ミロフラウス・ワーストⅧ
父が俺とシオンの方に駆け寄ってくる。
モクモクと立ち込める煙の方向を向きながら父は俺の前に立ち止まった。そして嬉々として笑って話しかけてきた。
「センスは悪くない。さすがは私の息子、凡庸のオーラであれだけの威力を出せれば上々だ」
「凡庸?」
「お前も俺の息子なのだ、竜気を扱える素質があると言う事だ」
父の態度は絶え間なく自信を漲らせている。
態度だけでは無く、雰囲気やその言動も全てに重みを感じるのだ。
俺の行動に父は常に助言をくれる、悔いれば悔いるなと。出来ないと言えば、こうやれば良いと実演してくれる。
そしてスキルの破壊力が足らなければ、俺の様にやってみろと。
何となくだが父の言葉の本質を理解して俺は煙の内側をじっくりと観察してみた。破壊力が足らないと言う事は、敵を倒しきっていないと言う事なのだろうから。
案の定、煙が風に誘われてスーッと姿を消すとそこには先ほどの竜人がいた。
そして音を立てず地上に着地して自分は無事だと言いたげに一歩だけ前に出る。
父と母のタッグに圧倒されていたのは間違いない筈なのに、どうにも不敵な態度を崩さずこの竜人はさっと両手を広げて上空を見上げる。
その上空からは母が威圧を繰り返すも竜人はどこ吹く風と気にも止める様子すら無いのだ。
この状況に俺は前提自体を疑い始めて父に問いかける。
「父ちゃん、こっちが優勢なんだよね?」
「戦力的にも間違いあるまい。確かに俺は竜星でオーラを消耗した、だがそれでもアイツとは拮抗、そこにタオルが加われば疑う余地は無い」
良かったと安堵して俺は小さくため息を吐く。
だが父はそんな俺にチラリと視線を向けて、深いため息を吐くのだ。「?」とその視線が何を意味するのかと俺は疑問を抱く。
「どったの?」
「竜人は元々が人間でな。古い時代に己の非力さを恨み、己自身に敵意さえ抱いていた人間に我らドラゴンが憐みから施しを与えたのが原初なのだ」
「我らって死んでいった父ちゃんの仲間のドラゴンたちって事だよね?」
父は「うむ」と俺の言葉を肯定する。
何かを思い出すように一瞬の間を置いてから再び語り出した。
父は孤独に苛まれて自殺した、と言っていたから仲間たちに思うところがあったのだろう。その表情は色々な種類の感情がブレンドされているように見えた。
こればかりはいつも母やシオンに囲まれて育ち孤独とは無縁な俺には汲み取れない感情だった。妙な罪悪感から俺は複雑な面持ちになった。
すると父は「子供の心配する事ではない」と豪快に笑い飛ばして、そして語り出すのだ。
「ドラゴンの強さは色々と理由があってな、竜気に飛空スキルと圧倒的な身体能力。あげればキリがないが、最も重要なものはその『知性』なのだ」
父は知性こそが戦闘にとって最も重要なファクターだと言う。
己の頭部を指でトントンと叩きながらゆっくりと説明してくれた。
知性は知識の器であり、器が存在するからこそ精神が宿る。
精神が宿ればスキルやオーラの質や量に影響を与える。父は敵を面前にしながら俺に教えてくれた。
母は優しく頭を撫でてくれるが普段は賑やかな人でこう言った語り口調が俺は初めての体験だった。
父はバカな事ばかりする人だと思っていた。だが俺はこの変化に戸惑うものの、それでも自然と耳を傾ける事が出来た。これが父と言う存在なのかなと漠然と感じて思わず油断してしまう。
そんな俺に父は「油断だけはするなよ」と再び注意を促してくれるのだ。
「俺は知性が低いの?」
「そうではない。知性は生まれ持ったものだし、そもそもそれだけでは勝負には勝てん。要はその器にどれだけの精神を詰め込めるかが鍵なのだ。そこはお前の今後に期待だな」
「……話の先が良く見えないんだけど?」
「獣人などは惜しいと思うよ。アイツらは高い知性を誇りながら本能に従うからなあ、だから奴らは自分らよりも身体能力の劣る妖精や翼人の種族的下位に甘んじるのだ」
つまり優秀な知性を誇りながら無駄使いもしくは有効活用出来ずに下位に甘んじる種族が確実に存在すると言う事か?
だが結局その話がどこにどう繋がるかが分からず俺はウンウンと唸ってしまう。そんな俺を仕方がないとでも言いたげに父は込み上げる笑いを抑えつけるように口を開く。
「クック、子供の育児とは難しいものだな。私はタオルに一生頭が上がらんよ。……良し、ヒントをやろう。我らドラゴンの『施し』も一種の精神なのだよ」
最強種の持つ精神となれば膨大なものとなる筈。
その経験を獲得するにはドラゴン以上の巨大な器が必要となる。俺がそのポイントに到達すると父は「良くやった」と微笑みながらまるでご褒美と言わんばかりにドラゴンはそう言った精神を与える事に長けた種族だとも補足をしてくれた。
俺は父に褒められた事が嬉しくて思考がクリアになっていく。
クリアな思考は気付きが潤滑になると言うものだ。俺が絡まった糸を解くようにスラスラと新たな疑問を持ち始めると父はそれに応えるように口が軽くなっていった。
「……全種族でドラゴンに次ぐ知性を持つ種族が人間って事?」
「奴らには生み出す力がある。技術に文明それに思想や概念、これらは知性の賜物だ。だが悲しいかなアイツらは集団を形成しながら個を重んじるだろう? 種族性を顧みず個を重んじながら集団を形成するからルールなどと言う下らん決まりを作らねばならん」
「ドラゴンにはルールが無いの?」
「掟はある。だがルールは不要だ、元々ドラドンは個体数も一桁だったからな。ルールは他人から課せられるものであって掟はうちに秘めた誇りなのだよ」
気が付けば母が時間稼ぎをするように「ここは私が引き受けたわ!!」と厨二病全開で竜人と戦っていた。
目の前で人間である母がどうして竜人と渡り合えるのかと顔を引き攣らせていると、父は怪訝な表情を俺に向けていた。その反応に釣られるように俺が思わず首を傾げると父は「はああ」深いため息とともに頭痛がすると言わんばかりに額に手を添えていた。
そんな父の反応が気になって「どうしたの?」と言葉を紡ぐために俺は口を開く。それに待ったをかける人物が俺の襟を引っ張るのだ。シオンが後方から俺を絞め殺す勢いで強引に引っ張ってくる。
どうやらシオンはオーラ弾の爆発に踏ん張る事が出来ずに後方に大きく吹き飛ばされていたらしい。彼女の顔が泥に塗れており、その要因を作り上げた俺を泣きじゃくりながら激しく非難するのだ。
シオンは村長に避難を促した母を体現するかのようにたらこ唇顔になっていく。そして俺の首を締め上げてグイグイと力の限りに揺らしてくるのだ。
俺は酸欠状態で顔を紫色に変色させながらシオンに力を緩めてくれと、その意思を伝えるべく彼女の手をバシバシと叩き続けた。
「ギブギブ!! シオンも落ち着けってば!!」
「吹っ飛ばされてほんっとうに……怖かったんだからあああああ!! こう言う時こそ自慢の幽霊で私の事を守ってよおおおおお!!」
「ほきょおおおおお!? 首を絞めながらトゥーキックで人の股間を蹴り上げないで!!」
シオンの行為は八つ当たりに等しかった。
俺はどうして自分がここまで言われる必要があるのかと呼吸すらまともに出来ない状況の中で言い訳を模索し出していた。
しかしシオンの勢いに白目を剥いて項垂れる俺は明後日の方向に無意識に視線を向けた。
父など「喧嘩するほど夜の営みが激しくなるぞお?」とバカと言うか考えなしと言うか。無駄にシオンを焚き付けるような発言をする。
小っ恥ずさからシオンは表情を真っ赤に染め上げてグルングルンと俺の酸欠不足をさらに加速させて行くのが手にとるように分かる。
だがそんな戦闘とは一切として関係無いやり取りがあったからこそ気付く事があるものだ。
俺は振り回されながら、ふと周囲に視線を向けて今更になって気付いたのだ。ハッとなりシオンに振り回されながらも俺は父に見開いた目を向けて質問を投げかけた。
「父ちゃんが最初に倒した竜人たちの死体はどこに行ったの? 爆発に巻き込まれたにしても見当らないなんておかしいじゃん」
すると父はコクリと首を縦に振って「自分で見て考えて、そして気付くことは大事な事だ」と俺に言葉を掛けてくれた。そして激しく暴れるシオンにソッと手を添えて静止を促す。
父が至って真面目な顔をするものだからシオンも「ひょえ?」と驚きの声を漏らしてピタリと動きを止めていた。
俺はようやくシオンに解放されて尻餅をつきながらいつも以上に下から父の顔を見上げる事となった。俺はその姿勢のまま唾を飲み込んで父の口が開く瞬間を待った。
「そろそろ私の休憩も終わりだな」
父は一言だけ残すとスッと腕を上げて指でその答えを指し示した。
父が指さしたものは母と対峙する竜人だった。
父の指を追うように俺は視線を移動させると父は一言だけ残して俺とシオンの前から姿を消したのだ。気が付けば父の姿は竜人と対峙する母の隣にあり、二人は挟み込むように敵を攻め立てていた。
父は青いオーラを、母は赤いオーラを全身に纏って目にも止まらぬ速さで拳を竜人に放り込んで行く。一見して、いや一見するまでもなく確実に優位な状況だろうに俺の心には違和感しか残らない。
どうやらシオンも同じ思いだったらしく俺たちの視線が重なり合う。先に口を開いたのはシオンの方だった。
「あの竜人、意外と余裕あるんじゃないの?」
シオンがそう思うのは至って当然の事だと思う。
竜人は父と母に挟まれて挟撃を受けているにも関わらず、ただの一度も被弾していないのだ。それも先ほどのピンボール攻撃で派手に地上に叩きつけられたダメージが残っている筈なのに。
「こなくそ、これでも喰らって寝なさい!! はあ!!」
「タオルお手製のオーラ弾、喜んで馳走されて来るが良い」
母が放出型のペイントを両腕に塗布してオーラ弾を放つ構えを取った。
父はそれに呼応する形で竜人の後方に回ってその背中を蹴り、敵のバランスを奪う。さらにダメ押しにと父も母と同様にオーラ弾の準備を始めていた。
両親は鏡越しの如く同じ動きを見せる。
穿つ敵も共通、違いがあるとすれば時間軸が僅かに違うのみだ。つまり二人はバランスを崩した敵に時間差攻撃を仕掛けたわけだ。
あまりにも容赦の無い徹底した両親の攻めっぷりに俺は安堵した。俺は右手をグッと握りしめて勝利を確信していた。
両親の挟撃はそれほど完璧なタイミンングだったのだ。
己には踏み込めないレベルの戦闘でとんでもないコンビネーションを見せるものだと、俺は世界中に両親を自慢したいとさえ思った。
これが俺の母だ、父だと感動に打ち震えたのだ。
だが俺の確信など竜人にとっては取るに足らないものだったらしい。
敵は遠巻きに戦闘を見守る状態にあった俺とシオンを威嚇してくるのだ。ただ全身を纏うオーラの量を増幅させるだけで俺たちを威圧しにかかってきた。
まるで俺たちの頭を押し付けて鎮座を強制するかのような。
竜人のオーラの迸りは急激に肥大化する。明らかに戦闘開始の時点よりも竜人の強さが増しているのだ。
ここに来てようやく俺は父の言葉の意味を理解する事が出来た。
アイツは仲間だった竜人たちを吸収して力を増したのだ。
「ミロフラウス、どうして竜人があんなに強くなってるの!? どう考えてもさっきとは別人じゃん!!」
竜人はドラゴンの供給の才能と人間の需要の才能の両方を備えているのだろう。おそらく爆発で発生した煙の中でアイツは仲間から力を供給されて強くなったのだ。
つまり父の言う精神とは強くなるためのキッカケという事か?
「父ちゃん!!」
俺は父に向かって叫んでいた。
それは目の前で起こる事実があまりにも現実離れしていたからだ。竜人はニヤリと笑いながら最も容易く両親の挟撃に対処をして見せた。
蹴られながらも後方に手を伸ばして父の胸ぐらを掴んで、力技で強引に引っ張っては父を投げ飛ばす。
両親はお見合いする形で互いに放出型の攻撃を向けていた。
もはやオーラ弾をキャンセル出来ない状態で、二人は急速に表情を強張らせていく。そして遂に時間差の分だけ一瞬早く母の攻撃が父に迫っていた。
俺は己の動きが思考の速度に追いつかない事にただただ苦悩するしか無かった。
奪われたく無いと願った結果がこれかと、己の我儘に付き合ってもらう必要の無かった両親を巻き込んで。
その両親に頑張ってもらうだけで、俺自身は無力故に何も出来ない。
村でたった三人だけのスキル持ち。
ペイント使いだから何とかなると自惚れていた己の非力さにギリギリと歯軋り音を立てながら俺は母のオーラ弾が差し迫った父に向かって届く筈もない手を必死になって伸ばしていた。
下の評価やブクマなどして頂ければ執筆の糧になりますので、
お気に召せばよろしくお願いします。




