ミロフラウス・ワーストⅡ
次話もまたまたボリューミーになりそうなので、明日の投稿はありません。
1/17の更新を予定しています。
「シオン、今のうちに反撃だよ!!」
「幽霊たちにフォローしてもらったのが納得いかないーーーーーー!!」
シオンがブンブンと刀を振るってモンスターを切り刻む。
俺とシオンは淡々と洞窟の中を歩いていた。
洞窟の内部はずっと一本道で道に迷うようなリスクは存在しない。だがその代わりと言ってはなんだがモンスターが歩みを進めるものに続々と襲いかかってくるのだ。
先ほどから俺とシオンはモンスターの対処に追われていた。
そしてついに後方からも襲撃を受ける事態となってしまった。どこに隠れていたのか分からないが、モンスターが時折俺たちの後方に回り込んでくるような動きを見せる。
だがそんな事態にも俺とシオンは怯む事なくモンスターを薙ぎ倒して進んでいく。
そして俺がシオンをカバーするためにオーラで命じた幽霊たちが敵の攻撃を防いでくれた。幽霊さんたちはとても有能だった。
せっかく幽霊さんたちが助けてくれたのにシオンも『納得いかない』、は無いと思うのだけど。
命あっての今だろうに。
幽霊さんたちには命がないのだから。ソレを思うとシオンの態度は失礼なのだけど。
であれば何に助けられたかなど些細な事だと俺は思う。だが、彼女にとっては己の沽券に関わると幽霊さんをコンコンと叩いて不満いっぱいに頬を膨らませていた。
せっかくの美少女なのにまるで何処ぞのシュール系芸人が取るかのようなリアクションをしながら幽霊さんの口を広げて弄ってくるのだ。
そして今度はボクサーの如く左で軽くジャブを数回放って距離を測りながら、右で渾身のパンチを放つ。
そしてトドメとばかりに刀の柄でゴイーン!! 幽霊さんの股間を引っ叩いて教会の鐘が鳴ったかのように音が洞窟内に響き渡っていく。
幽霊さんは俺のオーラで操っている。
だから幽霊さんが受けたダメージは俺に帰ってくるのだ。これには流石の俺も我慢できずに洞窟に悲鳴を響かせていた。
やっぱりシオンは恐ろしいと思う、もはや隠れて『小型母ちゃん』と呼んでやろうか?
胸も小型だし。
「ウッヒョオオオオオオオオ!? 股間がジーーーーーンってするーーーーー!? 母ちゃんにも引っ叩かれた事が無いのにい!?」
幽霊さんは俺のオーラで操っている。だからその痛覚は俺に繋がっている訳で、そしてどう言う訳か幽霊さんは俺の股間と繋がっている。
あまりの威力に俺は股間に両手を当てながら大学受験の合格発表で自分の受験番号を見つけられなかった学生の如く絶望の色を表情に浮かせてゴロゴロと地面を転げ回る。
そんな必死の形相を浮かばせていた俺にシオンは「はあ」とため息を吐いて悪態をつくのだ。
「アンタね……、まあ非常事態だから? 幽霊でも守ってくれた事は許す、寧ろありがとうなんだけどさ……」
「幽霊さんはシオンの命の恩人なんだよ!? なのにこの仕打ちは酷いんじゃない!?」
「それでも幽霊は女の子の肩に回すんじゃ無いっての!! そもそもさっきからアンタに付き従う幽霊がドンドン増えてるじゃん!!」
「幽霊さんは伸ばして良し、固めて良し、ハイタッチして良しの優れものなんだよ!? 俺にとっては大切な友達なんだからね!?」
「幽霊が友達って……根暗か」
俺はシオンが大切だから自分の身を犠牲にしてまで助けたのに、酷いじゃないか……。
そんな風に心の中で愚痴を零しつつ涙混じりにフーフーと股間と幽霊さんに交互に息を吹きかけて労っていた俺だったが、「アホくさ、人の気持ちに気付けっての」とシオンが良く分からない事を呟いていた。
そして彼女は俺の苦痛などどうでも良いと言わんばかりに話の内容を切り替えてくる。
「『ペイント』の習得はバッチリ済んでるのよね?」
「もち、俺の幽霊さんシールドは固定型と変化型のペイントの賜物だよ?」
『ペイント』、それはオーラを強化するための特別なアイテム。
オーラと言う概念を彩る人間の文明が生んだもの。
オーラは全ての人の体内にも内在するもので、その内在量が多いものを『オーラ使い』と呼び、ペイントを使ってオーラに特殊な効果を付与させる事が出来る人間は『ペイント使い』と分類される。
ペイントには基本色があり『放出型』と呼ばれるオーラを体外に押し出すもの、『固定型』と呼ばれる逆にオーラを体内に押し留めるものがある。
そしてその上位種として『変化型』と呼ばれるオーラに特殊な変化を齎すものが存在するのだ。
それ以外にも複数のペイントを使いこなしたり、一族の秘伝や突然変異の様にオリジナルのペイントも存在する。これらアイテムは世界における最弱種族の人間が他種族に対抗するために生み出されたもので、人間にしか作用しないのだ。
例外的に他種族との混血、つまりハーフやクオーターにも作用するらしいがそう言った人間は基本的にあまり見かけない。
混血は人間社会で忌み嫌われるから。
兎にも角にも戦闘に関わる人間は最低限オーラ使いであることが求められ、人間のトップクラスのオーラ使いともなれば自然とペイント使いがその席を独占しているわけだ。
俺もシオンも弱冠十歳にして『ペイント使い』と呼ばれる特殊な人間と言う事だ。
因みに母もペイント使いであり村には三人のペイント使いが存在する事になる、ペイント使いは世界人口で見ると1パーセントにも満たないらしく、俺の村は人口百名未満でそのペイント使いの比率は3パーセント以上となるわけで。
「連邦騎士団もビックリの化け物集落らしいんだよね、テヘペロ」
「ミロフラウスってば、ギャルピースなんてしながら誰と話してるの?」
シオンが俺に激しいツッコミを入れてくる。
ギャルと呼ばれる流行のファッションに敏感な人種がすると言う横むきのピースをしながら可愛く舌を出していた俺にシオンは真面目にやれと言って怒りを見せながらバン!! と俺の胸を叩いてくるのだ。
これは以前に何処かで聞いた『お笑い芸人』と言う職業の人間がすると言う『夫婦何とか』と言うものだろうか?
確か村に行商で来ていた商人がそう言う言葉があると言っていた筈と、モンスターも蔓延る洞窟の中で顎に手を添えてウンウンと唸り出す。
するとそんな俺の様子に少しは緊張感を持てとシオンが再び力を込めてツッコんで来るのだ。だけど俺は商人が口にした言葉を思い出すべく、うーんと唸りながら洞窟を進んでいく。
「あれえ? 確かこう言う関係を『夫婦』って言うんだよね?」
「え!? 夫婦って、……私とミロフラウスが夫婦って事?」
「そうそう、俺とシオンがやってるような事を夫婦って言うんだって行商のおっちゃんが言ってたんだ」
「え、……ええ!? で、でも私たちってまだ十歳で結婚とか出来る年齢じゃ無いんだよ!? そ、それでもミロフラウスがどうしてもって言うなら……、まあ婚約くらいはしても……良いけど……」
ん?
シオンが顔を真っ赤に染め上げてモジモジしながら人差し指をツンツンとさせている。
それにいつもの彼女らしからず言葉をはっきりと口にしないのだ。普段のシオンはハキハキとした様子で話すものだから、そのギャップで彼女の言葉をしっかりと聞き取れず俺も思わず首を傾げて「?」と怪訝な態度となってしまった。
「どうしたの? シオン、顔が真っ赤だけど風邪でも引いた?」
俺が不審に感じてキョトンとしながらシオンの顔を下から覗き込むと彼女はさらに顔を赤らめて俯いてしまった。
これはアレか? 本当にシオンは体調が悪いので無かろうか?
幼馴染の異変に俺は心配になり「大丈夫?」と問いかけるが当のシオンは「日頃の私のアプローチもまんざらでもなかったのね?」と良く分からないことを口を可愛く尖らせてブツブツと口走っていた。
ん? 『まんざら』でもない?
ここで俺はポンと手を叩いてふと思い出した事を呟いた。
「そうだ、思い出した。こう言うのを『夫婦漫才』って言うんだった」
「死ねええええええええ!!」
「はうわ!! ノーガードのゾウさんを殴らないでくれる!?」
激怒したシオンが俺の無防備な股間にフルスイングパンチを放ってきた。
それもご丁寧にシオンはオーラで拳を強化しているから殺人パンチに近い威力を誇っているのだ。
そんな制裁を受けては例えペイントで硬化させたとしても俺のゾウさんは太刀打ち出来ようはずがないのだ。
俺はムンクの叫びの如く洞窟の内部で騒ぎ散らす。
だがどうもそれがシオンのお気に召さなかったらしく彼女は「死ね、女の敵!!」と言いながら今度はサッカーボールキックを俺の股間を蹴り上げる。
「ウヒョオオオオオオ、ウヒョ、ウヒョ!!」
「煩いんじゃい!! 洞窟の中では静かにしなさいよね!!」
シオンのキックにピョンピョンと飛び跳ねながら痛みに悶え苦しんでいると、彼女はそんなの肛門にキックを放る。
「オッヒョーーーーーーー!? 俺、シオンに何かしましたか!?」
幸いにも周囲にはモンスターの姿が無かったから良かったものの。
シオンこそもう少し状況を考えてくれと不満を抱えながら俺は洞窟の奥に向かってピョンピョンと飛び跳ねながら進んでいく。
するとドカッと何かにぶつかった感触を覚えた。
飛び跳ねていた気付かなかったが、どうやら俺たちは知らない間に神様が祀られている場所まで来ていたらしい。
感触に気付いて俺がクルリと振り向くとそこには祠らしきものが建てられていたのだ。
そんな俺の様子に気付いたようでシオンも俺に追いつかんと早足で走り寄ってきた。
シオンはふと足を止めて口元に人差し指を当てながら古ぼけた祠をジッと観察して俺に話しかけてきた。
「これが……神様を祀った祠よね?」
「だと思う。確か薬草の採取場所の手前に祠があるって話だったけど、……これは?」
俺は祠に刻まれた紋章に気付いてそっと手を伸ばしてそれを優しく撫でた。その行動からシオンも俺と同じ感想を抱いた様で背後で「え?」と驚きの声を漏らしていた。
「……ドラゴンの……紋章?」
俺はポツリと呟き紋章に魅入り始めていた。
ドラゴン、それは世界序列第一位の種族。
第二位の竜人が崇める存在だ。世界に存在する種族は十種、翼を持つ種族が上位四位を占めていて、その力は絶大。
五位以下は全ての種族が同盟を結んで上位種族に対抗しているのが世界の図式となっている。
まあ、その関係がこれからも継続されるとは思えないけどね。
だが少なくとも、現在はこの図式で世界は数百年に渡って拮抗を保っている。
それぞれの種族が収める領地は絶妙なバランスの上で成り立っている。人間の領地にドラゴンもしくはその『彼』を崇める竜人の紋章がある。
ソレはつまり異常事態と言える。
俺は祠に刻まれた紋章を直に撫でた事で更なる危機感を覚えた。その紋章がどう考えても数百年以上前に掘られた代物では無いのだ。
紋章には角が残っており少なくとも十年以内の間に掘られたものと推測が立った。
俺は洞窟の管理が誰の手によるものかを瞬時に思い出して咄嗟に洞窟の先を強く睨み付けていた。
まさかと思いながらも紋章を刻んだ犯人があの人しか思い浮かばなのだから、俺の顔はひどく強張る。
そんな俺の異変にシオンも気付き俺に手を伸ばそうとするも、その異様なまでの空気に怯えたようにビクッと手を引っ込めるのだ。
「母ちゃんか?」
「おばさんがドラゴンに加担して何の得があるの?」
「もしくは竜人に? いや、脅されてると言う可能性も……」
「こんな片田舎の村で最強種族様がコソコソと何かをしてるなんてあり得るの?」
シオンの言葉に対する答えは『ノー』だ。
ドラゴンは最強種族故のそのプライドも恐ろしいものだと言う。そしてそんなドラゴンに従う竜人は主人の意向から足を踏み外さないと聞いている。
子供とは言え俺もシオンも世界の序列や拮抗は大人から聞いた昔話などを通じてすでに学んでおり、それくらいの推測は出せる。
だからこそ俺もシオンもブレずに同じ答えに辿り着いて、揃ったように同じ言葉を口にした。
「「そうせねばならない理由があった」」
母の教えの一つで答えが出ないのならば逆説的に物事を捉えてみよ、言うものがある。
そのヒントを元に俺たちは真なる答えの五合目に辿り着く。そして山頂を求めて互いの顔を見つめてコクリと首を縦に振った。
そして今更になって気付く事もある。
先ほど洞窟の奥を睨んだ際に気付いたのだ、この先には何か異様な雰囲気をヒシヒシと感じる。まるで生命力に溢れた何か、懐かしさを覚える澄んだ力が流れてくる。
懐かしいなどと下らないセンチメンタルを抱くものでは無いと俺は己に呆れてしまう。
そう感じ取った俺はスッと立ち上がって再び洞窟の奥を目指す事を決意した。
それは当初に抱いていた目的から逸脱したわけでは無いが、その動機が大きく変わったのだ。
俺もシオンももはや好奇心のみでこの先にあるものを見たい訳では無くなった。
俺の母が何を隠しているのかを知りたくなっていた。
俺たち二人はモンスターの出現に警戒しながらも早足の速度を上げて奥に進んでいくのだった。
シオンのブーツの音が不安そうな音を奏でながら洞窟の中に響き渡っていく。
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