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第92話.一日目の夜

 

 その後の道程はおおむね予定通りに進んだ。


 昼に休憩を取り、夕方は早めの時間帯に水辺を見つけ、その周辺に天幕を張って野営の準備を始める。十頭の馬もよく休ませなければならない。


 近くに花畑があるようで、見に行きたいという瑞姫には飛傑が付き添っている。深玉もそのあとに意気込んでついていった。

 桂才は疲れたからと馬車で休んでいるそうだが、たぶん人付き合いが面倒だったのだろう。普段から冬潮宮に引きこもりがちなのだ。


 その他は皇帝を警備する者、焚き火の準備をする者、天幕を張る者、馬を見る者などにそれぞれ分かれている。


 そんな中、鋭い女性の声が響いた。


「この中に、料理のできる方はいらっしゃいますか?」


 呼びかけているのは仙翠だ。品のある彼女の後ろには、深玉や桂才の女官の姿がある。


(確かあの子はファン、だったかしら)


 よく桂才の傍に侍っているのを見かける。温泉宮にも随伴しているということは、信頼されている女官のようだ。

 依依はそんな彼女たちに、片手を上げて近づいていった。


「少しですが、できます」


 怪我を負っている台所番の先輩たちは、今回の旅路に同行していない。残りの面子で料理の心得があるのは依依だけだ。


「楊くん、料理もできるんだ」


 目を輝かせるのは深玉の女官だ。

 髪を頭の後ろでお団子にしてまとめている。年の頃は深玉と同じくらいに見えるが、彼女よりも気配が柔らかいというか、幼げなところがある。


子桐シャオトンです。改めてよろしくね、楊くん」

「はい、よろしくお願いします」


 依依と子桐はぺこりと頭を下げ合った。

 円秋宮に飛傑の護衛でついていったとき、彼女たちと依依は友好的な関係を築いている。

 主に婿候補として見られているようで、今も料理ができるという情報により点数が上がった気配を感じた。


(騙してるようで気が引けるけど……)


 邪険にされるよりはありがたい。

 聞いたところ、瑞姫のため滋養がある料理を手作りしていた仙翠を筆頭に、平民だった芳もそれなりの腕前らしい。


 子桐は良家のお嬢様で、厨房に立ったことはないそうだが、それでも大雑把な男よりかはまだ使える、と仙翠は判断したようだ。


 狩りに向かう人員も決まりつつある。宇静はそちらに参加するようだ。神秘の山であっても、その日の食材となる獣を狩るくらいならば許されるらしい。


 ちょうど近くを通りかかった愛弟子たちに、依依は声をかけた。


「牛鳥豚、狩りは任せた」


 彼らの前だと依依は素の部分が大きく出て、自然と女言葉になってしまいがちだ。気をつけて声をかけると、鳥は張り切ったように胸を叩いてみせた。


「お任せください大哥。虎でも狩ってきますよ!」

「んー、それは無理だと思う」


(むしろ返り討ちにされるわよ)


 依依も狩りに出るつもりだった。欲を言うと虎と戦ってもみたい。しかし料理できる人員が限られているので、無理にそちらについていったりはしない。


 狩りに向かった部隊の帰りを待つ間、依依は手頃な石を積んで竈を作ることにした。総勢六十人近い人数分の料理を作るのだ。焚き火だけでは不足する。

 山に篭もっての修行であれば、依依は何度も経験している。当然、竈を作る手つきも慣れたものだ。


 料理はだいたい焼く、煮る、揚げるの大雑把な三つで乗り切ってきた。山で採れるだいたいのものはその三つのどれかを用いればおいしくなるというのも、また真理である。


「竈はひとつでいいですかね?」

「いえ、できれば二つはほしいですね」


 馬車に積んできた食材もある。その内容を吟味している仙翠に、確認しながら作業を進める。


 てきぱきと動く依依に惚れ惚れとした視線を送っていた子桐だったが、芳に言われて一緒に大鍋を運び始めた。それぞれ仕える主人の異なる女官同士ではあるが、仙翠がうまく指示出ししているおかげで円滑に動けている。後宮内では睨み合う関係だが、旅行中なので全員が空気を読んでいる。


 辺りが暗くなる前に、宇静たちも戻ってきた。

 彼らの成果を目にして、依依はおおと目を見開く。


(鹿、それに鴨が獲れたのね!)


 鹿はどちらかというと淡泊な味わいだが、鴨はこってりとしている。どちらも捌いて鍋に入れればおいしく調理できる。


 茸や山椒なども採れたおかげで、夕餉はそれなりに豪勢なものになった。普段から豪華な料理に慣れている面々もいるが、特に不満は漏れ聞こえてこなかったので、彼らもそれなりに満足のいく食事内容だったのだろう。


 食事のあとは、もう寝るしかやることがない。豚の毛で歯を磨いた依依は、見張りを夜番に任せて就寝することにした。


 夜はそれなりに冷える。小さな天幕で、厚手の布にくるまった依依は目を閉じた。皇帝付き武官に任ぜられている依依なので、ひとり用の天幕だ。他は四人から五人で天幕を使うので、破格の待遇といえた。


 ぱちぱちと焚き火の爆ぜる音が、子守歌のように聞こえてくる。


 一日目の夜は、そうして更けていった。




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