Tear Drops 〜涙を置き去りにして〜
形勢が勇者様に傾き出した。
サターン山脈上空の戦闘は決着に向かって加速する。
敵戦力の片割れ翼人のオリビアは勇者様の顎クイ戦法でダウン、竜人のミロフラウスは勇者様の圧倒的な攻めになす術なく被弾し始めた。
そして遂にミロフラウスの膝が崩れていく。
勇者様の渾身の右拳が彼の顎を強打したのです。するとミロフラウスに異変が発生する、竜人故に竜の顔をしていたミロフラウスが突如人間の様な顔へと変貌を遂げていった。
そしてどう言う訳か翼も消え失せていた。
これには勇者様も驚いた様子を見せてピタリと手を止めた。そして僅かに息を吐きながら思ったことを口にしていった。
「ほお? 不思議なこともあるのですね、と言っても私も同じ様なものですか?」
「俺はドラゴンと他種族のハーフ、竜人じゃねえ。だから俺のスキルは全てドラゴンのもんだ。これは竜神化ってスキルでなー、まあドラゴンの最終バトルフォームみてえなもんだよ」
「私、つい最近この世界に来たものでそう言ったものにあまり詳しくないんですよ」
ドラゴン、それは世界序列第一位の種族。そして同時に竜人が祀る神でもある存在。
遥か昔、己の非力さに苦悩して激しい怒りさえ覚えた人間たちをドラゴンは憐れんだ。そしてドラゴンはそんな人間に己の力を分け与え、一方で恩恵を受けた一部の人間はドラゴンに深く感謝して神として崇め崇拝してきた。
この二種族間には不滅の主従関係が存在する。
しかしある時を境にドラゴンはこの世界から姿を消した。だから誰もがドラゴンは絶滅したと思っていたのですが、まさか血を受け継ぐ者がいて、しかもその者が魔王軍に降っていようとは思いもしませんでした。
「ま、いいけどよ」
ミロフラウスは眉を顰めて呆れた様子で首を横に振っていた。
同時に肩で息をして、全てを出し切った様子を見せる。奥の手のスキルも維持出来なくなったことからもそれが強く窺えると言うもの。
それでも侮ってはいけない。
それはミロフラウスの目を見れば一目瞭然、彼の目は死んでいない。ミロフラウスの目には強く輝きを放っているのです。
ミロフラウスは「はあ」と大きく息を吐いて、呼吸を整えると静かに己のことを打ち明けていった。
「俺にとって魔王の命令は絶対だ。俺は魔王のお気に入りじゃねえとダメなんだ」
「ふむ、しかしミロフラウスさんは男性ですよね? ディアナさんやオリビアさんの様に魔王を愛している訳ではないのでしょう?」
「……俺にだって守りてえモノくらいある」
「つまりミロフラウスさんは魔王さんとやらに大切な人を人質に取られていると?」
「ディアナとオリビアも俺にとっては仲間だ。胸糞悪い魔王軍の中で数少ない良い奴らだからな、だから絶対にテメエには渡さねえ」
「貴方にお二人を束縛する権利はない筈です」
「だな。まあ今回は言い訳出来ねえくらいの完敗だったしよー、素直に撤退するわ」
ミロフラウスは爽やかな笑みを浮かべて勇者様に笑いかけていた。
フラフラと足元がおぼつかない様子で立ち上がり、小さく跳躍すると翼を羽ばたかせることなく宙に浮いてクルリと振り返った。
そして勇者様に向けてなのか、それとも己に言い聞かせる為なのか。
ミロフラウスは背中越しに声を張り上げていた。
「一から鍛え直して強くなってくるわ。俺がテメエに挑戦するその時まで誰にも負けんじゃねえぞ!!」
「魔王さんにもですか?」
「ったりめえだ!!」
やはりミロフラウスは魔王の命令に絶対と言いながら、勇者様にはその魔王にも負けるなと言い残す。やはり彼はプライドを大切にするタイプの様です。純粋に悔しかったのでしょう、彼は背中を向けながらもキラリと光る涙を滴らせて飛び立とうとした。
するとそんな彼に掛けられる声がサターン山脈に響き渡った。
「ミロフラウス!!」
縋り付く様な声だった。
勇者様とミロフラウスは吸い込まれる様に咄嗟に振り返ると、そこにはディアナの姿があった。どうやらディアナはこの騒動に駆け付けていたらしい。
サターン山脈の山頂に一人ディアナが立っていた。
ミロフラウスの表情が強張りを見せて、悔しさが更に増していく。
先ほどの彼の言葉は偽りでは無かったのでしょう。
ミロフラウスは振り払うかの如く正面を向き直して、ディアナから視線を外した。そして震える声で叫んだ。
「ディアナ!! テメエは俺の敵だ、もう俺の妹分でも何でもねえんだから気安く声を掛けんじゃねえ!!」
「ミロフラウス!!」
「じゃあなジジイ、……ディアナとオリビアを泣かせたら俺は絶対にテメエを許さねえ」
ミロフラウスは大粒の涙を残して飛び去っていった。涙と風だけを置き去りにして。
ミロフラウスの姿は既に遥か遠くにあり、ディアナの伸ばした手が届く筈はない。ディアナは体を小刻みに震わせて、涙を流していた。
そしてディアナはその悔しさを撒き散らしながら地面に握りしめた拳を叩きつける。
「ディアナさん、どうしてミロフラウスさんは魔王に従っているのですか?」
勇者様は足場としていた葉っぱから大きく跳躍をしてディアナの側に着地した。涙を流すディアナの肩にソッと手を置いて、優しく声をかけたのです。
すると肝心のディアナは声を震わせながら勇者様に答えた。
「アイツは……魔王に大切な人を人質に取られているんだよ。確か幼馴染だって言ってた。悪い奴じゃねえんだ、それだけは断言出来る」
「ミロフラウスさんはディアナさんにとっても大切な人なんですね」
「アイツ、いい奴だからよ。魔王軍に入りたての頃、まだガキで弱っちかった俺をミロフラウスは見かねて鍛えてくれたんだ。優しくしてくれたんだよ!!」
勇者様は「そうですか」とだけディアナに返して、再びミロフラウスが飛び去った方角に視線を向けた。するとディアナは咄嗟に立ち上がって泣きながら勇者様に抱き着いていた。
そんなディアナを勇者様はあやす様に優しく抱きしめ返す。
こうしてザラつく後味を残して立て続けに起こった私の誘拐時件は解決することとなった。それと同時に強大な敵をさらに強大にするキッカケを与えてしまったのも事実。
悩みに種が増えたことを少しだけ憂う。
私は逞しい勇者様の腕に抱き上げられて王城へと帰還を果たすのだった。その後、大量の血を失って瀕死の状態だった私は帰還するなり手術室へと担ぎ込まれることのなったのです。
手術後、執刀医が外傷見当たらないのに血を失ったことについて問われたものに、私は答えることが出来ませんでした。
流石に一国の女王がロマンスグレーの色香に負けて鼻血を大量射出しただなんて口が裂けても言える訳がない。この件はオリビアと口裏を合わせて死ぬまで黙秘することを決意するのだった。
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