まったこの村を奪われたく無くて、父ちゃんと母ちゃんが出会った場所が踏み荒らされるのが我慢出来なかっただけなんだ」
母が「親孝行な子に育ってくれたね」と涙ぐむんでいた。
俺は父と会話しながら無性に恥ずかしくなってポリポリと頬を掻く仕草を見せた。そして「胸を張って良い理由なのに、何を恥ずかしがっている?」と父に呆れられてしまった。
だが父はそれは後回しだな、言いながら会話を再開する。
「それを不可能だとスキルに断言されたとしたらどうする?」
「争う」
「どうして?」
「全てを諦めたら救える筈のものまで諦めたことになるじゃないか」
フワッと風が流れて俺を包み込んでいく。両親が俺を抱きしめて来た。父は「満点だ」と言い、母は「男前だね」と言って俺の答えを喜んでくれている。
そして父は満足そうな顔付きで俺の頭をグシャグシャと弄りながら言葉を口にした。
「タイミングを早めても人型になって良かった。こうしてお前を抱きしめられる」
「父ちゃん、痛いよ」
「申し訳なく思うのは私と同じ孤独を与えてしまう事」
「……俺にはシオンがいるじゃん」
「そうだったな、お前の手で守ってやるんだぞ? 悔いる事があるとすれば孫を抱き上げてやれない事だな」
「気が早いって。……俺の我が儘でこんな事になってごめんなさい」
(それくらい気に病むな。……ミロフラウスよ、コレから現実に戻る。……分かるな?)
父からの念押し。
それは世代交代がどのように行われるかの確認だった。俺はそれを父から思念で伝え聞くと力強く首を振って了解の意を伝えた。
するとまたしても父は俺を褒めるように優しく頭を撫でてくれた。
その時を境に真っ白な世界は消失し始めた。
この真っ白な世界の終わり、それは母との別れを意味するのだ。俺は名残惜しそうに母を眺めていると、彼女はまるで悪戯っ子のような顔付きになって母らしい事を言ってくる。
「イラッときたらタバコを吸って伝えるから、頑張りな」
「ならば私はオナラで伝えるとしよう」
母の悪ふざけに父も乗っかる形で同調する。
俺はそんな二人に引きつった顔を送りながら手を振って別れを告げた。涙が止められなくなったのでクルリと背を向けた。
俺は両親を不安にさせないように目一杯に強がった。
「シオンを守ってきます」
「ミロフラウス、カッコつけてるのに悪いけどズボンのチャックが全開だよ? あっちに戻ったら上げときなさい」
「母ちゃんもさっきの感動的な遺言をそんなのに変えちゃって良いのかよ!?」
頼むから最期くらいはもう少しだけムードを考えて欲しいものだ。
シリアスな別れの場面なんだからもう少しだけ気を使って欲しい。そう母に文句を言いつつ俺は現実の世界に戻っていった。
俺は母のいなくなった世界を目指して意識が遠のいて行くのだった。
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