ミシェリー・ローレライ
翼人と言う種族の成り立ちはエルフや獣人と似ている。
人間の世界に一組の男女がいた。
男は下層階級出身者で女は貴族階級の出身者、二人の最初の関係は主従関係。貴族の当主である女の父に男は仕えていた。二人は身分差を超えて順調に愛を育んでいった。
そんなある日二人は女の父に結婚を申し出るも、父の出した答えは否だった。
それでも二人は諦めず何度も女の父に頭を下げ続け、女の父は男にその婚姻を認める代わりに一つだけ条件を突き付けてきた。
その条件とは戦争で武功を挙げる事、貴族の娘を差し出すに値するだけの男だと証明しろと言われたわけだ。
男はその身を案じた女の反対を押し切って父の条件を飲んで戦争に赴く。女はそんな男を想い毎夜ベッドを涙で濡らす日々を送る事となった。男の無事を祈り女は毎夜空を見上げては涙を流すのだ。
そんな時だった、女の前に一体のドラゴンだ現れたのは。
そのドラゴンこそ『暗黒竜ディアブロ』であり、太陽竜ラーと共にドラゴン族の双璧と呼ばれた存在だった。不気味な通り名とは裏腹に心優しいディアブロは女を不憫に感じて彼女に戦争に赴く力を与えたのだ。
それと同時に一つだけ条件を突き付けた。
その条件とは絶対に男を助けてはならない、と言うもの。
女は即決して首を縦に振るとドラゴンは彼女の背中に美しい翼を生やして与えた。そして一つだけ忠告をした。『もしも私との約束を破った場合はお前は一生涯、誰からも受け入れられない存在となる』とディアブロは忠告を添えた。
女はその忠告を受け取って翼で男が旅立った戦場へと一直線に飛んで行った。だがそこで見たものは敵軍に追い詰められて必死で命乞いをする男の姿だった。『俺には待ってくれている女性がいる、絶対に死ねない』と見苦しくも愛のために死を拒んでいたのだ。
女はその光景を目にして即座に決断する。
女は男を助けるためにディアブロから授かった力を行使してしまったのだ。その結果、男は急死に一生を得たが、女はディアブロの約束を破った事で与えられた翼を消せない体になってしまったのだ。
ドラゴンの力は素質のあるもの以外には毒でしかなく、耐性を持たぬ女はドラゴンの力に全身を侵食されてしまった訳だ。当然ながら女は父どころか家族からもバケモノ扱いされる事となる。
女は山岳地帯に逃げ込まざるを得なくなった。
ここで一つだけディアブロに見誤りが有り、助けられた男だけは女の愛を受け入れてしまったのだ。そして二人は山岳地帯で大勢の子供たちを産んで人間社会から隔離された状態で生活をする事を決意する。
二人が住んだ土地はいつしか『風の楽園』と呼ばれる様になり、二人の子孫らは『翼人』と称されるようになった。
これが翼人の始まりである。
そして俺たちの前にその子孫らを束ねる者がいる、その者こそ翼人の族長であり俺の祖母に当たる人。俺の祖母はこれまでに会った翼人の中でも際立った美貌と美声の持ち主だった。
それと同時に他者を寄せ付けない拒絶の雰囲気が漏れ出している。
そしてその人はおよそ孫へ向けるとは到底思えない視線を俺に向けて来た。正直な話、俺はそんな祖母が苦手だ。
何しろこの人は母とは違って、純粋に厳しい。母を飴と鞭の人とするならばこの人は鞭だけの人なのだ。
「時にアンタ、竜気は使い熟せてるのかい?」
祖母の言葉が俺の弱点を明確に抉って来る。俺は「はあ」と大きくため息を持って祖母の質問への返事とした。俺は父から能力を受け継いでから一度は完全に習得した。
それから何もかもを諦めて今は訓練をサボったツケを実感する毎日。
俺は学校の成績が思わしく無い事を報告する子供にでもなった気分でそれを祖母に打ち明ける。祖母はワザとらしいポリポリと頭を掻く俺の仕草に呆れたのか、ため息を吐きながら俺の言葉に耳を傾けていた。
「ああ、何だろね? 色々ありすぎて説明が難しいんだわ」
「……アンタ、まさか太陽竜様から頂いた才能を無駄遣いしてたんじゃ無いだろうねえ?」
「いやあ? つい最近、久々に本気で実践を経験出来て何とか思い出したから大丈夫だって」
「つまり最近まで忘れてたんだね?」
「う……」
「ジーーーーーーーー」
俺の祖母は翼人の族長である。
名はミシェリー・ローレライ、美しさが特徴の翼人の中でも特に絶世と噂される女性。年齢は本人に聞くと実の孫すら殺しかねない程に激怒するからそこは省略しておく。
いや、この人は怒らせると本当に怖いんですよ?
何でもその昔、デートに遅刻した爺ちゃんが瀕死の重傷を負うほどの折檻を受けたとか何とか。結婚記念日をうっかり忘れた爺ちゃんをサンドバッグに夜通し殴り続けたとか。
あの母にしてこの祖母ありとはこの事だと思う。
だが俺が祖母に会話の席を望んだ理由はただ一つ。
勇者のジジイと会う前に今のうちにもう一つだけ手に入れたい力があったからだ。
今の時点でも全盛期の力は取り戻した。それでも俺には一つだけ懸念要素があったのだ。それは魔王ことジルドレ・テュラムの固有能力、つまり突然変異としてアイツが誇るオーラ吸収の能力。
アレにはどんな強力な力も無効化される。
だから俺は敢えて祖母に会いに来た。
俺は両親と魔王が繰り広げたあの決闘を間近で見たから。アソコから俺は魔王を倒すための糸口に目星を付けていた訳だ。
その事に気付いたのはつい最近。
これまで幾度となく気付けるチャンスはあった筈なのに、そこに気付けなかったのは俺のやる気が原因だと思う。つまり俺は勇者のジジイに出会って、アンリ伯爵たちに背中を押して貰えるまではシオンを救けると言う目的も心の中で諦めていた訳だ。
祖母の視線がただただ痛い。
そう言った俺の本音を炙り出して祖母は俺にジト目を向けてくる。別に責めている訳では無いのだろうが、出来の悪い孫を諭すためこの人は無言で圧をかけているのだろう。
ここは翼人の本拠地・風の楽園、その族長専用の館。
俺と祖母は座り込んで顔を突き合わせている。
穏やかな風が吹き込んでくるこの場所で俺はそんな祖母の反応を振り払って頭を下げた。今度こそは絶対に魔王を倒す、そのためには父の能力だけではなく母が残してくれた能力も必要だと訴えかけた。
プライドなんて要らない。
今度こそは本気で大切なものを守るため床に頭を擦り付けて必死になって懇願した。
「婆ちゃん、頼む。俺はただこの手で魔王を倒してえんだ。だから頼むよ、婆ちゃん風気の手ほどきを受けてえ」
「魔王ねえ、私ら翼人もその傘下に居るって忘れてないかい? 本当に忘れっぽい子だよ、この子は」
「そこを曲げて頼む」
「……アンタ、本当に魔王を倒すためだけかい?」
祖母からの核心を突く問いかけがナイフの如く鋭利さを発揮して俺に突き刺さる。
「順番的に魔王の前に前哨戦を挟む形にはなるけど、それは関係ねえ。風気が欲しい理由は魔王を倒すことのみ、それだけだ」
「孫ってのは厄介だねえ、種族のためにと必死になって割り切った私の損得勘定もお構いなしだよ」
「俺が魔王を倒したらそれも解決されるだろうよ」
「その根拠は何処にあるってんだい?」
「俺は婆ちゃんの孫だぜ?」
祖母はドッと疲れが込み上げた表情を浮かばせていた。先ほどの俺以上に強く頭を掻きながら盛大に悩んだ様子を見せる祖母は何処か母の面影を感じるものだった。
「私に族長の肩書を捨てて今更孫煩悩の婆ちゃんにでもなれってのかい?」
祖母からこぼれ落ちた愚痴が事の重要さを示す。
俺の頼みは祖母に場合によっては翼人の命を全て差し出せと言っている様なものだ。この愚痴は祖母の立場を考えれば当然の想いだと思う。俺はただひたすらに床に頭を擦り付けて無言のまま頼み込んだ。
俺と祖母の時間は当たり前のようにピタリと止まる。
そんな中で祖母は無言となるも、小さくため息を吐いて再び時間の歯車を動かしてくれた。「どっこいしょ」と祖母が漏らした声が俺の耳に届く。
どうやら俺の祖母は重い腰を上げる決心をしてくれた様で、俺が顔を上げるとその俺を見下しながら言葉を投げかけて来た。
「ミロフラウス、アンタはここで『弱く』なっていきな。婆ちゃんがとっておきを教えてやるから安心おし」
「弱くなる?」
祖母からの想定外の提案。
祖母は俺に『弱くなれ』と言う。
どうやら風気は考えていたよりも更に奥が深いらしく、祖母は実践形式で俺にそれを伝えてくれる様だ。
有難い。
血の繋がりと言う抽象的なものに縋る事を選択した俺に祖母もまた愛情で答えを返してくれたのだから。
俺はふと思う。
父の力の力だけでは不充分、だから母の力にも頼れと言われたようで俺の父はどこまでいっても母の尻に敷かれるのだなと思わず吹いてしまった。
心の中で母が肩を落とす父を励ます。
そして俺の目の前で祖母はクルリと振り返って、そのまま館を出ようと歩きだす。そして「着いてきな」と呟きながら俺の肩に手を置いてきた。
祖母の手もまた暖かい。
久しぶりに顔を突き合わせた祖母が纏う風に心地よさを感じながら俺はその背中に黙って着いて行った。
「私がアンタに風気の真髄を叩き込んでやるよ。覚悟おし、生きてる事が嫌んなるくらい追い込んでやるから」
美しき祖母は「キヒヒ」と魔女彷彿とさせる笑い声を漏らす。その姿に俺は頼る人物を間違えたのでは? と微かに後悔を感じてしまうのだった。
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