ロマンスグレーはブレない
初めて見たかもしれない。
勇者様が女性と本気で拳を交えるところは私の記憶には有りません。ディアナたちを相手取った時も勇者様は一度も直接的な攻撃をすることは無かった。スカーレットに対しても彼の方は投げキッスと言う強力な飛び道具を使用した。
メティスの時も精々抱きしめたい程度。
つまり勇者様は男性と闘う時以外は人体への直接攻撃は避けて来られたのだ。
それは勇者様のお優しい性格が原因である事は間違いありません。
その勇者様がリリーを相手に全力で拳を振るう。
時折能力を駆使して防御を固めつつ、勇者様は猛攻を繰り返していくのみだった。遥か上空で勇者様とリリーの激しい格闘戦が展開される。
時折、ドカン!! とまるで大砲が直撃したの如く爆音が耳の鼓膜を揺さぶっては耳鳴りを起こす。それを見て思い出す。
勇者様とミロフラウスとの闘いがふと脳裏に浮かび上がって来るのです。
私は糸切れたジャンヌを腕に仕舞い込んで二人の衝突を見上げるしかありませんでした。するとそんな私の元に三つの足音が近づいて来る。
無論ディアナたちのそれです。
これまでシンシアの死体と闘っていたオリビア、そしてドワーフたちの死体の相手をしていたディアナは驚きを隠せないと言った表情で私の元に走り寄って来る。
彼女たちの相手は勇者様がフェロモンを撒き散らしたと同時にそれこそ本当のゾンビの如く一瞬で消滅してしまったのだ。それはジャンヌも例外では無く、私の目の前から笑顔のまま消滅してしまいました。それ故に彼女たちは手持ち無沙汰となって私の元に駆け寄って来る。
そして信じられないと言った表情を浮かべて私に声をかけて来た。私にも彼女たちの驚く理由がよく理解出来た。ですから逆に私の方が冷静になってディアナたちに対応しする事になったのです。
「アルテミス、こりゃあ一体何が起きたんだ!?」
「……勇者様のフェロモンが……死体を浄化した、とか?」
「……もはや何でもアリなフェロモンですね」
「アルテミスーーーーー、ウチ、鼻血が止まらないっすよーーーーーー」
「はいはい、スカーレットは仕方のない子です事」
この状況に流石のディアナとオリビアも勇者様のお力に呆れた様子を覗かせる。スカーレットは終始マイペースながら、それでもポカーンと口を大きく開けて呆けた状態となる。
私たち四人はただ勇者様の闘いを見守る他ありませんでした。
せっせとスカーレットが垂らす鼻血を拭きながら。
それでも勇者様とリリーは私たちの驚きなど関係無いとばかりに格闘戦を繰り広げるだけでした。二人は上空で舌戦を交えながらバシバシと火花を散らす。
「アンタ、怒ってんのかい?」
「はい、私自身もビックリです。自分の心の内にこんなにも熱情が眠っていようとは思いもしませんで」
「感心だよ、アンタは女に手を出せるタイプとは思わなかったからねえ」
「私が拳を振るう理由はアルテミスの笑顔を守るため。それを奪う輩は誰であろうと、性別など関係なく敵ですよ」
「そうかい、とは言っても私もアレは想定外だった。女王の捕縛くらいゾンビたちで事足りると思っていたから驚いたよ。……だったら私もそろそろ本気を出そうかねえ。半竜追尾弾!!」
「はっはっは、オーラ弾ですか。何時ぞやのミロフラウスさんと同じですねえ」
巨大なオーラ弾がリリーの手から放たれて回避行動を行う勇者様の後をグングンと追いかける。どうやらリリーのオーラ弾は追尾式らしく、どれほど勇者様が逃げ回ろうとその後を延々と追い回す。
言い換えるならば巣を襲われた蜂の如き動きでしょうか。
リリーのオーラ弾は縦横無尽に飛び回る勇者様を追い回して、追い込んでいく。つまり勇者様の前に術者本人であるリリーが待ち構えている訳で。
彼女は拳に半竜気を溜め込んで今か今かと勇者様の到着を勧化する様にその拳に反動を付けていました。そして遂に二人は激しい咆哮と共に激突を果たす。
「半竜激烈掌!!」
「エレファントテペス、我が前に出現せよ。その硬度を持って盾となりなさい!!」
勇者様が手を突き出すと無数の葉っぱが重なってリリーの攻撃を止めた。エレファントテペス、それは勇者様の世界ではかなり硬い葉を生い茂らせる植物だそうだ。そも形状は剣の様にシャープでまるで素直な子供の如く凛と伸びる。
力強さすら感じさせる緑色はオーラを纏わせたリリーの拳から勇者様を守ってみせた。植物たちは敵の拳を受けると役目を終えたかの様に粉々になって飛び散っていく。
それでも忘れてはならないのは後方な訳で。
勇者様の後ろから追尾式のオーラ弾が迫る。
勇者様は前方の防御を固めたが故に後ろを疎かにしてしまったのだ。あと数秒と言うところまでオーラ弾が勇者に迫る。その光景を目の当たりにして私たちは焦りから目が飛び出さんばかりに勇者様を凝視した。
その中で最初に声を上げたのはオリビアでした。
「勇者様!! 後ろをお忘れです!!」
「はっはっは、私はお爺ちゃんですからついつい忘れっぽくて。心配して頂いて感謝します」
「防御をお早く!!」
「私、あれだけ啖呵を切っておきながらやはり女性を傷付けることの躊躇ったんでしょうねえ。あそれ、前周り受身っと」
勇者様は掛け声と共に体を丸めて上空で回転をする。そしてご自身が出現させた葉っぱに向かって転がってその前方にいたリリーを飛び越えてしまったのだ。そしてリリーの背後に回ったかと思えば今後は間髪入れず彼女を羽交締めにしてしまう。
どうやら勇者様は最初からこれを狙っていたらしい。
やはりお優しい勇者様は如何に外道でも女性を攻撃したくなかった様で、リリーを彼女の放ったオーラ弾で自滅させたかったのでしょう。動きを止められたリリーはジタバタと抵抗する姿勢を見せながら勇者様に声を荒げていた。
と言うかリリーも然りげ無く凄いですね。
あれだけ勇者様と密着しながらそのフェロモンに全く反応しない辺りが彼女が抱く魔王への想いの深さを示しているのだと思う。リリーはシンシアとはまた違った狂気を覗かせているのだ。
「アンタは最初っからこれを狙ってたんだろう?」
「……貴女はそれを読んでいたと?」
「随分と怖い顔するじゃないかい。私がこの程度の攻撃を受けて慌てると本気で考えてたのなら少し詰めが甘いよ」
「はっはっは、ですがこの状態で何かが出来る訳でも無いでしょうに」
「そうやって余裕ぶれるのも今のうちって話さ、私はねえこうやって微妙に体を動かして反射する角度を調整してたんだよ!!」
「っ!? しまった、アルテミス!!」
ここで驚くべき事が起こった。
何とオーラ弾はリリーの体にぶつかるや否やピンボールの如く反射して向きを変えたのです。そして反射したオーラ弾は私たちのいる方向を目指して突き進んでくるのです。これには私たちだけでなくリリーを押さえ込む勇者様さえも驚いた表情を浮かばせていた。
ギョッと目を見開いて勇者様へ私の名前を叫んでいた。
リリーの真の能力、それはオーラ攻撃を反射する事だったのだ。
この異変にいち早く反応したのはディアナで咄嗟に私の手を引っ張ってくれました。彼女はオーラ弾に狙われた私たち四人の中で最も弱い私を庇ってくれた。当の私はあまりにも急な出来事で全身を硬直させてしまい、思考が追いつきませんでした。
気が付けばディアナの背中が目に映る。
ただその光景を見守るしか無くその光景はスローモーションに見え出した。だからでしょうか、その後に起こる更なる異変に気が付いたのは。オリビアもスカーレットもそれに気付くと「え?」と肩透かしを喰らったように声を漏らしていました。
ディアナは自分が盾になると覚悟していたからか、目を瞑り気付くのに一瞬だけ遅れたらしい。彼女の声が私たちにワンテンポ遅れて続く。
何とこっちに向かっていたオーラ弾が既のところで再び向きを変えて勇者様たちの元に踵を返す様に軌道を変えたのだ。そして勇者様は先ほどオーラ弾が反射した事に驚いた反動でリリーの拘束を解いてしまっていたのです。
そして私を守るためにと勇者様はこちらに向かって飛んでくる。
リリーは全てお見通しだったのでしょう。
私が狙われれば勇者様がその私を守るために躍起になると。
そして忘れていました。
彼女の放ったオーラ弾は追尾式だったのだ。
そうなれば如何に反射しても勇者様目がけて舞い戻って来ることなど容易に予測出来た訳で。リリーは計画通りと言わんばかりにニヤリとほくそ笑んで勇者様の後ろに回り込んでいました。
「アハハハハハハ、弱点があるヤツはコカしやすくて仕事が楽だねえ」
リリーは勝ち誇った顔でそう言い放って勇者様に後ろから軽く蹴りを入れた。勇者様は彼女の蹴りで空中でバランスを崩してしまう、そうなれば迫り来るオーラ弾への対処など出来る筈もない。
「栄一様!!」
気が付けば勇者様のお名前を呼んでいた。
自分に出来ることなどあろう筈もなくそうする事しか出来なかったのだ。ですがこの勇者様はやはりそんな私に心配無用とばかりに優しい微笑みを向けてくれた。またしても直視すれば失明しかねないほどの眩い光を放っていらっしゃった。
「何度でも言いましょう、私は貴女にもっと頼って欲しい。頼って貰うためには強くあらねばなりません」
私に向かってそう話しかけてくれた勇者様はついにオーラ弾と衝突してしまうのだった。
お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m
また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。




