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第74話.餌づけの牛鳥豚

 


「いいなー! 大哥、また後宮に行ったんすよね!」

「別に遊びに行ったんじゃないからね」


 市での巡回任務を終えたその日。

 清叉寮の食堂にて、依依は騒がしい夕餉の時間を過ごしていた。


 卓を囲むのは涼と牛鳥豚だ。涼は出世し、今では依依と同じく室付き武官となった。

 牛鳥豚も、以前は素行不良が目立ったが、最近は訓練にも積極的に取り組んでいる。

 宇静もじゅうぶん承知しているはずなので、おそらく近日中に触れがあるだろうと依依は思っていた。牛鳥豚は調子に乗るだろうから、その予想は伝えていないが。


 本日の夕餉は普段より豪勢である。

 依依や涼を含む数十人の武官は、三日間の後宮での任務を終えたところだ。「お疲れ様」の意を込めて、用意されたものと思われた。


 目の前に置かれているのは、豚の挽肉がたっぷりと詰まった雲吞(ワンタン)入りの(タン)

 生姜で蒸した白身魚に、海老と卵を炒めた蝦仁炒蛋(シャオレンチャーダン)


 濃いめに味がつけられた蝦仁炒蛋を口いっぱいに頬張って、依依はにこにこと笑顔になっている。

 あたたかなご飯は、喉と胃を伝わって全身に染み渡っていく。巡回任務に励んだ甲斐があったというものだ。


(先輩方、今日もごはんおいしいですー!)


 感謝の念が通じたのか、台所番の先輩の何人かが手を振ってくれる。

 ぶんぶんと音が出るほど激しく手を振り返した依依は、次々と皿の中身を平らげていくと。


「お代わりもらってくる!」

「おう。相変わらずよく食べるなー」


 ――そうして、楽しい食事の時間の終わり。

 依依はずずっと湯呑みの中身をすすり、ぷはぁと息を吐いた。


(はぁ、満足満足)


 そんな依依に、鳥が目を輝かせて質問してくる。


「ちなみに大哥的に、好みの妃って居ました?」

「先輩。その質問、不敬に当たりますからね」


 涼が鳥に注意している。

 妃嬪も女官も、皇帝たる飛傑の所有。聞かれた相手によっては皇帝への反逆とみなされ、鳥は罰せられるかもしれない。しかし鳥は年端もいかぬ童のように唇を尖らせている。


「だって後宮には、すっげえきれいで高貴な妃がたくさん居るって言うじゃんか」


 原則として皇帝以外の男が立ち入りを禁じられている、絢爛豪華な後宮である。

 そこに住まう妃嬪たちに興味を持つのは、男ならば当然のことだろう。現に牛鳥豚以外にも、近くの卓で数人が耳をそばだてている気配を感じる依依だ。


「ねーねー大哥。誰が素敵かだけ、こっそり教えてくださいよ! 今後の参考にするんで!」


(なんの参考よ)


 わくわくしている鳥に、依依は素っ気なく返す。


「大通り中心に巡回するだけなんだから、妃になんてそうそう会えないって」

「えーっ、そうなんすね……」


 がっかりした様子の鳥。宮殿の警備でも任されると思っていたのだろうか。


「そういえば牛鳥豚。皇妹様について何か知らない?」

「どの皇妹っすか?」


 何人もの皇妹が居るので、鳥は首を傾げている。


「恋華宮の瑞姫様」

「ああ、呪われたひ――むがッ」


 下手なことを言わせないようにと、とっさに右隣の牛が鳥の口を塞いでいる。

 すちゃっと挙手したのは左隣の豚だ。


「大哥、ここからはあっしが」

「よろしく」

「恋華宮の皇妹様であれば、半年くらい前、温泉宮に療養に行くって話がありましたよ」

「温泉宮?」


 温泉宮というのは、皇帝はじめとする皇族が療養に使う離宮のことだという。

 宮城からは、馬車で二日ほどの距離にある。原因不明の病に侵される瑞姫を見た侍医が、温泉なら良い効能があると勧めたのだそうだ。


「結局皇妹様の体調が悪くて、実現はしませんでしたがね」


 皇帝直属軍である清叉軍が護衛に就く予定で日程も組まれていたが、瑞姫の体調が悪化したため延期となったという。馬車の旅では負担もあるので、致し方なかったのだろう。


「へぇ、そんなことが」


 依依と同期の涼も、知らない話だったようだ。


「……でも、温泉かぁ。いいなぁ」


 温泉はあらゆる病に通ずると効く。

 それに大きな岩風呂にでも浸かれば、沐浴場での入浴よりもよっぽど気分が良いに違いない。


 頬杖をつく依依に、鳥が嬉しげにしきりに頷く。


「そっすよね! 今後も、誰か皇族が体調不良になったら使われっかも――もごっ」


 いろいろと危うい発言をしそうになる鳥の口を、両脇から牛豚が塞いだ。

 そんな三人を呆れた目で見ていた依依は、「そうだ」と大事なことを思い出した。


「食後のおやつを食べちゃおうっと」


 舌なめずりをして懐から取り出したのは豆菓子だ。

 桜霞が純花に贈り、純花から依依に渡ってきたものである。


 きれいな藤色の布包みに包まれた豆菓子を、空いた小皿へと移す。

 豆の種類は多種多様で、落花生やそら豆、きな粉をまぶした大豆などがあるようだ。


(あ、こっちの豆は(ジャン)で味つけされてるのね。ぴりぴりしておいしい!)


「良かったら涼も食べて」

「えっ。高そうなのにいいのか?」

「みんなで食べたほうがおいしいから」


 そのやり取りに、耐えかねたように鳥が叫ぶ。


「大哥、おれも豆菓子ほしいっす!」

「あっしも!」

「も!」


 甘えてくる牛鳥豚は、まるで母鳥に餌をねだる雛である。


「ったく、しょうがないわねぇ」


 大口を開けて周りに集う牛鳥豚に、ぽいぽいと依依は豆菓子を分けてやる。


「うめぇ。大哥、うめぇっすー」

「ねー。おいしいわよね」


(将軍様、まだかしら)


 飛傑について宮城に向かってから、宇静はまだ帰ってきていない。

 湘老閣の一件について、話し合っているのだろうか。そう思いながら、依依は歯の間でがりがりと豆を砕くのだった。




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