Too Darkness 〜視界不良好〜
薄暗い廊下に足音が響く。
俺は俯きながらただひたすらに魔王の拠点、その長く続く廊下を歩いていた。悔しさに怒り、そして喜び。様々な感情が俺の心を掻きむしる。
悔しさは仲間を奪われた俺の非力さに、怒りはその仲間を奪った勇者のジジイに。そして喜び、これは……。
「クソ、勇者との出会いに俺は歓喜しているってのか?」
ジジイは俺を親友だと言ってくれた。
ふざけんな、どうして親友が敵味方に別れて戦わないといけないんだ。俺だってジジイを嫌いじゃない。寧ろクナクソ悪い魔王軍の連中と比べるまでもない。
俺は勇者のジジイが大好きだ。
俺だってアイツを親友みたいに感じている。だったら俺もこんな場所から一刻も早く飛び出してジジイと一緒に戦いたい。
純粋にそう思う。
悔しさで歯を食いしばり、食いしばったことで口から血が滴り落ちる。俺は抱えきれなくなった怒りを廊下の壁に向けた。拳で力一杯壁を殴った。
すると壁から破片がパラパラと舞い落ちる。
心が空虚だ、壁に八つ当たりしたって俺の心が晴れることはない。
そんな俺の様子をずっと見ていたのだろう、一人の女が不気味な笑みを浮かべながら俺に話しかけてきた。
「幹部のニ席ともあろう者がとんだ失態だったね」
「リリー……、今の俺は冗談を受け流す余裕がねえ」
リリー・モンロー、魔王軍の主席幹部にして自ら魔王に忠誠を誓った女だ。
腰まで滝の如く流れる美しい黒髪に真っ赤な瞳。180センチはある体躯から豊満な胸を覗かせる魔王軍随一の美貌の持ち主だ。
この女は魔王お抱えの伽衆でも筆頭であり、名実共に魔王の右腕。
そして最悪の性悪女だ。
ハッキリ言って俺はコイツが嫌いだ。気に入らないのはその目、美しい瞳に反して目の奥がドス黒く濁っている様に感じるのだ。
俺はリリーを強く睨み付けて目で拒絶を示した。
「上司を睨み返すなんていい度胸じゃないか」
「煩えよ。コッチは機嫌が悪いんだ」
「ジュピトリスの女王の奪取に失敗して幹部を二人も離反させて、八つ当たりは止めてくれないかい?」
リリーは廊下の壁にもたれ掛かって気怠そうに話しかけてきた。俺はコイツが何を考えているかが分からねえ。
そんな薄気味悪さもまたコイツを拒絶する理由の一つだ。
「……どうして今なんだよ?」
「なにがさ?」
「ジュピトリスの女王に呪いをかけたのは五十年も前の話じゃねえか。それが今になって急に攫って来いだなんて意味が分からねえ。不老の魔王様があの女の老化を吸い取ってるって説明は聞いた。死にたいから他人の老化を吸い上げてんだろ?」
「魔王様は純粋に戦姫を愛してるのさ」
「は?」
「愛してるからこそ可能な限り一緒にいたいと願っていらっしゃるのさ、不老の魔王様が戦姫の老化を吸収すれば二人に寿命なんてタイムリミットはない。チャンスなんていくらでもあるのさ。ま、呪いの反動のせいで魔王様は一時的とは言えかなり弱体化することになったけどね」
「まさか……」
「あの呪いはオーラ効率が恐ろしく悪くてねえ。魔王様は五十年前の呪いの行使に大半のオーラを消費したのさ。この五十年間は魔王様が力を取り戻すために休息だったわけだ。残念だったね」
俺は幼馴染を幽閉する魔王を心底恨んでいる。
だからいつだって殺したいと考えてきた。隙あらば寝首をかいてやろうと思ってきた。それでも魔王と名乗るだけあって強いから。その上、魔王の側には常にリリーが控えていたから暗殺なんて無理だと思ってきたのだ。
それがまさかこの五十年間、魔王がずっとハリボテだったとは……、リリーが言う『残念』とはそう言うことなのだろう。
俺はこの五十年間、復讐の好機を指を咥えて見逃してきたってことかよ。魔王は何処まで俺を舐め腐ってやがんだ。
「ミロフラウス、アンタの幼馴染は戦姫と同じで胸はぺったんこだけど器量はいい」
「……何が言いてえ?」
「魔王様の伽役にはピッタリと思わないかい?」
「リリー……!!」
「ふふふ、そう本気にしなさんな。アンタはジュピトリス侵攻から外れて貰う、代わりにサンクトぺテリオン方面に出張りな」
サンクトペテリオン連邦、雪原国家と称される人間の国家の一つだ。厳しい寒さと豪雪が敵の進行を拒むジュピトリスとはまた別の難攻不落の大国。
今はまだいい。だが本格的な冬に突入すればその寒さが天然の要塞と化してしまう。
今も魔王軍の下位幹部の一人が指揮官として出張っている筈だが、つまり俺は実質左遷と言う訳か。ふざけやがって。
リリーはそれを伝えるとポンと俺の肩に手を置いて高笑いと共に遠のいていった。俺は悔しさで気が狂いそうになり再び廊下の壁を拳で打ち付けるも、その悔しさは一向に晴れない。
俺は幼馴染の一人さえも守れないのか?
俺がそう言った考えに至ると『愛を頂戴して強くなる』と言う勇者の言葉を思い出してしまった。うっせえよ、俺だってテメエに教わらなくたって充分に理解している、それくらいは知っているんだ。
この俺も何時だって大切な人を想って戦っているから。だから俺は負けられないとずっと必死になって戦い抜いてきたのだ。ディアナにオリビア、そして俺の大切な幼馴染のシオン。
コイツらを想うと体に力が漲ってくる感覚を覚えるんだ。
だけど俺はいつも肝心なところで掴み損なう。
俺の手から大切な人がスルリと抜け落ちていく。
そんな感覚が頭から焼き付いて離れない。大切な人たちが次々と遠のいていくことに発狂しそうになった。だがそれでも俺は魔王の命令に背くわけにはいかないんだよ。
シオンを守るためには魔王のお気に入りでい続けねばならないんだ。
背中越しにリリーの舌舐めずりをする様子が手に取るように分かる。
父ちゃん、母ちゃん、すまねえ。
俺の両親は俺とシオンを守るために言葉通り命を懸けてくれた。
その二人に申し開きが立たねえ。俺はシオンは絶対に守ってみせると両親に誓ったんだ。子供の頃の誓いだが、それでも俺も両親と同じように命を賭けるつもりだった。
それが俺は命を賭けることすら許されないのか?
悔しさが俺の記憶をガサガサと揺り動かしていく。俺は幼き日の過ちを思い出していった。
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