The Chicken 〜絶対無力女王〜
いつかのメティスと同じ。
私をを覆っていた棺桶が音を立てて次々と四方に倒れていく。
この身を真っ白な布が幾重にも重なって巻き付かれていた。黒の棺桶は術者に戦闘装束を与えてくれる能力、まさかこれを纏ってジャンヌと闘うとは思い寄リませんでした。
思えばこの能力はジャンヌがメティスと出会って、そのメティスが私に手渡してくれたもの。改めて運命を感じてしまう。
ジャンヌは私が公務で王城から出かけた時に出会った女性だった。
それが気が付けば彼女は騎士団に入団を果たして、私が女王に戴冠した時に騎士団長ヘと抜擢する事になった。彼女には姓が無く、騎士団長となった時にファーストネームだけでは箔が無いと周囲に囁かれて私が与えたものだった。
ジャンヌは私の与えたものを何よりも喜んでくれた。
その時の彼女の笑顔は今でも私の宝物だ。
彼女の姓ド・ワーフはジャンヌ自身のドワーフのクオーターであった事に由来する。道具作りに特化したドワーフの血脈を持つ女性がペイント能力で生み出した道具になり得る能力。
これはやはり運命だと思う。
私がそれを身に纏ってジャンヌと闘うのだから。
「錫杖よ、我が求めに応じてショートソードに形状を変えよ!!」
私の命令で錫杖がシュルシュルと縮んでいく。
その錫杖に今度は布がスルスルと巻き付いていく、これで攻撃の準備が整いました。ようやくジャンヌと闘う準備が出来た。
「やあ!!」
無論それは心身共に、という意味で。
私は人生で初めて人に向かって真剣を振り抜く事になった。もはや「ヘニャヘニャ」と効果音すら聞こえてくるほどの情けない己の攻撃に自分自身を嫌悪するほどだ。しかし私は戦闘は専門外、やはり手元がおぼつかなくて何もかもが心許なかったらしく周囲から心配の声が散々に上がっていく。
うう、私だって頑張ってるんですよ?
「アルテミス!! んだよ、その屁っ放り腰はああ!! 俺はもう見てらんねえぜ……」
「ううう、これでも一応は王族の習いとして剣を振るったことくらいはあるのですよ? シクシク」
「アルテミス、アレから筋トレをサボっていましたね?」
「怖いです、オリビアの目が怖すぎます!!」
「アルテミスーーーーーーー、感覚で闘うっすよーーーーー!! 適当に闘えばそれなりに形になるっすーーーーーー!!」
「……獣人はアドバイスも適当なのですね?」
私の振り抜いた剣はジャンヌによって簡単に回避されてしまい、コンと言う可愛らしい音を上げて地面に到達した。そのあまりにも情けない姿に敵である筈のリリーすらもため息を吐く始末だった。
彼女は勇者様と対峙ながらも私に失望の眼差しと言葉を向けて来た。
「アンタ……それはマジかい?」
「うっ!!」
敵から向けられる視線でこれほど恥ずかしいものは無い。
私は恥ずかしさを通り越して心の中が羞恥心で満たされていく。そしてついに我慢出来ずボッと頭から湯気を立てて顔を真っ赤に染めてしまいました。
やっべー。
これはキツい。
「はあ……、アレだけイキがって私を許さないってほざいておいてそれとはねえ」
「うーん……意識の無いジャンヌにも呆れられた気がします。ですがジャンヌからこの能力の事はそれなりに聞いていたからそれを思い出して……」
「ロクに訓練すらせずに闘いに身を投じる辺りが甘ちゃんだって話かねえ?」
「えー……っと、布からオーラを射出するイメージで……って、きゃあああああああ!?」
「……へ?」
突如、全身に巻き付いた布からオーラが射出しだす。
するとそれが推進力へと変換を果たしてもの凄い勢いで対峙するジャンヌへと突込んでいってしまった。術者の筈の私もあまりに咄嗟の出来事で制御が効かず、グングンと前進していく。
こうなっては静止もままならないと私は決死の覚悟で剣を振り上げた。
どの道、ジャンヌを倒さなくては何も変わらないのだ。
私はこれ女王として数え切れないほどの騎士たちを戦場へと派兵した。それはその者たちに死ぬ覚悟を強要した事に他ならない。
彼らだって闘う事を生業と選んだのだから嫌々と言う訳では無いと思う、思いたい。ですがだからこそその決定をしてきた張本人として私が死を恐れては失礼と言うものだ。
だからこそ私は剣を抜く、振り上げる、そして剣を振り下ろすのだ。
そしそんな私の決意をいの一番に肯定してくれるのは何時だってあの方なのだ。
「はっはっは、アルテミスを甘く見ない事です」
勇者様は何時だって私の味方でいてくれるのです。
「勇者様はあんな小娘の何処を信じてるんだかねえ」
「無論全てです。私の愛しの人は何時だって全力です、自分の持てるものを出し惜しみせず愚直に突き進む。だからこそ私はアルテミスの邪魔をする貴女を全力で足止めしているのですよ?」
「……アンタ、愛さえあれば何も要らないって思うクチかい?」
「貴女は違うのですか?」
勇者様の言葉に涙を流してしまった。
私は改めて思う。
私がすべき事は勇者様に失望されない様に全力を注ぐ事。それこそがこの国のために繋がっていくと今ようやく確信出来ました。
とは言え私の剣などジャンヌにいとも簡単に回避されてしまいましたが。
ジャンヌはステップ一つで私の剣を華麗にかわす。
私は次の攻撃を繰り出すべくオーラの勢いを殺すべく振り下ろした剣を地面に突き刺して強引に動きを止めた。こう言う時にこそ普段の運動不足が祟ってくる訳で。
そのあまりの衝撃に私は情けない声を上げてしまう。
「きゃああああああああああ!! 腕が、腕が痛い!! とっても痛いのーーーーーー!!」
「俺あもう見てらんねんぜ……、おいスカーレット!! こっちは良いからテメエはアルテミスの援護に回ってくれや!!」
「了解っすーーーーーー」
腕がジンジンします。
勢いを殺すため地面に突き刺した剣を介して想像以上の衝撃が私の腕のしかかって来る。涙混じりに必死で静止する私は痛みのあまりドバドバと涙を流してしまった。
取り敢えず腕が痛いので後でフーフーと息を吹きかけて誤魔化しましょう。
それでも何とか静止して痛みを堪えながら振り向くと、そこには無表情のジャンヌがいた。
彼女は私に反撃すべく距離を詰める。そしてそのまま剣を振り上げるジャンヌだが、彼女は急ブレーキをかけてピタリと動きを止めた。
どうやらディアナの計らいで私の援護に回ってくれたスカーレットの狙撃に反応したらしい。あのままジャンヌに攻撃をされては私は一巻の終わりでした。やはり持つべきものは友達だった様です。
私は感極まって止めどなく涙をこぼしてしまった。
「うううううう、ディアナあああああああ。ありがとうございますううううう」
「バッカ野郎……、情けない声なんか出して油断すんじゃねえ!! それとお礼ならスカーレットに言いやがれ!!」
「スカーレットおおおおおおおおお。わだじ、感謝じでますうううううう」
「ウチがその人の動きを制限するから隙を見つけて仕留めるっすよーーーーーー」
とは言えこの能力は私が扱うには反動が大きすぎる。
私はたった一回の攻撃で腕が生まれたての羊の如くプルプルと痙攣を伴う犠牲を払ってしまった。剣を握ると思うように腕が上がらない。
一撃です。
後一撃でジャンヌを倒さねば私の体が保ちません。
ジャンヌの能力を使って闘うには私の体はあまりにも非力なのだ。そもそもこの能力はジャンヌが自身の血を配合したオリジナルペイント、本来は私が使うには危険な代物なのだ。
私は剣を引きずりながらその場から走り出した。
ジャンヌに捕まらない様に必死になって走り回った。
するとジャンヌはそんな私の動きを見て全力で追いかけて来る。当然ながらそうなれば簡単に追いつかれるのは明白、私は改めてジャンヌと自分の身体能力の差を思い知った。
あと一歩で私は捕まってしまう。
するとスカーレットの狙撃がジャンヌの動きを止めてくれるのだ。やはり闘いとは苦しいと感じる時にこそ仲間の有り難みを再確認する事になる。
スカーレットの狙撃は人間離れしたジャンヌの身のこなしを的確に制限していく。同時にジャンヌ自身も銃弾を喰らうまいと華麗なステップで狙撃から逃げる。
狙撃と回避が均衡を保っていた。
こうなれば何処かで楔となる一撃をジャンヌに打ち込む必要がある訳で。
「スカーレットおおおおおおお、ありがとうございますううううううう!!」
「アルテミスーーーーーーー、ウチの狙撃だと鎧を貫通出来ないからトドメは任せるっすよーーーーーー」
「そ、その様な大役を……私が?」
「テメエは今になってビビってんじゃねえよ!!」
「ディアナ? で、でもー……」
「アルテミス、テメエは何を指をツンツンさせてモジモジしてんだよ!? 情けねえ顔するんじゃねえって!!」
ディアナが鼻をピクピクと動かして呆れながら私を怒る。やはりその一撃を担当するのは私ですよね?
徐々にその自信が無くなってきました。
ですがここで引くなどやはりあり得ない。
私はディアナに叱咤されながら剣を構えた。するとスカーレットは狙撃を繰り返してジャンヌを追い込んでいく。死体故に意識が無いジャンヌは彼女の背後が岩場だとは気付いていない。
ジャンヌは着実に袋小路へと近付いていく。
彼女を倒すにはこのタイミングしかない。
そう直感して私は頬を叩いて気合いを入れ直す。
ギュッと剣を握りしめる手に力を込めると汗ばんでいくのが良く分かる。もはや後戻りなど出来ないのだと自分に言い聞かせて飛び出す決意を固めた。
そしてスカーレットの呼びかけを合図に私は再びジャンヌに斬りかかるべくオーラを射出して叫び声と共に飛び出していった。
「今っすよーーーーーー、アルテミスーーーーーー」
「あーーーーーーれーーーーーーーー!?」
「んだよ!! その情けねえ声はああああああああ、こっちの気が抜けるから止めろっての!!」
私の素っ頓狂な叫び声が背中越しの仲間によって突っ込まれてしまいました。
それがあまりにも情けなく思えて私は涙をドバドバとこぼしながらジャンヌに向かって突進していった。全身に纏う布から大量に射出されたオーラがジャンヌに向かって一直線に突進する私を全力で後押ししてくれる。
僅かに先ほどよりも突進の勢いが強く感じる。
そんな違和感を抱きながら私は最後の力を振り絞って剣を振り上げるのだった。
お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m
また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。




