Spartan Lesson 〜健康療法は変態と紙一重〜
祖母の民族衣装がバサバサと風でたなびく。
「エアリアルランサー」
祖母が俺を指差して風を操る。
すると風が竜巻となって轟音を撒き散らしながら俺に一直線に向かってくる。まるで主人にフリスビーを投げて貰った犬の如く風は何とも忠実に俺に襲い掛かる。俺は回避の一択しかなく、飛翔スキルで俺は紙一重で彼女の攻撃を躱した。
「スパルタじゃん」
「そうさ、アンタの母親もこうやって強くなったのさ」
俺はこの訓練が開始する時に祖母から一つだけ言われていた事があった。
「竜気は使用禁止だよ? アレを使ったら何の訓練だって話さ」
俺は祖母に風気の訓練を懇願した。
俺が竜気を操れば祖母をいとも簡単に倒せるだろう。だがそれでは本来の趣旨を得られない、つまり『訓練にならない』と言う訳だ。
訓練と言う名目に沿って俺に祖母に本気を出す事を禁じたわけだ。
そして祖母が俺に禁じた事はもう一つある。
「ペイントもダメってのは流石にキツいぜ」
「この孫は何を言ってんだい。何でもかんでも恩恵に頼るからいざって時に婆ちゃんに縋り付く羽目になるんだよ」
それには彼女なりの考えがあっての事で俺自身もそれは納得している。だからこそ黙って従っている訳だが、先ほども言った通りで彼女はとにかくスパルタなのだ。彼女は実の孫を風の楽園遥か上空に連れ出して、命懸けの戦闘をすると言い出した。
そしてやはり他の翼人と同様にスカートを基調とした民族衣装を纏った祖母が右手に矛を握りしめて俺に向ける。祖母は風気を操って変わらず俺を攻め立ててくるのだ。真っ赤な色のオーラ、あれを見てると俺は昔を思い出す。
母と同じ真っ赤なオーラ。
俺は懐かしさを感じながら祖母の姿に魅入ってしまう。すると俺の頭上に浮かんでいる祖母は矛を振う、振るった矛から風が放たれてカマイタチが発生したように俺を襲い掛かってくる。
「ウィンドカッター」
アレはヤバい、アレを喰らったら俺はハムの如く切り落とされてしまう。
当然ながら俺は回避行動を起こしてすぐ様追うように風が過ぎ去った後方を振り向いた。そして思わずゾクッと背筋を凍らせてしまったのだ。祖母の攻撃は俺を実の孫と本当に認識しているのかと疑ってしまう程に強力な切れ味を誇っていたから。
地上からの地響きが届く。
アレは祖母の放ったウィンドカッターが岩山を切断しながら進む音だろう。
祖母はその音に興味を示す事なく血糊でも払うかの如く矛を振るっていた。俺はその姿を視界に映して実感してしまったのだ、俺の家族は本当にスパルタだと。俺の両親は心の中に住いながらも訓練については特に口出しはして来なかった。
祖母もまた強くなるならば己で考えて、己なりに乗り越えて見せろと言いたいのだろう。だからどうしろとか、こうしてみろとは絶対に言ってはくれない。ただ実演を交えてアドバイスの様でいて、それでもとても遠回しな謎解きにも似た言葉を俺に送ってくるのだ。
「経験を如何に己の糧にするか、全てはそこに尽きるんだよ」
「死んだら経験もクソもねえだろうが」
「強い奴は最初から強いもんさね。何にもしなくたって勝手に強くなる、アンタのそれは甘えてんのさ」
祖母が堂々と胸を張って俺を見下してくる。
風気を習得したければまずはその恐ろしさを身をもって知れというのだろう。それは分かる、充分に理解出来る教育方針だ。俺もディアナやオリビア鍛える時は同じ様に接して来たのだから。
だが今はとにかく時間が惜しい。
一秒でも早く風気の極意を知りたくて俺は祖母の動きの一挙手一投足を逃すまいと考えた。その姿を逃すまいと目に力を込めて祖母観察し続けた。
やはり風が祖母の衣服をバサバサとたなびかせていた。
ふと一つの違和感に気付く。
祖母があまりにも堂々としているものだから俺はそれに全く気付く事が出来なかったのだ。そして気付いてしまえばいドン引きするしか無く、俺はピクピクと右目を痙攣させながら祖母に話しかけた。
「婆ちゃんよお……、一つ聞きてえんだけど?」
「なんだい、改まって」
「婆ちゃんってもしかして……パンツ履いてねえの?」
「? パンツってなんだい?」
祖母が年も考えずに俺の問いかけに可愛く首を傾げる。
婆ちゃんってパンツそのものを知らねえの!?
そう言えばオリビアもノーパン派だった。
え? ええええええええええええええええ!?
もしかしてアレってオリビアだけの話では無いと言う事か!? 現に俺の祖母は如何に俺が孫とは言え見られた事に恥ずかしがる素振りを見せない。
……でも母ちゃんはちゃんとパンツを履いていた筈だよな?
俺は鈍器で殴られた様に頭に痛みを抱えて訓練に挑む事となってしまった。頭を抱えたくとも今は祖母の凶悪な能力に身を晒すため落ち着いてそうすることも叶わない。
俺の鼻がピクピクと痙攣を始める。
そんな中でも祖母は一切手を緩める事なく能力で俺を攻め立てるのだ。祖母がバンバンと真空の刃やら槍やらを降り注いでくる。この人は本当に俺を孫だと思ってくれているのか?
そんな疑問さえ抱く状況下で俺は空を飛び回って攻撃を回避し続けた。
「くっそ、一度雲の下に逃げ込むか?」
「私の孫は根性無しだねえ」
「何とか風気で反撃しねえと、……あの時を思い出せ」
雲に隠れて俺は大きく旋回しながら空を飛ぶ。
目の前に雲をも突き抜ける岩山が目に入った、運良く身を隠せる場所を発見して俺は岩山に隠れながらジックリと祖母の観察を始めた。
「婆ちゃん、完全に俺を殺す気じゃねえか」
祖母は大声を張り上げながら動き回って俺を探す。
「ミロフラウス!! 逃げ回っても時間は待ってくれないんだよ!?」
「ううう、婆ちゃんってば俺の方にチラチラとケツを向けんなよ。……お尻丸出しやんけ、やり辛えんだよ!!」
羞恥心のない祖母に俺はドバドバと涙がこぼれ落ちてくる。
そう言えば翼人は男がいないと聞いた事がある。
もしかして異性と言う概念が存在しないからパンツも存在しないのでは無いだろうか。……あり得るな、俺は翼人の成り立ちを改めて思い返してそれに気付いてしまった。
そして祖母は俺の心を容赦無く抉りにかかる。
「婆ちゃんに欲情する変態の孫にはお仕置きしないとねえ!!」
「あの母ちゃんにしてこの婆ちゃんありかよ!! 頼むからデカい声で言わねえでくれって……」
そんな辱めも命あってこそのモノ。
まずは現状とこれまでの経験を整理をする必要がある。
俺は過去に一度だけ風気を使った記憶を辿り出した。
父を殺したあの時、俺は真っ赤なオーラを手に纏って父の胸を貫いた。その最悪の記憶を掘り起こしながら上空でキョロキョロと俺を探す祖母に視線を向けた。
上空は雲の下よりも風が強い。
祖母の周囲は殊更強風が吹き荒れて、まるで祖母自身が台風の目でもあるかの様に俺の目には映って見えた。そして祖母が激情に任せて怒鳴るたびに飛び交う風の速度が上昇する。
少なくとも俺にはそう見えた。
その光景を見ながら俺は一つの可能性を発見して、それを言葉に漏らす。漏らした言葉は風に乗って遥か遠くへと攫われていく。
「そうか……俺はとんでもない思い違いをしてたって事か」
「そこかい!? ミロフラウス、岩影に隠れてないで出ておいで!!」
俺の居場所が祖母に特定されてしまった。
祖母は迷う事なく振り返って俺の現在地を目で捉えては再三に渡って能力を放ってくる。そう言った極限状態が俺に気付きを与えてくれた。
風気の本質が如何なるモノか、祖母が手懐ける風の動きが俺を諭す。
「そう言う事か、……風気ってのは風を生み出すオーラじゃねえ。風を操るオーラだったって事かよ!!」
「ミロフラウス!! 婆ちゃんにアンタの本気を見せてみな!!」
俺と祖母が距離を取りつつ面と向き合った。
俺たちはまるで鏡越しの如く同じ姿勢、同じ動きを取って互いに手を突き出した。二人が突き出した手のひらから風が唸りを上げる。その唸りは俺たち二人の発した言葉を合図に勢いを付けて飛び出していった。
「「エアリアルランサー!!」」
俺と祖母が操る風の槍が俺たちの中間地点でぶつかっては周囲に爆音を奏でるのだった。
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