ミロフラウス・ワースト
次話はかなりボリューミーになりそうなので、明日の投稿はありません。
1/15の更新を予定しています。
八十年前、俺ことミロフラウス・ワーストの初夏に遡る。
「ミロフラウス、『洞窟』にだけは入っちゃダメよ?」
「分かってるよ、行ってきまーーーーす!!」
親とはどんな時でも子供を心配するもので、俺はそんな母の忠告から半ば逃げるように家を出た。
俺は母に煩わしさを覚えるも、それは大人ぶりたい子供にありがちな至って普通の感情だ。決して親子関係が悪いわけではない。
寧ろ母との関係は良好で、俺自身も母を尊敬している。
母は村一番の薬師で観光地すらない片田舎ながら、故郷ミックレイスの村人全員から頼りにされている。
そんな母を俺は誇らしく思い、尊敬するのは至って自然な流れだと思う。
母の一日のルーティンは日の出と共に起床して二人分の朝食を作ることから始まる。
そして午前中に薬草の採取を済ませてお昼には帰宅して昼食の準備にかかり、午後は採取してきた薬草の下処理と村中へ薬の配達をこなす。
週末には纏めて薬草を卸用の薬に加工する。
子供ながら俺も薬の配達や加工を手伝ってはいるが、母は薬草の採取にだけは俺を連れて行ってくれない。母の忠告、「洞窟にだけは入ってはいけない」と言う言葉の意味はそこから来ているのだ。
つまり薬草は洞窟に生えている。
母が作り上げる薬は特殊は薬草を必要としており、それは特殊な環境下でないと棲息できない。村の周辺にその特殊な環境が母の言う『洞窟』のみ、と言うわけだ。
足が逸る。
俺は家を飛び出して草が生い茂る坂を駆け降りていた。ハアハアと息を荒げながら洞窟の前で待ち合わせをしていた幼馴染に向かって一直線に走って行った。
シオンは走り寄る俺に気付き両手を振って「おーい」と長い髪を振り撒きながら笑顔を向けてきた。
いつもの光景だ、村には同世代の子供がシオンしかいないから必然的に彼女が遊び相手になる。
シオンは可愛くて良い子だ、だが俺にとって最も幸運だったのは彼女が俺と同様に好奇心の塊だと言う事。
だから俺が洞窟に行こうと言った時もシオンはそんな俺を止めなかった。
寧ろ二つ返事で承諾してくれた。一般的な幼馴染の女の子は男の悪さを制止するものらしいが、寧ろシオンも洞窟の中がどうなっているかが気になっていたらしい。
洞窟は薬師の母以外が足を踏み入れてはならない、と言うのが村の決まりがある。
理由はその洞窟が村で崇める神を祀っているからだそうで。
だから洞窟に足を踏み入れるのは村長から認められた者のみ、それが薬師である母だと言うことだ。神様を祀っている事から母はその神様をお世話する巫女も兼任しているそうだ。
だがそんな理屈は子供の俺やシオンには理解出来るわけもない。
まさに神をも恐れぬ何とやらだ。
過去に出来心で足を踏み入れた他の子供もいたらしいが、それが露見して母からトラウマものの説教を受けたとか何とか。
それ以来ソイツは「ミロフラウスの母ちゃん、魔王よりも怖え」と寝言を漏らして、ついでに寝しょんべんが癖になったらしい。
俺の母ちゃん、怒ったら怖いからな……、と少しだけ顔を引き攣らせながら思い返す。
だが俺とシオンはそんな母に耐性を持ち得ているのだ。怒られた日の翌日の寝しょんべん一回だけで何とか済ます事が出来る。
ウチの村の肝試しは母ちゃんに怒られて寝しょんべんが何日続くか、になるほどに母は恐ろしい。
たが渡りに船だ、だからこそ彼女は俺にとって最高の相棒と言うわけだ。
「お待たせ、母ちゃんにバレないように来るのが大変でさ」
「おばさんは薬の加工?」
「うん、今週は街に売りに行く分もまとめて作るんだって言って張り切ってた」
母の薬は村の特産品で重要な収入源だ。
月に一度は大人の足で三日はかかる都会へ定期的に卸に行くから。母の薬は都会でも評判がとても良い。
それは俺にとってはやはり誇らしくもあり目標でもある。
だがあまりの評判の良さに都会の薬屋も母の薬の在庫がなくなると客からクレームを受けるようで、『必ず』月に一度は商品を卸してくれと大の大人が土下座しながら母に懇願していた事もあった。
つまり、今日の母はいつもよりもこなすべき仕事が多いと言う事だ。
俺とシオンはこのタイミングを狙っていたわけだ、母は家に缶詰状態、つまり洞窟の警戒が最も弱まる日が今日となる。
俺とシオンはニッと子供らしく笑い合い、互いに示し合わせたかのように洞窟に向かって視線を移す。
見た目は至って普通の洞窟なのに、どうして大人たちは頑なに入ることを止めるのか。
その謎を知る事が出来る、俺とシオンはそんなワクワクした気持ちで歩みを進め始めた。パチパチと足元の枝を踏み割りながら周囲に人の気配が無いかを警戒して歩き始めた。
ここで大人に見つかっては台無しだとばかりに抜き足差し足と慎重に進み、洞窟の前に止まってソッと洞窟に手を当てる。ひんやりとした気持ちの良い感触が手に残る。
内部から涼しくも懐かしい風が流れ出ており、外の初夏の蒸し暑さにも後押しされて俺はソッと足を踏み入れた。
そんな俺の後を追いかけようにシオンも俺に隣り合うように足を踏み入れる。
「ミロフラウス、オーラの訓練は順調?」
「大丈夫だよ。この日のために猛特訓してきたから。シオンは?」
俺は腰の自動小銃を手でポンと叩いてニヤリとシオンに笑いかける。
ふとそんなタイミングでシオンが驚いたような顔で洞窟の内部を凝視した。
すると俺もシオンの様子に反応して同じ方向に視線を移すと数体のモンスターがひょっこりと姿を表していた。
モンスターの群れ、一般人ならば身の危険を感じて慌てて逃げるだろうが俺とシオンは違う。
腰のホルダーから銃を素早く抜いてモンスターを攻撃した。
その銃口から光が解き放たれて何体かのモンスターを討伐する。そして仲間を倒されたと浮き足だった残りのモンスターに対してはシオンが腰に差している刀を抜刀してヒュンヒュンと光の斬撃を放って掃討を果たす。
俺とシオンは『オーラ』と呼ばれる戦闘の才能があったらしく、『今日の日のため』に特訓をして来たのだ。
オーラの才能は個人差があり、それが無いといくら努力しても大して強くはなれない。とは言え子供の頃からオーラを扱えるのは異常だそうで、その辺りは母も驚いていた。
俺はオーラを弾丸にして銃口から放ち、シオンは刀をオーラで伸ばしてモンスター攻撃したのだ。
「母ちゃんお墨付きの天才児、ミロフラウス・ワーストいざ参る」
「ミロフラウスってば!! 一緒に行こうよお!!」
正直に言えばモンスターと戦ったのは俺も初めてで、ここまでスムーズに倒せるとは思っていなかったからつい悦に浸りシオンの存在を忘れてしまった。クルクルと指で銃を回転させてからホルダーに銃を収める俺にシオンが不満を漏らしている。
何だよ、シオンだって「ふっ、またつまらぬものを」とか言って悦に浸ってたくせに。
この間も村に来た荒くれ者のハゲた冒険者が偉そうにするものだからと、高笑いしながら残り少ない髪を雑草のように切り落としていたでしょうが。
シオンも母ちゃんと同じで怒らせると怖いんだよね……、とまたしても顔を引き攣らせながら思い返す。
だが無駄な時間を使ってる場合では無い。
俺はふと冷静になって再び足を動かし始めて洞窟内部への歩みを再開する。そしてシオンも俺に隣り合って再び進み始める。
シオンはまだ見ぬ光景と体験にワクワクと胸を高鳴らせて、俺は一人でソワソワとしてつい『とある才能』を垂れ流しながら洞窟の中へと進んでいく。
「ミロフラウス、興奮すると周囲の幽霊を友達にする癖は……直した方が良いんじゃない?」
「オーラで強化すると盾になってくれたり色々と便利なんだよ」
俺の周囲を嬉しそうに飛び回る幽霊たちがシオンに向かって「よっ」と挨拶をしていた。
俺とシオンはバカ話に花を咲かせながら嬉々として歩いていくのだった。
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