勇者、同じ女性を愛する故に
「我慢我慢我慢我慢!! 毒など我慢すれば良いのです、痛み如き苦しみなどとうの昔に飽きました!!」
「くっ……、シンシア!!」
「オリビアああああああ!! 貴女にお喋りの余裕があると思っているのですか!? ディアナは魚の治療、スカーレットは狙撃以外はポンコツ。勇者に至っては戦姫の護衛にご執心。この状況下で貴女は何が出来る!? 何に抗っているのですか!?」
シンシアは我慢と言う言葉を連呼するも、私にはとてもそうは思えなかった。彼女に対する私の印象は残酷で残忍。そう言った類の人間だと思う。
事実彼女はエーレだけで無く小人のサンやキュー、果てにはハーシェルの住民全てを巻き込もうと企んだのだからそれは間違いない。
唯一彼女の目的とやらが分からないのが悔しくはあるが。
「アルテミスは渡しません!!」
オリビアはそう叫びつつシンシアの猛攻を必死に掻い潜っていく。
「くふふ、先ずは最初の目的を果たしましょう。戦姫アルテミスを魔王様へ献上する目的をね、あの方はずっとその女をお求めだった。それがお預けになってとっくに我慢の限界を超えていらっしゃるのですから急がねばなりません」
「我慢の限界ですか? それは貴女が最も嫌悪する事だった筈」
「舐めた口を聞くんじゃねえ!! オリビア、手駒不足だったから貴女を回収して駒として補充をしようと思いましたがもういい……。遊びはこれでお終いです!!」
シンシアが鬼の形相となって更に攻撃の圧力を高めていく。彼女は風を切る音を残して右の拳を横に振り切った。その攻撃にオリビアは飛翔のスキルを持って上空へと逃げる。
オリビアの動きを先読みしたのかシンシアは即座に上を向くと、同じく飛翔のスキルでオリビアを追いかけていった。その飛翔速度たるや恐ろしく、シンシアは一瞬でオリビアの前に姿を現した。
そしてシンシアは渾身の一撃をオリビアの鳩尾へと打ち込んだ。
風が舞う。
私たちの周囲で風が舞い上がった。その風が上空に逃げたオリビアの元へと集約していく光景が見えた。風は束となってオリビアの身を守ったのだ。シンシアの拳とオリビアの鳩尾との間に風が割って入ってギリギリのところでオリビアの防御を完成させた。
一瞬でも遅かったらオリビアはシンシアによって串刺しだっただろう。
それほどの窮地の中でオリビアは美しい見た目を激しく歪めるシンシアへゆっくりと話しかけていった。
「魔王軍は何を企んでいるのです? この国境付近へ大戦力である幹部を捨て駒にしてまで集結させて貴女は何がしたいのですか?」
「くふふ、幹部を使ったのはたまたまです。私の毒は威力が効きが良すぎて中途半端な戦士だと毒を受けただけで即死してしまう。ここに辿り着くまでは生きていて貰わないと感染源にすらなってくれないのですよ」
「つまりこの場所は意図されていたと?」
「魔王様の命令は二つ!! 戦姫の生捕りと勇者の確保!! 手段はご指定を受けていないので諸々は私の趣味ですがねえ」
「悪趣味な、貴女とはトコトン気が合いそうにありません」
シンシアが口にした目的で分かった事。
魔王は勇者様の生死は気にしていないと言う事になる。
そして再び私の身柄を確保しつつ、その場所を魔王はピンポイントでここジュピトリスとサンクトぺテリオンの国境付近と見定めた。つまり魔王には私がここに来ると予測が立っていたと言う事になる訳で。
魔王に私たちの動きが先読みされている?
そうふと考えると私はある可能性に気が付いて、それを声に漏らしてしまいました。
「……呪い?」
「あ? アルテミス、神妙な顔になってどうしたよ?」
私の呟きにディアナが怪訝な面持ちとなった。彼女は屈んだ姿勢でエーレの治療を続けつつ下から私に話しかけてきた。
「魔王に私たちの動きが筒抜けだと思いまして。そうなると考え得るは私と魔王の唯一の繋がりであるこの身に受けた不老の呪いのみ。つまり呪いが発信機になっているのではと思ったのです」
「そりゃあねえだろ? だったら逆に対応が早すぎる、サンとキューの襲撃なんて出発の翌日だったんだぜ? シンシアが毒を盛ってあの姉妹を放ったと考えたらアルテミスの出発前にその準備をしていた事になる」
「それは……ディアナの言う通りですね」
再び思考が振り出しに戻る。
そうなると魔王は情報の無い状態でハーシェルないしこの国境付近に目星をつけた事になる。まさか魔王を名乗る人物が何の根拠もなしに行動を起こすとは考えずづらい。
ウンウンと唸る私にスカーレットが無邪気な様子で「熱でもあるっすかー?」と額に手を当てて心配をしてくれた。そんな可愛らしい行動に私がクスリと笑いをこぼすと、今度は勇者様が魔王について語り出した。
「はっはっは、おそらく魔王は確信があったのでしょう。若しくは信じていた、と言った方が正しいでしょうかねえ」
「栄一様?」
「私も男の端くれ、ならば魔王の考えに察しを付けられます」
「栄一様は魔王が男性特有の思考パターンで動かれたと仰りたいのですか?」
「ええ、おそらくこの土地には魔王にとって何か因縁若しくは思い出が詰まっているのだと思いますよ? ここにアルテミスが来ると信じていた、そう考えれば辻褄が合います」
「ですがそれは……」
「根拠などありませんよ、無論ね。ここに来るまでマイアさんにメティスちゃんとアルテミスは偶然で片付けづらい数の出会いを経験しました。或いはアルテミス自身がこの土地に因縁があるのかも知れませんが。キラーン」
おっふう。
勇者様はトドメとばかりに真っ白な歯を見せて笑いかけてきた。最近は慣れて来たと思っていた勇者様の微笑みを不意打ちで見舞われて、意識が飛びそうになってしまった。
やはり油断はいけません。
あれ? 私の衣服から煙が立っている?
ええええええええ!? もしかして勇者様は笑顔一つで人間の衣服燃やしてしまわれたのでしょうか!? よく見るとディアナとスカーレットも私と同じ被害を被ったらしく必死になって消火作業を開始していた。
マジで?
勇者様の笑顔は本当に恐ろしい。
目潰しから始まって解毒に発火とその効力の幅が広すぎるのだ。この事実に私たち三人は顔を突き合わせてそれぞれに驚きの反応を示す。
当のご本人である勇者様は状況をよく理解出来ていらっしゃらないご様子でキョトンとした表情を浮かばせていた。
うーん、今後は勇者様の取り扱いを慎重にしなくてはいけません。私たちはそう決意して互いにウンウンと頷き合った。
そしてその間にもオリビアとシンシアは戦闘を継続している訳で。
激しい衝撃の音が上空から地上の私たちに届いてくる。全身を毒に侵されながらも格闘でオリビアを圧倒するシンシアに、毒を受けまいと風で防御を続けるオリビア。
二人の戦闘は音速の域にまで達しかかっていた。
そんな最中、オリビアがキッと目付きを強めてシンシアを睨む。どうやら彼女はシンシアの攻撃が大振りになる瞬間を待っていたらしい。オリビアは待っていたとばかりに小さく後ろに飛んでシンシアの拳に合わせる様に蹴りの姿勢をとった。
オリビアはシンシアの拳の勢いを利用してクルリとバク転しながら距離を取った。そして彼女は両手に風気を集中させて、この闘いに決着をつけるべくその風を爆風と化して敵に向かって穿つのだった。
バランスを崩されたシンシアにこの攻撃に対処出来る道理は無い。
「シンシア、これでお終いです!! ハイプレッシャー!!」
オリビアがシンシアに向かって突き出した手のひらから凝縮した圧力のオーラ弾が解き放たれていった。
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