勇者、オーパーツで地球を救う
「実は私、アルテミスから愛を頂戴すると元の姿に戻れるのですよ。若返りは自在に出来るのに不思議な事もあるものです」
勇者様は全身で輝きを放ちながらミロフラウスにそう説明した。
勇者様の言葉に私は得心しました。
そう言えば私がディアナに誘拐された時、勇者様は私とキスをしたと言っていた。私を救出してくれた時の勇者様はロマンスグレーなお爺ちゃんの姿だった。
そして今回オリビアに誘拐された時、勇者様は若々しいイケメンの姿で駆けつけてくれた。
辻褄は合う。
そう、状況の辻褄だけは合うのです。
ここで問題となるのは勇者様が若々しいイケメンからロマンスグレーなお爺ちゃんに戻った動機。勇者様はミロフラウスに真正面から勝つ気なのでしょう。
つまり勇者様はロマンスグレーの方が現状では都合が良い、と言うことになる。
しかし、そんな理由をこの場の誰が知り得ようか。
特に相対するミロフラウスは不機嫌さを深めていく。彼は勇者様がわざわざ年老いてロマンスグレーになったことが納得いかないのでしょう。
張り詰めた空気が場を支配する。
ミロフラウスは勇者様の行動の意味を汲み取れず、怒りで表情を歪めながら見下す様に勇者様に話しかけてきた。
「ジジイになって逆にさっきよりも戦力ダウンじゃねえか。若い方が身体能力だって上なんじゃねえのか? 俺を舐めてんのか?」
「はっはっは。そう言わずに手合わせ願えませんか?」
勇者様は服を脱ぎ捨てて上半身裸となった。
その逞しい背筋が露わとなって、その背後で気絶する私とオリビアは大量に鼻血を噴射させてしまう。
私たち、勇者様のフェロモンで出血多量になる自信があります。
ああ、勇者様は本当に逞しい。私は今すぐにでもその逞しい体に顔を埋めたい。気絶しながらも私は勇者様が放つ絶対的なフェロモンに充てられて、そう願ってしまったのです。
勇者様はイケメンの時は女性の心をときめかせ、ロマンスグレーの時は女としての本能を擽ってくるのです。
ジュルリ。
私とオリビアはだらし無くも気を失った状態で涎を垂らしてしまった。
「……ジジイになったことには意味がある、そう言いてえんだな?」
「私はミロフラウスさんを敵だと認識しています。ですが同時に親友にも似た感覚を覚えているのですよ」
「ジジイを信じろってのか?」
「私、五代栄一と申します」
栄一様は優雅に会釈をすると「とうっ!!」と声を発して跳躍した。そして再び先ほどミロフラウスと拳を交えた葉っぱの土俵に飛び移る。
するとミロフラウスは無言、無表情のまま勇者様と同じ土俵の上に立った。そして二人は互いに構えを取って相手の隙を伺い始めた。
辺りは静寂を極め、そしてその静寂を破ったのは勇者様でした。
勇者様はディアナの時に見せた分身の術なる技を披露してミロフラウスを取り囲んでしまったのです。分身の数は十、その全てが一斉に標的に襲いかかった。
この技に対して初見だったミロフラウスは驚きで目を見開いて一瞬だけ体を硬直させた。
「まやかしか!? 実体は一つだけと見たね!!」
「はっはっは。昔、家内に結婚記念日のプレゼントを渡したくて紛争地域に傭兵の出稼ぎをしたことがありまして。その時に思い付いて適当にやったら出来ちゃったんですよねー。忍者のバイトをする時も面接で披露したら一発採用でした」
ですから勇者様は強すぎではありませんか?
「で!? コレがジジイになった理由とどう繋がるってんだよ!?」
「コレは理由ではありません。理由はもっとシンプルです、この姿の方が強いんですよ、私は。はっ!!」
「なっ、何いいいいいい!?」
勇者様の分身の一体がシンプルな飛び蹴りを繰り出した。
するとミロフラウスは信じられないと言わんばかりに驚きの表情を浮かべていた。そしてその蹴りをガードするも、威力に負けてミロフラウスは後方に押し切られた。
対する勇者様はと言えば着地するなり不敵な笑みを浮かべて挑発の言葉を口にした。
「こっちの体の方が身体的に強いんですよ」
「……ジジイになった方が強えだと?」
「ま、その代わりと言うべきかスキルは使えなくなりますけど。その理由は良く分かりませんがね」
「ふざけやがってええええええええ!!」
「はっはっはっは、もっと腰を入れないと私に蹴りを入れることは出来ませんよ?」
勇者様は腿に手を当ててバランスを取りながら上半身で右回りに大きく弧を描く。グルグルと回転しながら「はっはっは、これは一昔前に流行ったJ-Popの振り付けでしてなー」とミロフラウスの攻撃を笑い飛ばしていく。
勇者様の余裕の態度にミロフラウスは激しくプライドが傷付いたのでしょう。悔しさを露わにして更に攻め続けた。額に血管を浮き彫りにして、右拳を大きく振り抜いて、その勢いのまま左拳で裏拳。
トドメにさらに体を回転させて右脚で勇者様の腿を狙って下段蹴り。
魔王軍幹部を名乗る猛者の強力なコンビネーションはロマンスグレーに戻った勇者様の前で虚しく空を切っていった。そして勇者様は相変わらず余裕を見せつける。
勇者様はまたしても「これは数年前に流行ったJ-Popの振り付けでしてなー」と言って片足で飛び跳ねながら親指を立てて腕を後ろに振っているのです。
ダンスを披露する勇者様の動きはキレッキレなのです。
「カモンベイビー、ミロフラウスさん」
「うがああああああああ!! 俺の攻撃が一発も当たらねえええええええ!!」
「愛は人を強くする。昨晩もアルテミスが吐息を立てて就寝するベッドにコッソリと入ってラブエネルギーを貰いました」
え?
「あ、勿論アルテミスが起床する前に音を立てない様、細心の注意を払ってベッドを出ましたけどね。お爺ちゃんだから朝が早いのです」
ええええええええええええ!?
勇者様、貴方は私の承諾も得ずに何をやっていらっしゃるのですか!? 私はこれでも一応は女王なのですよ!?
いくら勇者様とてその様な狼藉を働けばジュピトリスの司法が黙っていませんよ……? そもそも私の寝室を守る衛兵は何をやっているのですか?
あ。
想像が付きました。
ハウザーと同じ様に満面の笑みで勇者様を胴上げする衛兵たちの姿が容易に想像できてしまう。そして私はベッドの中で勇者様に抱きしめられる光景を思い浮かべて再び鼻血を噴射した。
シクシク、私の女王としての威厳が崩れ去る音が聞こえてきました。
こうして私は人知れず瀕死の状態になるのだった。
「そんなくだらねえもんを根拠にテメエは俺よりも強いって言いたいのかよ!?」
「はっはっは。愛は地球を救うと言うではありませんか」
勇者様はニコニコと笑いながら怒り狂うミロフラウスの猛攻を避け続けていった。
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