ミロフラウス・ワーストⅣ
ストーリーが分厚くなってきました。
ミロフラウスが主人公だと過去話と言うことも相まって書くことがたくさんあります。
母が血相を変えてエプロン姿で走り寄ってくる。
おそらく家で作業中だったのだろう。
母は何時だって全力で肝っ玉と表現するのがピッタリな人だ。
だがハアハアと息を切らしながら走る様子はあまり記憶に無かったから俺はやってしまったなと子供ながらに居た堪れない気持ちになっていた。
必死な表情を張り付かせる母ちゃんから俺は思わず目を逸らす。
隣には俺の手をずっと握ってくれるシオン。
その汗ばんだ柔らかいな手が彼女の想いを感じることが出来た。この異常事態に不謹慎だと言われるかも知れないが、俺はどこか落ち着く事が出来ている。
とは言えギリギリの精神状況である事は間違い無いのだけど、種族間の戦争勃発の原因を作ってしまった事に俺は何とも言えない表情を浮かべていた。
母に「ごめんなさい」と素直に謝れば良いのか。
それとも世界中の人間に大声で謝罪すれば良いのか。
当然ながらこんな片田舎で叫んだところで誰に届くわけでもない事は分かっている。それ程までに俺は混乱していたのだ。
「やった事を悔いるな」
そして後ろにはラーがまさにドラゴンらしく威風堂々と胸を張り腕を組みながら俺に声をかけてくる。俺はかけられた声に振り向いて下からラーを覗き込む。身長は180センチ程度だろうか。
改めてラーの顔を見てやはり俺の外見と似ているなと考えて魅入っていた。
こんな状況で何を考えているのだと言われるかも知れないが、俺は母から父は死んだと聞かされていたから。俺は十年間心に溜め込んだ想いを一気に取り除くようにラーを見つめる。
だが当然ながらこんな俺の気持ちが異常事態が収拾してくれる筈もなく、いつの間にか母が俺たちの目の前に到着していたのだ。そして到着するなり俺の頭にゲンコツを落としてくる。
母ちゃんは村でも一番の美人とか言われてるのに、こう言った手の早い性格だから村人全員から恐れられているのだ。褐色の健康的な肌に豊満な胸、腰まで滝の如く流れ落ちる美しい赤髪を振り撒いて母は仁王立ちで狂犬のような様相で俺を威嚇してくる。
俺にゲンコツを落とす事で「ふう」と一息付けたのか母は会話が出来る程度には落ち着きを取り戻してくれたようだ。
「母ちゃん、ごめんよ」
「ごめん、じゃないでしょうが!! アレだけ洞窟には行くなって言っといたのに、本当にこの子は……」
俺は涙目で殴られた頭を摩りながら謝るも、母は全身から強力なオーラを発して静まった怒りを再び沸騰させていく。
村一番のペイント使いが全力で威嚇しているのだから、如何に天才でも子供の俺とシオンは背筋をピンと伸ばして泣きじゃくりながら何度も頭を下げるしかないではないか。
「ごめんなさん、ごめんなさい!!」と俺たちが口にするたびに母は怒気が深まっていくように感じる。この状況がいつまで続くのかと本気で落ち込む俺とシオンだったが、当然ながら緊急事態故に一旦の終止符は打たれ事になるわけで。
その終止符を打ったのは意外にもラーの言葉だった。
「でへへへ、タオルは相変わらず美人だなあ」
「アンタもデレながら股間のドラゴンを膨らませてる場合か!!」
「はううう!? 流石は私が惚れた女だ……、まさかこのラーの分身を蹴りでガオーとさせてくるとは」
母ちゃん凄いな。
母は世界最強種族のドラゴンの股間を全力で蹴り込んでいた。しかも相手はその族長なのに大丈夫なのかな?
それにラーもラーだ。
いくらこの状況を作った原因が俺にあると言っても流石に文句は言わせて貰いたいものだ。竜人がいつ此処に到着するかも分からないのに母を相手に欲情してる場合では無いはずだ。
「ふっ」と言いながら髪をかき分けて余裕を見せているつもりだろうけど、ラーが半ベソを掻いてるのを隠せずにいる。そんなラーに母も眉間にシワを寄せながら呆れた様子を見せる。
そしてそんな母に「せっかくの美人が台無しだぞ?」と不用意な発言をするからまたしても母ちゃんに股間を蹴られてしまっている。
ラーはもしかして天然なのだろうか?
その痛みに股間を押さえながらピョンピョンと飛び跳ねている。やはり母は怖い、その恐ろしさに俺とシオンは震え上がって抱きつきながらガクガクと震えるしかないのだ。
しかし状況は収拾しなくては何も前進しないわけで、それは母も充分に理解しているからこそ本日何度目かのため息を吐きながらラーに話しかけていく。
「アンタ、どうして封印を解いちゃったの? あの封印はスキル発動者の私じゃないと解除出来ない筈なんだけど?」
「ミロフラウスと会えて興奮しちゃったから思わず本気出して人型になったらその反動で解除されちゃいました、ついでにその時に漏れた私の気配が配下たちを誘き寄せちゃった。テヘペロ」
「テヘペロ、じゃ! ねえええええ!!」
「ふん!! 何度も下半身のドラゴンを無防備にする私じゃないぞ!! タオルも一昨日きやがれ!!」
「アンタも成長しないわねえ!! だったらコッチを攻めるだけよ!!」
だから母ちゅんも凄いな。
父ちゃんの無駄な足掻きに気分を害したのか母ちゃんがラーのケツに爪先キックをお見舞いしてる。
またしてもノーガードのところを攻められたラーがケツを押さえながらピョンピョンと飛び跳ねている。
この人は母の言う通りで学習しないタイプらしい。
これが実の父かと思うと俺は情けなくなって顔の筋肉を弛緩させてしまっていた。
だが俺の情けなさなど関係ないと先ほどまで支えてくれたシオンが俺へトドメを刺しに来るのだ。そのあまりにも核心に迫る言葉に俺はズーンと母ちゃんに怒られる時よりも深く落ち込む事となった。
「股間のドラゴンの凶悪サイズ、ミロフラウスとの血の繋がりを感じるわ……」
何も言い返せない。
今なら俺は泣いても許されるよね?
だけどやはり今は緊急事態なのだ。
俺は俺で疑問を色々と潰してしまおうと思い至る。それはこの状況を招いた張本人が俺自身だと自覚はしているわけで。父の「悔いるな」と言う言葉はそう言うことだと思うのだ。
やってしまったのなら反省は後回しにしてまずは動けと、ラーの言葉の意味はそう言う事なのだろう。
「母ちゃんは封印の解除に反応してここに来たの? 竜人がここに来るって事は知らなかったの?」
「そうよ、この人を封印したのは私のスキルだからね。竜人の件は初耳、寧ろビックリよ!!」
まずは説明をしろと母が父を睨み付ける。
だが本気の殺意が込められた母の視線に何を感じたのかラーはまたしても「でへへ」とだらし無く表情を緩めている。父がそんな反応を示すから母は額に大きな血管を浮かび上がらせて首元を掴んで脅しにかかっていた。
何度も言うけどこの二人のやり取りを見ていると誰が世界最高の種族か分からなくなるのだ。
どう考えても母ちゃんが世界最強と言う方がしっくり来るのだけど。
「いやあ、このやり取りは十年ぶりだな? タオルのそう言う気の強いところも大好きだぞ?」
「この村が無くなるかもって時に何を呑気に言っとるんじゃい!! とっとと何とかしなさいよ!!」
「うーん、とは言っても回復の途中段階で強引に封印を解除してしまったからな。今の私は良くて全盛期の半分程度の力しかないぞ? 取り敢えずスキルの瞬間移動で洞窟の出口まで飛んできたけど、後はどうしようかな?」
「かあああああああ!! 使えないわねえ、息子のやらかしは親の責任だって世間の相場で決まっとるんじゃい!!」
「その親って私とその妻のタ・オ・ル」
ラーがビシッと敬礼を披露すると母は「敬礼の角度が綺麗すぎて逆に腹が立つ」と、もはや意味も無く苛立ちを口にしていた。
そしてラーがあまりにも緊張感の無い態度なものだから母が往復ビンタで繰り返し折檻を続ける。
尻に敷かれるとはこう言うものなのかな、と母しか知らなかった俺には新鮮な光景だった。幾度となくラーに情けなさを覚えつつも子供として初めて見た両親のやり取りに俺は思わず笑みを零す。
最初から知っていれば「父ちゃんもしっかりしてくれよ」と愚痴なり零すだろうに、父と言う存在を今日初めて知った俺には大切な宝物にしか感じる事が出来なくなってきた。
ラーが母に殴られながらも俺に笑いかけてくる、そんなどうしようもない父の姿に俺も母と同様に呆れを覚えつつもそれと同時に強く思ったことがある。
この時を失いたくない。
そしてこの父と母が出会ったこの場所を奪われたくない。
俺はギュッと手を握りしめて決意を新たにしていた。そして俺の心境の変化に気付いたようでシオンも俺の手を握り返してくる。
俺たちは顔を突き合わせて同時にコクリと頷いていた。
「母ちゃん、俺は何も奪われたくない!!」
「おばさん、私もミロフラウスと同じです!!」
母は俺たちの言葉に反応してピタリと動きを静止して「はああ」と項垂れる。
そして今度は「ふう」と自らに落ち着きを求めるかのように一息吐いていた。掴み掛かっていた父を適当にその場に放り投げてグイッと顔を俺たちに近づけて来た。
そして俺とシオンの顔を交互に覗き込んでくる。
俺は母に覗き込まれるのが好きだ。
母の瞳は透き通っていてとても綺麗なのだ。そんな俺の想いを見抜くように母は彼女の頭をガシガシと掻いている。
「タオル、俺たちの息子は頼もしいじゃないか」
「かああああああ、私が少数派なの?」
「私はいつだってタオルの味方だぞ? 其方だって息子の気持ちに応えたいはずだ」
「……村ごと逃げた方が楽だってアンタも分かってるんでしょ? 種族間の諍いなんてロクなもんじゃないってのに」
「最強種ドラゴンに撤退の二文字はない。ましてや相手は私のファンだぞ? 握手会でも開いて歓迎しようではないか」
ラーは自信に満ち溢れた顔付きで己のプライドを見せつけてくる。
先ほどは「どうしようかな?」とボヤいていたが、この人は最終的に俺とシオンの想いを汲んでくれた。それも己の不安など関係ないと何処かに投げ捨てるように。
身長差のある俺の背をポンと優しく叩いてニッと笑いかけて来てくれるのだ。
この人は己の誇りを理由にしているが、本心では母の言う通りに撤退した方が無難だと理解しているはずだ。それなのに俺を想って火中の栗を拾う気満々ではないか。
これが父親と言うものかなと俺はぼんやりと考えていた。
そんな時、母は俺の手を握りしめながら話しかけて来た。
「ミロフラウス、奪われたくないってのは何も戦って守る事が全てじゃないのよ? 村人全員の命が拾えれば奪われた事にはならないじゃない」
「ここは母ちゃんが父ちゃんと出会った場所なんだろ?」
母の言い分は身に染みるほどに良く分かる。
だがどう言う訳か心の奥が『略奪される』事を拒むのだ。俺の育ったミックレイス村は略奪だけは許さないと言う気質の人間が多い。山間にある故に衣食住の多くを自給自足としている事や村長の影響を受けてなど多くの理由はある。
そして何よりも俺は先ほども想った通り、両親の思い出が詰まったこの場所を奪われたくないのだ。
唯一村の外と繋がりを持つ母は例外的な考えを持つため何とか逃げる事を画策しているが、「あの村長を説得するのは無理か?」とげっそりとして最終的には諦めたらしい。
切り替えの速さは母の最大の長所だ。
俺たちの説得が無理だと判断するとその場に座り込んで胡座をかくと何か思案を開始する。何かと言ったところで結局は竜人をどうするかしか無い訳だが。
つまりは世界第二位の種族を相手取るための手段の話なわけで。
そんな母の様子を俺たち三人は見守るのみで時間は動きを見せない。
それから数十秒ほど経ってようやく四人の時間が動き始めた。母は父に真剣な眼差しを向けて話しかけていた。
「全盛期の半分の力だろうと働いて貰うわよ?」
ラーは言葉では無く態度を持って母に返答をするのだった。父はまたしても自信を漲らせた鼻息荒く胸を張っていた。
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