ミロフラウス・ワーストX
腰を抜かした俺とシオンは地面にペタリと座り込んでしまった。
俺とシオンは恐怖して動けずにいる。
片や父と母が俺たちの目の前でニコリと笑いかけてくる。両親は俺とシオンに愛を向けてくれているのだ。
相反する二つの感情が混じり合う中で人を攻め立てる激しい殴打の音が耳に届いて鳴り止まない。竜人のテュラムが俺とシオンを庇う両親の背中に拳を打ち付けているのだ。
どれ程の間、それが続いたか覚えてすらいない。
そしてテュラムが両親を殴打するたびに二人は地面に埋もれていく。俺とシオンも両親と視線の高さを合わせるように埋もれていく。
そう言った一方的な状況で苦痛を溜め込むのは間違いなく父と母なわけで、最初に限界が表れ始めたのは母の方だった。
最初は手を地面に突っ張りながら俺とシオンを庇っていた母も力を失って俺を抱きしめるように守り出す。あまりにも力強く抱きしめるから苦しさを感じながらも俺は逆に母を抱きしめ返す。
俺はただ無我夢中だった。
この状況が怖くないと言ったら嘘になる、だが怖くて母を抱きしめたわけでは無いのだ。少しでも母の苦しみを和らげて上げたかった、父に諭されながらもやはり足手まといになる事が恐ろしくて。
情けなくて、悔しくて。
俺はどこまで行っても自分勝手な感情で動いていたと思う。だからこそ俺の心は後ろめたさで埋め尽くされていくのだ。
だがその母も俺の気持ちを理解してくれたらしく、敵に攻められながらも俺の額にキスをくれた。
そんな母の行為の何が気に入らなかったのか、テュラムは表情の歪みを強めて全身の反動を付けてからその拳に憎悪を込めるようにフルスイングのパンチを放ってきた。
テュラムの拳に苦痛で表情を歪めたのだろう、母はそれを隠すように俺をさらに強く抱きしめて来るのだ。
「混じり物が多過ぎると吐き気を催す、古き主人の唯一の過ちはゴミと交わってゴミに成り下がった事です」
テュラムの吐き捨てた言葉に父は怒りが露わになる。
出会ってからずっと父の起伏なく感情が安定していると感じていた。そして初対面の息子に威風堂々と接してくれる父に俺は親近感と尊敬の念を抱いていたのだ。
そんな父が初めて露見させた負の感情に俺は同調する様に体を震わせていた。
そして同時に俺を包んでくれる母が何を感じたのか涙する姿に底を感じさせない慈愛を覚える。
俺は悔しかった。
何も出来ず守られるだけの自分が情けなくて両親に何か、何でも良いから返したいとフツフツと込み上げるものを己の中に感じていた。
それでも返せる物が無くて、やはり悔しくて俺は己で気付かぬうちに母への独占欲を口にしていた。
「母ちゃんを困らせて良いのは俺だけだ!! 俺だけの特権なんだ!!」
「ミロフラウス……。そうさ、ミロフラウスの駄々に困らされて、怒って良いのは母ちゃんだけの特権さ。私をもっと困らせておくれよ」
母の想いに応える様に俺は母を抱きしめて、その母が俺をさらに強く抱きしめる。
そんな俺たちを包み込む様に父がその大きな手でギュッと抱きしめてくる。
シオンも寂しさを埋める様にその中に蹲る。
シオンは両親がいない、そんな家庭環境もあってか俺たちに救いを求める様に目一杯の力で涙ながらに擦り寄ってくる。
悪い気はしない。寧ろ俺が彼女を守りたいくらいだ。
ずっとこの関係が続けば良いのにと願いつつもテュラムは嘲笑う様にそんな俺たちを見下して来た。
この状況を招いたのは間違いなく俺だ。
俺が我が儘を言わなければ両親は苦しむ事は無かったのにと、必死になって謝罪の言葉を口にしていた。
「ごめんよ、ごめんなさい。俺が悪かったんだ、皆んなを無責任に巻き込んで……えぐっ!! ごめんなさい!!」
母の胸の中で訳も分からず泣いて、結局は困らせるだけかと己で己を追い詰める。
だがそんな俺に両親は笑顔を向けてくれた。
「「アンタ(お前)は私の宝物だよ、だから……」」
その瞬間、テュラムの拳が母を貫く。
その母は「がはっ!!」と血反吐を吐いてその苦しみを表情に浮かばせていた。それでも母は最期の力を振り絞って俺に言葉を残してくれた。
「愛してるよ、……ミロフラウス。母ちゃんはアンタを産めて幸せだっ……た……よ。だから……」
「母ちゃん? ……母ちゃん!! 俺を残して逝かないで!!」
母の死に俺は決壊したダムの様に目から涙が止まらなかった。
ガクッと目を瞑り力尽きた母に俺は最期まで我が儘を言っていた。己の浅ましさがを理解しながらも、それでも俺は願う事しか出来ない。
俺は最悪だ。
母の遺言は「悪いけど村長に謝っといてくれる? 約束を破ってゴメンって」だった。
「母ちゃん、『だから……』何だよ? いつもみたいにして俺の頭を撫でながら教えてくれよ、……俺を置いていかないでくれよおおおお!!」
「ミロフラウス、我が息子よ。私を喰らうが良い、父を丸呑みにして力を得よ」
母の死に悲しみに暮れる俺に父は唐突に残酷な事を口にしてきた。淡々と冷静な口調で俺に語りかけてきた。
この絶対絶命の状況で誰かがテュラムを倒す力を得なくてはいけない。
薄々は勘付いていた。
純粋なドラゴンの父を俺が吸収する。
それは父が話してくれた竜人の原初に通じる話だ。死んでいった父の同胞たちの様に父が俺に力を与えると言うのだろう?
それは分かる、充分に理解出来る。
だが納得出来ないのだ。ただ心配なのだ。
父はあまり表情を変えない。
母に欲情する時以外は至って冷静で堂々と身構える人らしく、その強大な背中を俺は知る事が出来た。バカな事ばかり口走るけど、俺はこの人が父で良かったと心の底から思える事が出来たのだ。
そんな父に俺は変化を感じるのだ。
表情は相変わらず変化が見られないが眼の色はそうでも無い。澄んだ瞳で俺をジッと覗き込んでくるのだ。
母の死にシオンも悲しみを抑え切れずに泣きじゃくる。
そんな彼女の隣で父は俺に己を喰えと良い放つ。
無論、喰えとはそのままの意味では無いだろうが。テュラムにギリギリ聞こえないだろう音量で俺の耳元で囁くように父は俺にソレを伝えてきた。
「父ちゃんまでいなくなったら俺は……」
「ドラゴンは寿命が長い、だから繁殖と言った行為は普通はせんのだ」
「こんな時に何を……」
「これがドラゴン種の最初の『世代交代』だ。ミロフラウスよ、お前は私の息子だ。そうするだけの才能と資格があると言う事だ」
「母ちゃんが死んで父ちゃんまで犠牲にして……何も残らないじゃん」
泣きじゃくるシオンとは真逆に俺は渇き切っていた。
そんな俺に父は初めて笑顔を向けれくれた。ニコリと笑ったその顔はまるで母のように俺を包み込んでくる。
父は母が倒れた後も変わらずテュラムの攻撃に晒された。
彼もまた限界が近いらしく僅かに吐血し始めていた。ドラゴンはプライドの高い種族だと言う、父は最強種ドラゴンの名に恥じぬプライドを息子の俺に見せつけながら一瞬だけシオンに視線を送って再び俺に語りかける。
「育児はタオルに丸投げ、さらに実の息子も義理の娘も守れなかったとあっては神の使いを務めるドラゴンの沽券に関わるのだよ。……受け入れよ、父としてお前に残してやれるのがコレだけなのだ」
「父ちゃん!!」
父の吐血の量が多過ぎる。
父は苦痛の声を一切上げる事はない。
それもドラゴンのプライドと言う奴なのだろうか? 人間であれば明らかな致死量となるだろう大量の血を吐き出してきた。
圧倒的な生命力を誇るドラゴンで無くば耐えられないだろうダメージの蓄積が、父の吐血する様子で容易に分かる。そんな父の姿にテュラムは壊れたオモチャを品定めするかの如く冷たい目を向けてきた。
まるで新しいオモチャを親に与えられて使い古したそれを部屋の片隅にあるゴミ箱に投げ捨てるかのように。「ちっ」舌打ち交じりにと主人と崇めていた筈の父の頭をコイツは簡単に足蹴にしてくる。
俺は竜人の本性を知って思わず身震いをしてしまった。
「ああ、良い加減に世代交代してくれませんかねえ? 弱った貴方をいつ迄も主人と呼ぶのはひじょーーーーーーーっに!! 気分が悪いのですよ!!」
あまりにも自分勝手な理由をテュラムは恥ずかしげもなく口にする。
己の願望を父に押し付けてくる。だが父はそんな敵の要求など「ふん」と遇らうかのように俺に視線を向けてくるのだ。
そして母の代わりに、いや俺と母をシオンの全てを抱きしめながら父は背中越しでテュラムに己の感じた呆れを伝える。
「他種族の世代交代に干渉するなど品性の欠片もないな」
「とっととやれや!! こっちは待ちくたびれてんだよ!!」
「……其方たちには強さだけで無く品性を分け与えるべきだったかな?」
己の思い通りに事が進まず苛立ちが最高潮に達したテュラム。
彼は幾度と無く父の背中を強打して『世代交代』を強要する。この絶対的な暴力を見せつけても精神的に屈することのない父にさらなる怒りを感じたのか、その表情が深い闇に染まっていく。
地獄だ。
父が弱っていくのが目に見えて分かる。
俺はただ心配で目を開いて父を見上げる。すると父は待っていたと言わんばかりに俺に視線を重ねて来ていた。
そして「仕方のない奴だ」と言って俺の頭をポンポンと優しく叩きながら世代交代と言う言葉の意味を教えてくれたのだ。
「ミロフラウスよ、私を喰えとは言ったがソレは別れでは無いのだ。寧ろ一つになると考えろ」
「俺と父ちゃんが一つに?」
「違うな、タオルも一緒だぞ? タオルだけ仲間外れをしたら俺が後で怒られてしまうからな」
父はそう言ってニカッと笑いかけたかと思えば今度は眩い光をその全身から放ち始めた。
「父ちゃん!?」
「ここから先は我ら親子以外の立ち入りを禁ずる」
その光に包まれながら俺は父と一体になっていく感覚覚えた。
視界が真っ白になっていくのだった。シオンが「きゃああ!!」と悲鳴を上げていたが、俺は突然の出来事にどうする事も叶わず父を求めるのみだった。
どれほどに手を伸ばしても父の感触を感じ取れない。迷宮に足を踏み入れた様に俺は手探りのまま、ただひたすらに出口を探す様に父を探し続けていった。
俺の意識が遠のいていくその瞬間まで。
…………
周囲が真っ白で包まれた世界。
キョロキョロと見渡して周囲を見渡せど誰も、何も見つからない。あるのはただの白、白で埋め尽くされた空間のみ。
俺は首を傾げて思いつくだけの疑問を並べて俺はようやく事の真実を思い出す。
そして焦って探し人を見つけるために再度周囲を見渡すとその人たちの姿を発見した。
安堵してその人たちに話しかけると二人はやはりニコリと俺に笑いかけてくれた。
「母ちゃん、父ちゃん……」
俺はそう呟いて母に違和感を感じた。
それは彼女がタバコを口に咥えていたからだ、俺は母の喫煙する姿を見た事がないから「急にどうしたの?」と問いかけた。
すると母は美味しそうにフーッと煙を吐いて俺の問いかけに答えてくれた。
「妊娠してからこの人に止められてたんだよ。お腹の子が心配だとか言われてね」
「今は存分に吸うが良い、思念体となったのだから健康を害される事も無い」
母はクイッと親指で父を指差すと父は顎に手を添えて母の言葉をを肯定する。
だが俺はふと聞き慣れない言葉を耳にして、最初の疑問をそっちのけに母に呆れる父に顔を向ける。その父は俺の考えをお見通しだったらしく、「ふむ」と一呼吸だけ置いてゆっくりと語り出すのだった。
思念体? 聞いたことがない単語だ。
「タオルと私はお前の中で思念体として存在することにした」
俺は父の言葉の意味を理解出来ず間抜けヅラを晒すも、両親はそんな俺の様子がツボにハマったのか腹を抱えて盛大に大笑いするのだった。
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