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勇者、プレミアものでファンを一本釣り

 勇者様が私にニコニコと笑みを向けてくる。


 とても待ち遠しいと言ったご様子で勇者様は上半身を高速で横に振っていた。それは私が勇者様たちに子供の頃に話をした事が端を発していました。



 完結に言えば勇者様が子供時代の私の写真をご所望されたのです。



 勇者様が言うには「子供時代のアルテミスはさぞや天使の如く可愛らしいのでしょうねえ」だそうで。実は私は子供時代の写真を一枚だけ肌身離さず持ち歩いている。


 それは父と一緒に撮った唯一の写真。


 この世界で写真が誕生したのは約六十年前、つまり私が十歳の時。それ故に当時まだ試験段階だった写真を王族と言う立場で試験撮影をした。


 それが今となっては唯一残る父との思い出でもある訳で。


 だからこそその写真は肌身離さず持ち歩いていた。それがまさかこの様な恥ずかしい形でお披露目する事になろうとは思いもしなかった訳で。


 エーレに至っては拘束されたまま無理な姿勢のまま必死になって写真を見ようとしている。下半身が魚故にピョンピョンと飛び跳ねてもがく彼女の姿は本当に陸に釣り上げられた魚の如くと言った感じがします。



 そもそも彼女は動き回って大丈夫なのでしょうか?



 ディアナ曰く「解毒は済んだけど安静にしてな」だそうで。

 彼女はそんな治療のスペシャリストの助言に聞く耳すら持たずに元気に飛び跳ねている。エーレはいつの間にか私たちに溶け込んでしまっている。


 あの娘も意外と世渡りが上手だな、と私は小さくため息をこぼす。



「エーレ、貴女は一度王城で取り調べを受けて貰います」

「いーーーーやーーーーでーーーーすーーーー!! 私は女王様と一緒に旅がしたいですーーーーーーー!! それからそれからーーー、一緒のお布団で寝るのーーーーー!!」



 今度はゴロゴロと転がり出して駄々を捏ねる。

 エーレは縄でぐるぐる巻きにされながらも、これまた器用に私を中心にして綺麗に円を描いて転げ回っていた。エーレの動きが恐ろしく速い、それも水中をテリトリーとする人魚マーメイドとは到底思えないほどに速い。


 何と言うべきか、エーレは見た目の幼さそのままに我儘を言って騒ぎ散らす。


 そんな彼女の態度に私が困っていると、ディアナとオリビアが仁王立ちのままエーレを睨み付けていた。そうなればエーレも蛇に睨まれたカエルも同然な訳で。



 彼女はドバドバと汗を掻きながらピタリと動かなくなってしまったのです。エーレはそのままストンと地べたに座り込んでしまった。



 アダルト組二人が駄々を捏ねるエーレに説教を始めた。



「エーレ、テメエは自分の立場ってもんを理解してんのか?」

「貴女は魔王に言われてここで私たちを待ち伏せしていた、そうですね?」

「ま、魔王様がシンシアに命じて私は捨て駒にされたって事でもういいでしょう!?」

「いい訳がありません。とにかく洗いざらい……ディアナは何をしてるのですか?」

「コイツ、財布持ってやがった。もーらいっと」

「あああああああ!! それは私のなけなしの全財産!!」

「おら、代わりにコイツをやるからよ」

「え? 何をくれるの?」

「すかしっぺ」

「おええええええええ!! くっせ、本当にくっせええええええ!!」



 ディアナが至極自然流れでエーレからカツアゲをしている。流石は不良、その手慣れた手つきに私は心の中で泣いていた。


 ディアナ、子供からカツアゲはダメです。


 それは大人としてダメです。


 そもそも貴女は美人なのだからすかしっぺなんてもっての外です。エーレはまるで猫★



「ふう、二人ともイジメてはダメですよ?」

「アルテミス、テメエはもっと怒れって。怒っていいだけの事を俺たちはされたんだぜ?」

「王城を出る時にハウザーから貰った通信機で電報を打ちました。半日もすればハーシェルから騎士団が到着してエーレは身柄を拘束されるでしょう」

「しかしアルテミス、恨み辛みはともかくとして尋問だけはしておかねばなりません」

「オリビア、それこそ騎士団に任せましょう。彼らにとっては尋問などお手のものですから」



 尋問は専門家に任せた方がいい。


 アレはされる側もする側も、どちらにも精神的に負担が大きい。

 ディアナたちはどうか分かりませんが、私には勇者様が尋問向きの性格とはとても思えないのです。勇者様はとにかくお優しいから、一度でも言葉を交わしたエーレに証言を強要出来るとは思えない。



 それでもそう言った私の考えを容易に乗り越えてくるのが勇者様な訳で。



 私たちの気付かない間に勇者様は尋問相手の近くまで歩み寄っていた。そしていつもの如くとろけんばかりの微笑みを撒き散らしてエーレに問いただす。


 エーレは自分では気付いていませんが、既に勇者様のフェロモンによって攻略されているのだった。斯く言う私もすっかり忘れていたのだ。



 あ、エーレの鼻から一筋の血がツーッと滴り落ちるのが目に入ってしまった。



「エーレちゃん、お爺ちゃんと取引しませんか?」



 おっふう。


 今度はまるで春の陽気の様な暖かな風が勇者様を中心に吹き荒れ始めた。勇者様の絶対無敵なフェロモンはもはや何でもアリだと思い知らされる想いです。


 地べたに座り込むエーレと視線の高さを同じくして勇者様はその少女から情報を聞き出していく。



「……取引ですか?」

「そう、取引です。例えばこの今入手したてホッカホカのアルテミスの子供時代の写真など見たくはありませんかー? はっはっは、私など一目見ただけで心拍数が爆上がりです」



 ……私の写真が早速世の中に流通してしまいました。



「ゴクリ、……それは一ファンとしては喉から手が出るほど欲しいもの……」

「流石にアルテミスの宝物ですから差し上げる訳にはいきませんが、……見てみたくはありませんか? はっはっは、あどけなさの残るアルテミスは正に天使。いや、アルテミスは既に女神、うーん。上手く表現できませんねえ」



 勇者様は頭を抱えながらメトロノームの如く高速で左右に上半身を振り出した。その余の速さにヒュンヒュンと風切り音が聞こえてくる。


 もはや……、違いますね。


 勇者様は出会った頃から人間離れした仕草で周囲の人間を驚かせてこられた方。その動きにディアナとオリビアにスカーレットはそれぞれに驚いた様子を見せる。



 しかし肝心のエーレは違いました。



 彼女は勇者様の言葉に賛同する形で高速の動きで相槌を打っていた。そして自らの目の前に振り下げられた人参の価値を理解して言葉を返す。



 まあ、当の本人である私がその人参の価値を理解出来ないのですが。



「お爺ちゃんの言いたことは良く分かります、その写真がオークションに出回れば王族クラスの生活レベルで一生遊んで暮らせる金額で落札される筈です」

「はっはっは、エーレちゃんなら分かってくれると思っていました」

「その写真の価値、正に神レベル……です」

「ではではエーレちゃん?」

「知っている事を全てを洗いざらいお話します」



 ……マジで?


 自分の写真を餌に魔王軍の幹部が尋問を受け入れてしまった。エーレが見た目通りに可愛らしくペコリと勇者様に会釈をして「だから報酬の方を……」と言って念を押している。このやり取りに一番驚いたのは言うまでもなく私自身な訳で。



 私が遠巻きに顔を引き攣らせているとディアナがその私に口パクで何かを話しかけてくる。オリビアもまたアイコンタクトで私に意思の創通を図ろうとしていた。



 二人が私に伝えたかった事、それは『騎士団に任せるんじゃなかったのか?』だった。



 二人とも、お願いですから私に聞かないで下さい。

 おそらくこのやり取りは私の写真だけでは無く、勇者様のフェロモンも合わさって初めて成立した事。私はそれを思い知って泣きながらガクリと肩を落としてしまった。



 こうしてその場に正座に座り直したエーレはその宣言通り、事細かに彼女の知り得る情報を口にするのだった。




 ハーシェルの騎士団の皆さん、無駄足を運ばせて本当にすみません。

お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m


また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。

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