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シンシア・マルガレータ・マタハリー【後編】

 時が経ち、シンシアと少年は十六歳となったある春の日の出来事。


 ジパン公国は温かな陽気が差し込める春らしい日だった。年頃に成長した二人は睦まじく公爵家の屋敷内に庭園で隣り合って歩く。方やいずれは公爵家の跡目を継ぐだろう将来を有望視された青年、その彼をメイドとして支える少女。



 二人の関係は側から見れば主従関係。



 二人はそんな見た目など関係無いと断じて庭園内の花を愛でる。メイドが花の愛くるしさに微笑むとその主人が顔を綻ばせる。太陽の日差しがそんな二人を祝福するかの如くその生命力を漲らせていた。


 そんな幸せの中で青年はポツリと愚痴をこぼす。



「……国内のペイント資源が枯渇しかけていてね」

「ドバラビアですか?」



 シンシアは首傾げに少年ヘ言葉を返す。


 ドバラビア首長国、砂漠を根城とする人間の国家の一つだ。

 戦闘面で他種族に劣る人間が体内に内在するオーラを自在に操るために生み出されたペイント技術。そのペイント資源の採掘場所の大半はドバラビアが独占していた。


 ここ数年、サンクトぺテリオンでドラゴンが死んだ。殺したのは人間の少年と言う事でジパンでも驚きの一報として報じられた事件だった。そしてその後、最強種のドラゴンが絶滅して魔王と名乗る男が台頭しだす。



 その煽りだろう。



 ドバタビアは自国の防衛に追われてペイント資源を他国に輸出する余裕が無くなったと言う。青年は困り果てた表情のまま更に会話を続けていった。



「国内でも魔王への対策にペイント使いの騎士を増員すべきと言う意見が絶えない。それは理解出来る、寧ろ当然の事だと思う。しかし……」

「肝心のペイントが無ければ机上の空論ですね」

「うん」

「他国は何と?」

「……採掘量がゼロなのは公国のみだからね」

「傍観……ですか?」

「ジュピトリスの王だけは異を唱えてくれたがサンクトぺテリオンがドバラビアに賛同した形だね」



 サンクトぺテリオン連邦はドバラビアから金銭的な支援を受けている。


 彼の国は数十年前までは王国だった。

 それが当時の王族に国民の不満が爆発して革命が起こり王政から連邦制ヘと移行した過去がある。その移行は形だけのもので、選挙や国会など民主制度が導入されるも結局は国の要職は旧特権階級が独占している。それもまたドバラビアを資金源とした買収が原因。


 となればまたしても国民の不満が爆発しそうなもので。


 そう言った邪魔な世論の排除を支援したのもまたドバラビアなのだ。何処の国も結局は闇を抱え込んでいる。少年が必死になって調査を進めていたジパンでの人身売買もまたマタハリー子爵亡き後も途絶えることは無かった。



 そう言った現実が少年の心を疲弊させているのは間違いないだろう。



「そのせいで父の発言力が下がってきてるんだ」

「お父上様は真の国士です」

「その通りだ。だけど父を政界から追いやる動きがあるのもまた事実なんだよ」

「ですがお父上様ならなんとかなさるのではありませんか?」

「ま、用心するに越したことは無いからね。シンシアも気を付けるんだよ?」



 シンシアに優しさを振り撒いて少年は歯に噛んでいた。


 この時、シンシアは心の何処かで安心しきっていたのだ。なんだかんだと言ってこの少年とその父であるワースト公爵ならば大丈夫だろうと。それは二人に対して純粋に湧き上がる信頼の証。


 シンシアは二人を信じていた、自分を自由へと解き放ってくれた恩人の二人を心の底から信頼していた。しかしそれが過ちだったと気付いた時には遅かったのだ。




 油断。




 シンシアは安心などせずに真剣になって二人の身を案じるべきだったと思い知らされる事となる。少年とこの会話をした数日後にシンシアは自分の愛する青年とその父親を同時に失うこととなったのだ。


 二人は暗殺されてかけて、瀕死の重傷を負ってしまったのだ。


 そこからシンシアの地獄は再開していく。

 二人を救うべく奔走して当時開発された人体の冷凍技術で恩人の遺体を保存する事に成功するも、それはその場しのぎにかならず、シンシアは更に精神を疲弊させていった。



 そんな折である。


 彼女の元に魔王が姿を現したのは。



 魔王は何処からシンシアの情報を聞きつけたのか何の前触れもなく姿を現しては、彼女の心の隙を突いてきた。シンシアが身を挺して守る恩人二人の冷凍保存容器を指差しながら甘露な誘惑を口にした。



「その二人の命、救いたいですか?」

「……貴方に二人の命が救えるのですか?」

「人工的な生命の誕生を目指していまして、竜人として生まれ変わる事になりますが不可能とは申しません」

「……私に何をしろと?」

「あっはっはっは、察しのいい女性で助かりますよ。貴女とその二人には被験者として私の実験に参加して欲しいのです。サンプリングが竜人だけでは種族内でも何かと反発を買いますし、そもそもデータが偏ってしまいますからねえ」



 明らかに怪しい実験。


 シンシアは頭でそれを理解しつつもその時の彼女には首を縦に振る以外出来ることが無かったのだ。こうしてシンシアを含めた三人はジパン公国を捨てて魔王ジルドレ・テュラムの元へと走ったのだ。



 そしてテュラムの実験は多くの犠牲を出しながらも成功を果たす。


 青年とその父親は竜人として生まれ変わり命を繋ぎ止めた。シンシアもまた同様に改造竜人となって今は魔王軍の幹部としての地位を与えられてテュラムへの忠誠を誓う事となる。彼女は命を繋ぎ止めつつも、半ば植物人間となってしまった恩人二人の介護をしつつ、愛を貫くのだ。



 女として愛してくれた青年を愛し返して守り抜く。



 この行為にシンシアは女としての喜びを覚えたと言う訳だ。彼女は大切な二人が目を覚ますその日まで我慢の日々を繰り返して闘いに身を投じ続けていく事に躊躇うことは無かった。




 我慢する。




 この言葉こそシンシアが愛するジョージ・ワースト・ジュニアを守り抜く糧なのだから。

お読み頂いてありがとうございますm(_ _)m


また続きを読んでみたいと思って頂けたら嬉しいです。ブクマや評価ポイントなどを頂けたら執筆の糧となりますので、もし宜しければお願いいたします。

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