リリー・モンロー
エーレが身振り手振りでドンドンと自白を進める。寧ろノリノリと言っても過言では無いほどに自発的にあれやこれやと口を滑らせる。
私たちが何か問いかけるでも無く人魚の少女は今回の連続襲撃事件の全容を語り出す。
エーレが言うには今回の目的は三つ有るのだそうだ。
一つ目は私の身柄確保。
これは最も分かり易い理由だった。既に二度も誘拐を経験した私には一切の違和感を覚えない理由だ。まあ、それを聞いた勇者様がまたしても怒りに燃え上がって周囲にフェロモンを撒き散らしたのは言うまでもありません。
二つ目はディアナとオリビアの始末。
エーレが言うにはミロフラウスのサンクトぺテリオンへの出向はディアナオリビアを誘き出す餌だったそうで。彼がその故郷を襲うとなれば何かしらの動きを見せるだろうと言う理由でエーレたちはその国境付近のハーシェルを目指したと言う。
因みにエーレの言い分では「スカーレットは魔王軍では何も考えていないおバカ扱いなのでここにいる事自体が想定外」だそうだ。
魔王はジュピトリスの王城にいればその内、情報が伝わるだろうと考えていたらしい。
裏切り者は即排除。
そう言った魔王の見切りの早い性格を垣間見る判断だ。
そして最後の三つ目、それは勇者様の確保だそうだ。
ミロフラウスをいとも簡単に撃退してみせた勇者様に魔王は脅威を感じてその排除即決したらしい。ですがその中に僅かに違和感を覚える事があった。
それは魔王が出した条件。
その条件とは『生死を問わず』だそうだ。
危険と判断したにも関わらず魔王は勇者様の生存を許容したと言う事になる。勇者様を危険視したのであれば生捕りにする理由が無い筈。
つまり勇者様を生捕りにしたらしたで魔王にメリットが有る、という事になるが私には一向に思い当たる節が見当たらなかったのです。寧ろ私を呪った魔王、その人物に敵を生かそうなどと言う慈悲があるものかとさえ思う訳で。
そう言った考えがキッカケとなって他の疑問も流れる様に思い浮かんでくる。
「確か魔王は女性の部下を強制的に惚れさせていると言う話でしたが」
「その通りです。でもシンシアにアザッス姉妹それとメティスなんかは好意を持つ程度にしか効力が出なかったらしいですよ?」
「何か理由があるのですか?」
「全員思い込みが激しいタイプですからねーー、好意はあるから命令には従いますってレベルだった筈ですよ?」
「テメエも同じ口じゃねえか……」
エーレの発言にディアナはボソリと嫌味を漏らす。
彼女が辟易とした様子でため息混じりにそう言うとエーレは即座に反応して子供らしく抗議をする。ポカポカとディアナを叩きながら次から次へとディアナへ反論が爆発する様だった。
「私の何処が思い込みが激しいって言うんですか!?」
「アルテミス信者じゃねえか、て言うかオタクか? ンな写真集なんかを戦場にまで後生大事に持ち歩きやがって」
「これは盗難防止です!! この写真集は全て初版なの!!」
「だから何だってんだよ……、コイツもめんどくせえ三十路だよ」
「キーーーーーーー!! この写真集は二度と手に入らないの、万が一無くしたら集めるのにジュピトリスの国家予算が軽く十年分は必要なんですよ!!」
マジで?
私の写真程度が国の運営資金十年分に匹敵するとなると、これまでの私の努力は何だったのでしょうか? 必死になって予算編成を繰り返して何とか国を運営して来た身としては頭を抱えてしまう事実です。
それは私がグラビアアイドルにでもなった方が国民は未来永劫幸せになれると言うとこでしょう?
「オタクってめんどくせえなあ」
「何よ!? ディアナの写真だって昨日販売された最新のアルテミス通信に付録で付いてたじゃないですか!?」
「あ!? 何だって!?」
「ほらあ、ここ!! 四人が山頂で女子会を楽しんだって記事になってるじゃないですかあ!!」
エーレがバンバンと手に取った週刊誌をディアナに突き付けた。
ですがちょっとお待ちください。
アルテミス通信って何ですか!? 王城の家臣たちは激務の合間を縫ってそんな物まで発行していたと知って思わず目を見開いて驚いてしまった。
ディアナに至ってはあまりの驚き振りに「寄越しやがれ!!」と血相を変えて週刊誌をエーレから奪い取ってしまった。そして冷や汗を垂らしながらその文面に目を通す。
彼女の後ろから同じく驚きを露わにしたオリビアもそれを覗き込んでいた。
肝心の私に至っては驚きすぎて口から泡を吐いて卒倒しかかってしまいました。
やっべー。
うちの家臣たちはやっべー奴らでした。
無事に魔王を討伐出来て王城に帰還を果たしたら絶対に今年のボーナスは支給しません!! お願いだから上司のプライベートで癒しを得るのは止めて欲しい。
そもそも往生勤めは決して楽な仕事では無いでしょうに。
自分たちのプライベートを犠牲にしてまでそんな事をする暇があるのかと家臣たちに呆れを抱きつつも思わず感心してしまいそうになる。
「……ほ、本当だ。俺の写真が付録になってるじゃねえか。おい、オリビアの事も記事になってんぞ?」
「私とアルテミスが隣り合って話し込んだ事まで事細かに記事にされてます……。この私がファンの間で空飛ぶボッタクリタクシーと呼ばれてるですってええええええ!?」
「……アルテミス、テメエのパジャマのメーカーまで掲載されてんぞ?」
「……え?」
「このメーカー、テメエのご用達だって理由で株価が高騰してんだってよ?」
おっふう。
家臣たちも命を削って何て情報を世の中に発信しているのですか!? これは絶対にクレームを言わねばなりません。しかし一体何処にクレームを言えば良いのでしょうか?
裏表紙を見ても発行元の連絡先が綺麗に削られている。
こんな手の込んだやり口する必要があるのかと呆れて空いた口が塞がらなくなってしまった。そもそも私をダシにして急成長を遂げたパジャマメーカーがちゃっかりとスポンサードを契約している。
……このメーカーには旅から戻ったら正式に抗議しましょう。
「はっはっは、この週刊誌は編集長のセンスが素晴らしいですねえ。ふむふむ、アルテミスの好物のパン、小麦粉は国内の専業農家が丹精込めて育てた強力粉とな」
会話の輪に勇者様までもが参加して来た。
ですからそんなマニアックな情報を誰が欲しがると言うのか声を大にしてハッキリと聞いてみたいものです。
……そんな事をすればエーレが事細かに説明を開始しそうだと咄嗟に気付き、何とか踏み留まるもやはり涙は滝の如く流れ出る訳で。
両隣では顔面蒼白となって全力で顔を引き攣らせるディアナとオリビア。目の前にはホクホクと私の情報を目にしてフェロモンを含有させた微笑みを絶え間なく垂れ流す勇者様。
少し距離を取って現状を全く把握出来ていないスカーレット。
スカーレットの普段と変わらぬ態度を見て何とか当初の目的を思い出す事が出来た。
魔王の部下の統制方法の実情、私はそれが知りたかったのだ。最初はディアナたち以外の魔王軍の幹部たちを魔王にとって言いなりの駒の様に考えていた。
しかしシンシアたちとの戦闘を踏まえてそうでは無いと思い至ったのだ。彼女たちにもしっかりとした自我があって命令の達成手段については一任されている。
それ私にはとても不安定な主従関係に思えてならなかったのです。
しかしそう言った私の疑問はすぐさま解決する事となった。私の視界に何の前触れもなくその答えが姿を現したからだ。
美しさと醜さ。
それは一見して真逆に見えてそうでは無いとその姿を見て素直にそう思えた。腰まで滝の如く流れる美しい黒髪の奥から真紅ながらもドス黒さを含んだ瞳を覗かせる長身の美女が私に向かって不穏な笑みを向けているのだ。
その目を見て私は直感でその正体に気付く。
そしてそれに気付いたのかその美女は愛嬌を振り撒きながら自己紹介の言葉を口にして来た。まさかまたしても立て続けに幹部の襲撃を受けるとは思いもよらず私は驚くことさえ忘れてしまいました。
「初めまして、ジュピトリスの女王アルテミス様。私はリリー・モンロー、魔王様の右腕を担う者」
この場にいる全員に一瞬で緊張が張り詰めるのだった。
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