Intertwined Memories 〜因縁〜
子供の頃、ハーシェルの街付近で出会った男性は不思議な衣服を着込んでいた。
全身に真っ白な衣服を着込んで頭にはこれまた真っ白な四角い帽子を乗せる。そして腰にはエプロン、足には木をくり抜いた履き物を履いていた姿は今でもハッキリと覚えている。
一見して料理人の風貌に見えるも、それでも決してジュピトリスでは見かけないスタイル。寧ろ他国を含めたとしても見かけないだろう出立だったと思う。
男性は包丁らしきものを握りしめて力尽きる様に私と父が乗り込む馬車の前でドサリと音を立てて倒れ込んだ。薄く細長く、刃の反りも少なくその場にいた誰もが初めて見る包丁らしく形状の刃物。
子供の頃の私にはそれがとても綺麗な宝物に思えた。
何よりも持ち主がとても大切にしているものだから特にそう感じたのだと思う。男性は旅路を急ぐ父と私に王城から着いて来た護衛の一人に支えられてやっとの思いで体を地面から起こす。
どうやら男性は背中に傷を負っていたらしくそれなりの量の血を滴らせ、衰弱しきっていた様子で肩で息をしていた。
何かを喋るだけでも一苦労、その様子は当時まだ子供だった私からしても明らかだった。それでも護衛たちは彼に何があったかを問いただす。
護衛としてはその男性の具合よりも主人である父王や私の身を案じる方が最優先だったのだと思う。それ故に彼らは何とかその男性から話を聞こうと必死な様子だった。
盗賊や野盗に襲われたのか?
それともハーシェルの街で強盗が出たのか?
護衛たちは力無く項垂れる男性の肩を揺すって話を聞き出していった。聞き出すと言うよりも尋問に近いかもしれない。そんな護衛たちの様子を一歩離れて見ていた父王は流石にマズいと感じたらしく、護衛たちに注意を促した。
「待て、怪我人に無理をさせるな。先ずは治療を優先させるのだ」
「ですが……」
護衛の騎士は渋々と言った様子で簡潔に「は」とだけ返事を返して一歩下がる。
反対に父は数歩前に出てから跪いて男性に話しかけた。無理をさせるでも無く、それでしっかりとした声で話しかけた。
「何か事件にでも巻き込まれたのかな? 見たところ其方はジュピトリスの者では無いようだ、何処から来たのか。教えてくれまいか?」
「……ニホン」
「ニホン? はて、聞き覚えのない地名だな。ここに居ると言う事はサンクトペテリオンから来たのだろうか?」
「ニホンってのは国、俺はキョウトのイタマエだ」
父は聞き覚えの無い地名と単語に首を傾げた。
その父の反応を見て男性もまた表情を変える。まるで何かに絶望したかの様な、世界で自分だけ一人ぼっちになった様な。不安と恐怖を塗りたぐった様な顔つきになっていた。
男性は衰弱しきった体に鞭を打って身振り手振りで必死に彼自身の説明を始めた。
「だからニホンと言う国があるんだ!! がっ、があ。……俺はキョウトのリョウテイで料理人を……毎日修行のために……ぐう! っはあ、……それが気が付いたらここにいたんだ!!」
「……陛下、この男、嘘を言っている様には見えませんが……」
「しかし耳にする単語全てが聞き覚えがない以上は話に確証が持てん。さて、どうしたものか」
「ここは一体何処なんだ!? いってえ……」
「陛下の御前で大声を上げるな。それにあまり大声を上げると傷にも触るぞ?」
父と数人の護衛は男性の対応に困っている様だった。
馬車から出てヒョッコリとその現場を覗き込む私に一人の護衛が近づいてくる。「殿下は馬車の中にお戻り下さい」とその護衛に促されて私は「はい」とだけ返事を返す。
護衛の声は決して大きな声では無かった。
寧ろ控え目だったと思う。
それでも私の声は父にも聞こえていた様で、その父は私に気付くと護衛と同じ様に「アルテミス、良い子だから馬車にお戻り」と声をかけてくれた。父はいつも通り優しく私を諭す。
それでも私の中で何かが引っかかっていた。
まるで解けないパズルの答えが目の前にある様な、そんな違和感を感じていたのだ。ですが子供の私にはその違和感を言葉にすることが難しく、私は「悲しそうな目」とだけ男性に言葉を残してやはり言われた通りに馬車に戻ろうと踵を返した。
するとそんな私を背中越しで声をかける者がいた。
先ほどから父と対話していた男性だ。
男性は私の姿を見るなり大声を張り上げ出した。
まるで何かに取り憑かれたかの如く発狂して目は焦点を定めておらず、ただひたすらに何かを叫び出す。男性の豹変ぶりに護衛の数人が慌てて取り押さえにかかった。父は別の護衛に守られながらその場を離れる。
一体どうしたのかと、男性の変化に僅かに驚いている様だった。
その場の全員の意識が騒ぎ散らす男性に集中していく。
それでも男性は大声で何かを主張し続けていた。
「……ツネコ? ……お前、ツネコか!? もしかして俺を追いかけて来てくれたのか!?」
「貴様、アルテミス王女殿下に無礼だぞ!! いい加減騒ぐのを止めんか、止めんと斬り捨てる!!」
「くっ、この男、衰弱していた割には力が強い!! それに刃物も所持してるから手加減が出来ん!!」
「そんなナリをしてたって俺には分かる、お前は絶対にツネコだ!! こんな俺の心を分かってくれたのはお前だけだったじゃないか……俺は運がいい!! 何でこんなところに居るかは分からないが、またお前と出会えたんだ!!」
「お、おい!! 大人しくしろ……、おい!! そっちに行ったぞ!!」
ニホン、キョウトそしてイタマエ。
初めて耳にする言葉に頭の整理が追い付かない。
そう言った混乱の中で更なる混乱は生まれるものらしく、男性は狂気にも似た表情を貼り付けて私に向かって一直線に走り寄ってくる。私はと言えば護衛の一人に避難を促されてその背中に押し込まれた。
長く無造作に伸びた男性の黒髪がその表情を覆い尽くすから顔立ちはしっかりとは確認出来ない。それでもその奥からは見えない何かに飢えた目が私を覗き込む。ギラリと目からドス黒い光を放っていた。
私を守る護衛が迷う事なく抜刀する。
その目的は危険人物として認識された男性を斬り殺すこと。
同時にその光景を見せまいと別の護衛が私の目を覆い隠す。しかし視覚を奪われた分、聴覚がハッキリと周囲の音を拾ってしまい私の耳には男性の悲鳴が鮮明に届いた。
護衛一撃でトドメをさせなかったのだろう。
男性の苦痛に満ちた悲鳴が幾度と無く聞こえるのだ。「ぎゃあ」とか「ひい」など自分の命ある限りその身に降り注ぐ苦痛に塗れた悲鳴。
そしてカランと金属が地面に落ちる音が響く。
今でも頭にこびり付いて離れない死を強要された人間の悲鳴が私の頭にこびり付いて離れてくれないのだ。
それでも終わりは訪れるもので男性の悲鳴が鳴り止んだ。私は護衛に「なりません」と注意されるも、男性がどうなったのかが気になってしまい隙間を縫ってその人の姿を探した。
男性は真っ赤な血を先ほど以上に全身から流して無言のまま倒れていた。もはや瀕死の状態である事は明白で男性はピクピクと全身を震わせながら静かに死を待つばかりだったのだ。
そんな時、私と男性の視線が重なる。
男性は残る力を振り絞って私に向かって届く筈もない腕を伸ばしながら最後の言葉を残していった。
「ツネコ……お前は生まれ変わったんだな? その目だけは……例え生まれ変わったとしても……絶対に間違えない。俺は……俺の名前は……み……つい」
「ミツイ?」
「そうだ、俺は……三井……弥太郎……だ。今度……こそ悔いを残してなるもの……ぎゃーーーーーーー!!」
「殿下、見てはなりません!!」
一瞬、男性の体からドス黒い光が天に向かって飛び立った様に見えた。私は目を疑って何度か擦ってみるも、黒い光が空を旋回していた。
クルクルと空を回って、光は私に目がけて落下を始めた。そして私に体に侵入する様に光は姿を消してしまったのだ。何がなやら分からず私はストンと地面に座り込む。
すると何処からか背筋が凍りつく様な声が聞こえて来た。いや、アレは寧ろ頭の中に響くと言った方が正しい表現だったかも知れないと今更になって思う。
その声は私に何かを訴えかけてくる様だった。
(俺は……俺は誰にも愛されないのか?)
「誰? 誰なの?」
「殿下?」
護衛が一人呟く私の顔を怪訝な様子で覗き込んできた。私はと言えばキョロキョロと声の主を探そうと周囲を見渡すも、そこいるのは父と護衛の騎士たちだけ。
頭に響く声はとても静かだったから絶対にその主は近くにいる筈と考えたが、それがどうしても見つからない。その状況に私が恐怖を覚えると、声は一切の遠慮を見せずに語りを止めることは無かった。
(お前だけは俺を覚えていてくれ。頼むから俺を愛してくれ)
「……嫌、誰なの?」
(もう心が寂しいのは真っ平ごめんなんだ。お願いだからお前は俺を見てくれ)
「嫌、嫌……」
(俺は俺だ。俺は……俺はいつの日かお前に愛して貰える男になってみせる。たとえ死んでしまっても何度でも生まれ変わってお前の前に現れる。だから……)
気が付いた時にはまたしても護衛が私の視界を男性の死を隠す様に覆い尽くす。
私がかけられた言葉を反復すると男性は小さく微笑むも、その瞬間に護衛の騎士によって無惨にもトドメを刺されてしまった。断末魔を私の記憶に刻んでこの世を去っていった。
その人が私に何を言いたかったのかは分からない。どうして私の事を「ツネコ」という人と間違えていたのかも分からない。その日、起こった出来事の何もかもが分からない事だらけだった。
いつの間にか頭に響いて離れなかった声も聞こえなくなっていた。
それでも今になってその記憶を掘り起こして気が付いたことがある。
それはツネコと言う名前が持つ意味。
そうだ、この名前は勇者様の奥方様と同じ名前だった。
私は過去の記憶について話し終えて改めて驚いていた。昔は理解出来なかった事が今となっては分かりかけて来たのだ。ハッとなって俯いていた視線を上げるとそこには勇者様の顔があった。
私の話に驚いた様子を見せるイケメンの男性の姿がそこにはあったのだ。
勇者様もまた思考の整理が追い付かないと言った具合に呆けたご様子で唖然となっていた。そしてただ確認するかの如く私が説明を口にした名前をこぼれ落としていた。
「三井……弥太郎」
ディアナたちは私たち二人の様子にどうして良いか分からないのだろう。彼女たちは呆けた様子の勇者様から視線を外す事なく佇んでいた。私たち五人の時間が完全に止まってしまった。
そして泊まった時間はいつかは動き出すもので、そのキッカケもまた勇者様の言葉からだった。私は勇者様の抱える過去に少しだけ触れることになるのだ。
「三井弥太郎、やはりお前だった。ツネコを殺しても尚、お前は私を恨むのか……」
「栄一様?」
「アルテミス、その男性が魔王なのでしょう。だから貴女と出会ったハーシェルに拘ったのです、私が勇者として召喚されたならば旅立ちにはハーシェルを選ぶと思ったのだと思います」
「そんな……まさか……」
「そしてディアナさんたちが着いてくることも織り込み済みだった。だからシンシアさんを使って毒を撒き散らしてアルテミスを除く邪魔者だけ排除しようと試みた」
「で、ですがそれでは私だけが生き残る保証など無いではありませんか?」
「信じていたのでしょうねえ、私が貴女を絶対に守ると……」
その男性の正体とは勇者様の奥方様を殺した犯人だったらしい。
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