ミロフラウス・ワーストⅦ
「いやああああああ!! ミロフラウスに襲われるうううう!!」
「シオンも何を言ってるんだよ!? 人聞きが悪いってば!!」
「ちょっとは雰囲気ってものを考えてよね!? 私は初めてなのよ!? それがどうしてミロフラウスの友達幽霊さんドームの中で貞操を奪われなあかんのじゃい!!」
シオンがジタバタと暴れ出す。
と言うのも俺が母のスキルから身を守るために幽霊に頼んで俺とシオンの周囲を覆らった事が彼女の癇に障ったらしい。
確かに幽霊さんだけあって若干だが悪寒が走るが、それでも幽霊さんが総出で守ってくれるから防御壁としては優秀なのだ。
母の『大音響』で飛び交う木の枝や石礫に頭をぶつけて時折「はううううう!!」と叫んでしまったが、それでも俺もシオンも傷一つ付かず無事なわけで。
感謝こそすれシオンに悪態を吐かれる謂れはないのだが。
俺が絡み付いた二人の体を解こうと手を伸ばすとシオンが「ひい!!」とまるで痴漢にでも遭遇したように悲鳴をあげる。
シオンも本当に失礼だな。
「……このまま俺の幽霊さんの悪寒に包まれながら一晩過ごす?」
「嫌よ!! 絶対に嫌あ!! って、今更になって幽霊臭に気付いたんだけど!? くっせえ、バッドスメルス!!」
だから失礼だってば。
そもそも幽霊臭ってなんだよ?
とは言え今は俺の両親が竜人を相手に戦っている筈。
特に母に至っては父を巻き込んで広範囲の凶悪スキルを使ってしまったから、外の様子が気になって仕方ないのだ。
そう言った状況下で俺は丁寧に俺とシオンの体を解いていくしかない。
シオンに「良い!? 私は心の準備が出来ないと体を許さないタイプだからね!?」と謎の言葉を吐かれてしまった。
本当にシオンはたまに良く分からない事を言うものだと思頭を抱えつつ、下手に否定すると殴られそうだから「へいへい」と適当にヒラヒラと手を振って相槌を打ちながら手を動かした。
そしてやっとの事で自由の身となって俺はゆっくりと幽霊さんを成仏させていく。
少しずつだが外の景色が目に入り、先ほどまで辺り一体は身を隠せるほどに草木に覆われていた筈なのに、その悉くが見当たらないと俺とシオンは「?」と怪訝な様子で首を傾げる。
だがその異変に気付くと俺たちは己らの体から血の気が抜けていく感覚を覚えた。
そうなのだ。
俺たちがいた一帯は草木どころかぺんぺん草すら残さずに野原に変貌を遂げていたのだ。寧ろ焼け野原とても言った方が良いのでは? とさえ感じる。
母の絶叫は効果は大火事、破壊力は大災害か未曾有のバイオハザードとでも表現するしかないようだ。
「母ちゃんって漫画の世界の住人ですか?」
「おばさん、……竜人から村を守るって目的を完全に忘れてるじゃん」
キョロキョロと周囲を見渡して俺は母と父の姿を探す。
だが二人どころか竜人の姿さえも何処にも見当たらないのだ。まさか本当に母は竜人ごと父もその手にかけてしまったのか?
そして自分すらも巻き添えにして自爆したのだろうか?
知ってはいたが母の必殺技の威力は本当に災害だと改めて目の前に突きつけられて俺とシオンはブルッと身震いをしていた。
「おばさんって自爆みたいな最期を選ぶんだ、さすがは厨二」
「んわ訳ないでしょうが。……ん? 頭上から音が聞こえる?」
バチバチと耳の届く音に誘われて俺が上空を見上げると、そこに三つの影を発見した。
その三つの影は縦横無尽に飛び回って幾度となく衝突を繰り返すのだ。山頂から隣の山を凝視するかの如く俺は己の手で日差しを遮ってジッと見つめる。
陰の一つは翼らしきものが見えるから竜人だろう、となると消去法で残った二つの影は父と母しかいない。それ以外に答えが見当たらないわけだが、当然ながらその帰結は別の疑問を俺とシオンに抱かせていた。
父は分かる、何しろその正体がドラゴンなのだから。
問題は母の方だ、「え?」と口から空気を吐き出すかのように俺は間抜けな声を出していた。そしてシオンが古びたドアを開ける時の様にギギギとゆっくりと俺の方に顔を向けて問いかける。
「……おばさんって空を飛べたの?」
「母ちゃんならもう何でもアリだって思い知らされたところなんだけど」
飛行能力は世界に残存する十種の種族の中でもドラゴン、竜人、翼人に妖精とこの上位四種しか体現出来ない筈なのだ。やはり飛行能力があった方が戦闘には有利に働いて、他種族を圧倒出来るケースが多い。
つまり他種族に対して己が得意とする戦闘の領域に引き込んだ方が有利なわけだ。
第七位の魚人なども陸上では然程強く無いが水中ならば妖精すらも苦戦する迄にレベルが底上げされる。
とにかく戦闘の土俵とは重要なファクターとなる。
母は竜人はスキルで飛行していると説明してくれたが、そうなるとその母もスキルで飛行していると言う事か? 寧ろそれしか現状で考え得る可能性がないわけで。
そして最も気になる事は母の『大音響』のスキルは竜人にダメージを与えられたのか、と言うこと。そして当初の計画通りに『封印』のスキルを使用したかと言う事になるわけだが。
「いくら母ちゃんでも……自分の練った戦術を忘れないよね?」
「多分アレじゃない? 空を飛びたくて厨二の妄想が爆発してるとかじゃなくて?」
「……シオンの推測がビンゴっぽいな。母ちゃんの顔、もの凄く悦に浸ってるよ」
「おばさん、竜人に攻撃されて不自然に吹っ飛ばされてない? もしかして……自分から後方に飛んでるの?」
「……母ちゃんってば口元の血を拭って恍惚な表情になってるじゃん」
母曰くあの人はシチュエーション萌えと言うものらしく、厨二っぽく吐血した血を手の甲で拭い取る状況に歓喜しているのだ。
実の息子ならば母が敵から顔面を殴打されたりすればハラハラと心配をするものなのだろうが、「やってくれたわね」とか「この命に賭けてもアンタを倒す」とか聞こえてくるから逆に俺は涙が止まらないほどに情けなくなっていた。
「無駄に戦闘を楽しむんでる場合かあ!! もう母ちゃんの方が父ちゃんよりもドラゴンぽいって!!」
だから母ちゃんも無駄に「ぐはあっ」とか言わないで欲しい。父ちゃんも母ちゃんの厨二に付き合って「以下同文!!」とか合わせてる場合では無いだろうに。
「似た者夫婦」
シオンの呟きが隣から聞こえてくるが俺は声の方向を振り向けない。それは今のシオンがどんな表情になっているか、おおよその見当が付くからだ。彼女は劇画タッチで呆然と上空の戦闘を傍観してるのだろう。
実の息子が一番ダメージを負うシチュエーションだって二人は気付いてるのだろうか?
「あ、おばさんが竜人の背後に回って両手を叩きつけてる」
「だから厨二か!? シュン!! とか効果音を出して背後に回るんじゃねえよ!! って!! シオン、竜人がこっちに落ちてくるぞ!!」
「きゃああああ!! ミロフラウスも運んでくれるのは嬉しいけど肩で担がないでってばあ!! お姫様抱っこじゃなきゃ嫌ああああああ!!」
背後からの攻撃をモロに受けて竜人が恐ろしい速度で落下してくる。
まさにメテオストライク、隕石の如くすごい速度で俺たちの方に突っ込んでくるものだから、逃げる格好など気にしていられないのだ。
咄嗟にシオンを担いで荒野とかした一帯を走る。
そんな必死になって逃げる中で母は俺とシオンに無慈悲な言葉を、……違うな。戦闘狂ばりの言葉を放り込む。
「ちょっとお、二人共!! そこは落下する敵を上空に打ち返すタイミングでしょうが!? レシーブよ? こうやってレシーブするの!!!」
「出来るわけねえよ!! 母ちゃんもバカ言ってるんじゃねえ!!」
「ミロフラウスゥ、担ぐならせめて私をうつ伏せにしてくれない!? どうして上を向きながら運ばれないとダメなのおおおお!? ゴッフ、ゴフゴフフ!!」
「シオンも我慢してよ!! こっちだって必死なんだよ!!」
助けてあげたのにシオンが俺に不満をぶつける。
そして上空ではバレーボールのレシーブを身振り手振りで必死になってアピールする母の姿が見える。
「だから母ちゃんは漫画の見過ぎなんだってば!! そう言うことは父ちゃんに頼んでくれよ!!」
「ミロフラウスよ、私が手本を見せてやろう。こうやるのだぞ?」
俺の考えは父に筒抜けだったのだろう。その父は目にも止まらぬ速さで竜人の落下地点に先回りしていた。そして余裕を見せつけながら強烈な蹴りで竜人を蹴り上げた。
父ちゃんはその芸当を俺にやれと? 父ちゃんも母ちゃんも次に何か無茶振りしたら児童虐待で通報してやりたくなってきた。
俺は様々な愚痴を吐き出しながら必死になって逃げた。そして少しだけ離れたところでクルッと振り向いてシオンをその場に下ろす。そして腰のホルダーから銃を抜いて竜人に照準を当てて容赦なくトリガーを引き続けた。
分かってはいるのだ。
俺ではこの戦闘の速度にはついていけない。俺の通常のオーラ弾では弾速が父と母にピンボールにされる竜人の動きを捉えることは出来ない。
だが俺のオーラ弾は様々な事が調整可能だ。
弾速に連射性能から飛距離は当たり前で当然ながら威力なども調整が可能。だが何かの性能を向上させれば別の何かを犠牲にしなくてはいけない。
だから俺は通常時の威力を捨てて弾速アップのチューニングを施した。
そして俺は発射と同時に上空の母に大声で話しかけた。つまり俺の放ったオーラ弾の方向に竜人をよこせと母に要求を母にした。
「母ちゃん、もう一度さっきのやって!!」
「さすがは私の息子、分かってるじゃない!! いつも私と一緒に風呂に入りたがるただの甘えん坊じゃなかったみたいで安心よ!!」
「んな事は今言わんでええやろうがああ!! 頼むから大声でそんな事を言わないでくれよ!!」
俺の後ろにいるシオンの冷めた目線が怖い、彼女が母の言葉にドン引きしながら俺に軽蔑の目を向けているのは振り向かなくともグサグサと刺さってくるのが良く分かる。
シオンは一切として温度を感じさせない声色で俺に話しかけてくる。
「うわあ……、十歳にもなって一人で風呂に入れないの?」
「ち、違うんだよ!! アレは母ちゃんが適当を言って……」
「母ちゃんは何時でも一緒の布団で添い寝し・て・あ・げ・る・ぞ?」
「母ちゃんも戦闘中にウィンクしながら目から星を出すんじゃねえよ!! ふおおおおお、シオンが俺に向ける視線が怖い!! って、だから母ちゃんは真面目に戦ってくれ、頼むから上空から俺に投げキッスの嵐を降らさないでくれよお!!」
「ミロフラウス、我が息子よ。戦闘中に悪ふざけはいかん」
「父ちゃんも真面目か!?」
「反抗期なのか?」
「父ちゃんはこういう時に限って真面目になるんじゃねえ!!」
シオンからは軽蔑の目、父からは至極もっともな説教に母からはラブシャワー。俺は周囲から受けるそれぞれに異なるプレッシャーに晒されてプルプルも体を震わせる。
だがどんな状況になろうと竜人との戦闘は継続されるわけで。如何なプレッシャーを受けようと俺は敵を穿たなくてはならないのだ。
外見は人間と大して変わらず、唯一の違いと言えば背中に映えるドラゴンの翼のみ。
そう言った外見に僅かな後ろめたさを感じつつも俺は母に再び背中を殴打されてピンボールの様に地上に舞い戻ってくる竜人を何とかギリギリで視界に捉えていた。速度重視にチューニングした俺のオーラ弾と竜人は惹かれ合う様に接近し合う。
竜人のその短髪の黒髪と特徴的な切れ目が戦闘狂の性格を強調する。
俺は一瞬だけ垣間見てしまった。
あの竜人は殴られた、蹴られながらも苦痛の表情など見せずにニヤリと笑みを零しているのだ。トドメにと俺が放った渾身のオーラ弾に恍惚と身惚れているようだ。
無論、母の様に厨二の笑みでは無く殺し合いを楽しむ様な、それでいて己の命を勘定に入れていない様な。
俺にはそんな風にしか見えなかった。思わずゾッとして背筋が凍る。
ここまで不安を掻き立てられた事は記憶に無い、俺は胸のモヤモヤを払拭出来ずに竜人がオーラ弾と激しく衝突して立ち込める爆発を目を見開いて凝視していた。
下の評価やブクマなどして頂ければ執筆の糧になりますので、
お気に召せばよろしくお願いします。




