ミロフラウス・ワーストⅥ
「竜星!!」
父が本格的な戦闘を開始した。
グッと腰を捻り反発から解放されたバネの如く掌を前方に向けて見たことも感じたことすらない青いオーラの波動を解き放った。
それは拡散型の波動で前方の竜人たち全てを飲み込んでいく。
先ほどの竜人のオーラ球を嘲笑うかのような威力を誇るそれは地上から様子を見守る俺たちの鼓膜が今度こそ破れるのでは? と本気で心配するほどの爆音を撒き散らしていた。
俺はと言うと地上から戦う父の姿を唖然とした様子で見守る事しか出来ず、次元の違いを実感せざるを得なかった。
百人いたはずの竜人がパラパラと舞い散る雨の如く黒焦げになって落下していく。母はこの世のものとは思えないレベルの戦闘を根拠に俺を励ましてくれた。
「アンタもバカだね、少しは考えな。例え全盛期の百分の一の実力だからってあの竜人たちと互角以上の力があるのは事実なんだよ?」
「……父ちゃんスゲエ」
「アレが世界最強種が操る青きオーラ、『竜気』だよ」
母が言うには上位種族の中には独自のオーラを操る奴らがいて、ドラゴンである父は『竜気』と呼ばれる攻撃に特化した青いオーラを操るらしい。
そのドラゴンから力を与えられた竜人は薄い青の半竜気を、第三位の翼人は真っ赤な風気そして第四位の妖精は緑の遊気をそれぞれに操ると説明してくれた。
母はヨシヨシと俺の頭を優しく撫でながらまるで夜に子供を寝かし付けるようにゆっくりと教えてくれた。そして上空の父を指で指し示して「あの人がアンタの父親だよ」とニカッと眩しい笑顔を向けて自慢してくる。
周囲に父のオーラの波動で力尽きた竜人たちが落下するドスンと言う音が幾度と無く響き渡る中で母の笑顔と父の絶対的な力が俺とシオンに驚きと共に落ち着きを与えてくれたのだ。
そう言った中で俺もシオンもキラキラと両目を輝かせて悠然と上空に浮かぶ父を見つめていた。
シオンなど「ブラボー!!」と両手を叩いて上空の父に拍手を送ろうとしている。だが目立つ行為は控えるべきと母によって即座に注意を促されて、己の口に人差し指を立てて静かになる。
そんなシオンの仕草に母は「シオンちゃんもミーハーだねえ」と声をかけて呆れると、そのシオンに「やっぱりおばさんもおじさんが大好きなんですね?」と返されて瞬間湯沸かし器の如く顔を一瞬で赤く染め上げていた。
何気ない普段と変わらぬやり取りを通じて俺たち三人の緊張感が僅かに緩んでいく。
父の存命が判明したとは言え俺にとっての日常とは母と幼馴染がいてこそのものだ。やっと会えた父を非日常と言っているように思えるが別にそれを拒否しているわけではない。
俺にとって慣れ親しんだ関係は三人の輪なのだ。
父とは俺にとっての望んでも手に入らなかったものだったわけで、手に入ったとなればこれからの日常を四人で築き上げれば良いだけ。
俺が何も奪われたくない、と思うのは過去に拘っているのではない。
ただ未来を手に入れたいだけなのだ。だからこそ上空の様子は目を離せないわけで。
俺の視線を追うように母は空を見上げて父の戦況の分析を再開する。
「さっきの技であの人は大半のオーラを消費したわ。二人とも、プランAからBを破棄してCに移行よ?」
母の考えでは父の説得に応じて引き返せば良し、ダメなら実力行使で父が単独で竜人を撃破だった。これが母の言うプランAとB。Cは父が竜人たちの戦力を削って弱ったところを母が封印のスキルを使用すると言うものだ。
因みに封印とはエルフが得意とするスキルだ。
今更になってどうして母がエルフ族の得意とする封印のスキルを所持しているかを疑問に感じるが、今はそれどころではない。力の大半を消費した父は一人の竜人と互角の攻防を繰り広げていたのだ。
上空では派手な衝撃音が響き渡り、周囲の動物もそれに怯えて姿を消していた。
その原因であるドラゴンと竜人の衝突は上空から衝撃波を走らせて地面を盛大に揺らす。俺とシオンは何かにしがみつかないくては転げ回ってしまうほどの大きな衝撃が本当に生物に成し得るものかと俺は衝撃を受けていた。
母は冷静にスキル発動のタイミングを図っているが、俺やシオンにとってはまさに別次元の世界。俺たちは父の髪と同色のオーラと竜人が纏う水色のオーラの衝突を怯えながら必死に目で追っていた。
「……おばさんは二人の動きを目で追えるんですか?」
「うーん、目がシパシパするけどギリいける」
「……母ちゃん、ただの老眼じゃないの?」
「なんか言った?」
「母ちゃんはすっご……い!! 美人で俺の一番の自慢だい!!」
俺が皮肉を口にすると母は視線すらも使わずに背中で俺を威圧してきた。
こんなのただの子供の悪戯の範疇じゃないか。それにも関わらず俺は母の放つ殺気に気圧されて棒読みのセリフで何とかその場を誤魔化す。
だが母の怒りは本物だった。
こんな修羅場にも関わらずゴン!! と鈍器にでも当たったかのような音が俺の後頭部から鳴り響く。
「痛えなあ!! 母ちゃんもノールックの左フックで実の息子の後頭部を殴るんじゃねえよ!!」
俺は竜人に殺されるよりも母に殺されるのではと「はあ」と小さくため息を吐きながら母に話しかけた。
「くそお、お茶目なジョークじゃん。ミロフラウスジョークだってばあ」
「リングに『タオル』を投げる行為は降参じゃないわ、乱闘の合図だっての」
「……上空でおじさんが必死になって戦ってるのに、ミロフラウスもおばさんも真面目にやってくれません?」
「「すいません……」」
シオンが俺と母のやり取りに冷静にツッコミを入れてくる。
俺は割と本気でしょぼくれていたが、母は実の息子に向かって親指で首を掻っ切る悪役プロレスラーの様なジェスチャーをしてきた。
やべえ、母ちゃんの目が本気だ。
これは仮に四人全員で生き残っても俺だけ母ちゃんに殺される流れだろうか? 俺は母からの殺人予告に全身から冷や汗が止まらずガクガクと震え出す。だが名案とは常にギリギリの精神状態から生まれて来るらしく俺は己の閃きにポンと手を打っていた。
そして母に真剣な目を向けるとその母は「何よ? いくら謝ったって後で殺すからね?」と己の腹を痛めて産んだ筈の実の息子に大人気ない言葉を俺に吐き捨ててくる。
確かに俺への殺意は取り消せないかもしれない、だったら怒りの矛先を別の方向に向ければ良いのだ。
俺はヒソヒソと母の耳元で父から聞いた情報を伝えた。
「父ちゃんが母ちゃんの性感帯は耳元だって言ってたよ、ふうううううう」
俺は父だけに母が怒ると思っていた。
単純に血管を浮かび上がらせて「アイツも竜人と一緒に封印してやるんだから!!」くらいに激情して終わると思っていたのだ。だが俺の見立ては甘かったらしく、予想に反して母の体から冷気が迸って来たのだ。
ヤバいな。もしかして俺は状況を悪化させちゃった?
母の世界を凍らせかねない雰囲気を感じ取ってシオンもその肩を揺すって必死に説得を始めていた。俺などはその張本人だけに何を言っても泥沼化すると思うも、必死になって土下座をした。
だが俺たちの必死の説得も虚しく母は激情のままに行動を開始する。
すーーーーっ、大きく息を吐いて豊満な胸を揺らしながら仰け反り始めたのだ。これは……もしかして久しぶりに母ちゃんの必殺技が出るのか?
「シオン!! 耳を塞がないと本当に鼓膜が破れるぞ!?」
「バッカ!! ミロフラウスがおばさんに余計な事を言ったから、って!! ヒョエエエエエ!!」
俺とシオンは母の恐怖から逃げるようにまるで絡んで解けなくなった紐の如くモミクシャになって転がっていく。俺もシオンも互いに優先事項は一刻も早くこの場から離れることで、自分たちの状態などにの次となっていた。
だが俺たちは経験から間に合わないと判断して、体を絡ませながらも咄嗟に互いの耳を手で塞いで災害に備えることにした。
目を瞑って母の怒りの爆発の瞬間を決心した。
母の必殺技、それはペイントを使って声にオーラを含ませることで敵の鼓膜を破ると言うものだ。
その無慈悲な音量は人間の脳みそすらも揺らすと評判で、以前に母が都会に赴いて痴漢にあった際に使用したらしい。
そして半径100メートルにも及ぶ範囲にいた人間全員の鼓膜を破ったとか何とか……。
その時の母は家に帰宅するなり両手の人差し指を頬に当てて首を傾げる何処ぞのインチキアイドルのようなポーズを取って「母、アイドルのボーカルオーディションに落ちちゃった」とか言っていたな。
俺は過去の記憶に恐怖しながら覚悟するも、そう言った凶悪なスキルはやはり無慈悲に俺とシオンを巻き込みながら放たれる事となった。
当然ながら耳を塞いで抵抗しても発動の瞬間は明確に伝わってくるわけで。
「アンタも実の息子の教育方針くらいまともに考えんかいいいいいいいい!!」
母のスキル『大音響』が空気に振動を与えながら父と竜人に向かって一直線に飛んでいった。
「母ちゃん、耳が痛ええええええ!!」
「おばさんのバカアアアアアアア!!」
「からのおおおお!! 二人まとめてスキル『封印』じゃいいいいいい!!」
「やっぱりかよ!! 母ちゃんも復活したばかりの父ちゃんまで封印してどうするんだよ!?」
それとどう言う訳かこのスキルを使う時に限って母はペイントで厚化粧になる。
そして父も「タオルの唾は私のとってご褒美だ!!」とか竜人と戦いながら口走らないで欲しい。
父ちゃんも意外と余裕があるのね。
「母ちゃんの美貌と魅力は化粧なんかしたら台無しだと思います!! ナチュラルなお肌でみんなメロメロじゃい!!」
「ミロフラウス、来月のお小遣い増やしてあげる!! あの人と竜人をぶっ殺してからねええええええ!!」
「おばさんもチョロいのかそうじゃないのかはっきりして下さいよおおおおお!!」
俺たち四人の思惑と叫びが母の発する真っ赤なオーラに包み込まれていく。
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