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【書籍③発売中】後宮灼姫伝 ~妹の身代わりをしていたら、いつの間にか皇帝や将軍に寵愛されています~【コミック③5/7発売】  作者: 榛名丼
第二部

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第73話.貴妃と賢妃

 


 ひとりの侍女を伴って現れたのは、樹桜霞だった。


 青みがかった見事な黒髪は結い上げられ、華奢な背中に流れている。

 気品の漂う瞳は優しく和み、まっすぐに純花を見つめる。

 花のような、漂う甘い香気は、彼女のつけている香水のものだろうか。


 おっとりとした美貌の貴妃は、しとやかに微笑んだ。

 桜色の長衣に合わせた、さらりと揺れる水色の裳が涼しげだ。


「ごきげんよう、灼賢妃」

「……どうされたの、樹貴妃」


 歓迎していないどころか、警戒心も露わに聞き返す純花。

 その後ろに、案内役の林杏が下がる。桜霞は申し訳なさそうに首を傾げていた。


「突然訪ねたりして、ごめんなさい。実は瑞姫様から、灼賢妃が良くしてくださっていると伺いまして。わたしも樹家の者として、お礼をお伝えしたかったのです」

「別に、樹貴妃のためではないけれど」


 物腰柔らかな桜霞に対し、純花はつっけんどんな言葉と態度を崩さない。


(純花~!)


 見守る依依ははらはらしっぱなしだ。

 これが短気で高飛車な深玉だったら、まなじりをつり上げて怒り出していたに違いないのだが、桜霞はそれどころか顔を綻ばせている。答えがあったのが嬉しいようだ。


 女官に目顔で合図を送ると、盆を掲げた女官が前に出て膝をつく。

 宝石や貝がちりばめられた盆には、絹の反物が載せられていた。純花が刺繍や裁縫を趣味にするのは、有名なようなので、無難な贈り物といえよう。


 しかしその隣に置かれた包みを、純花はじっと見ていた。


「それは……」

「こちらは、市で売っていた豆菓子です」


(豆菓子! 好きだわ!)


 依依は挙手したくなった。もちろん、片手を押さえて堪えたが。

 布の間からではよく見えないが、桜霞が持ってきた菓子なのだから、よっぽどおいしいはずだ。


「四夫人でのお茶会のとき、干した果実や蛋捲(タンチュー)を、とてもおいしそうに食べていらっしゃったので……豆菓子もお好きかしらと思ったのです」


 そのお茶会に出席したのは純花ではなく、身代わりをしていた依依なのだが、桜霞は知る由もないことだ。

 うふふ、と楽しそうに微笑む桜霞を、純花は複雑そうに見やる。


「……ありがたく頂戴します」


 お礼を言う純花だが、くにゃりと顔を歪めている。

 というのも純花は胃の容量が小さい。豆など食べたら食事が口に入らなくなる。これはお姉様に渡そう、と思っているのだった。そもそも瑞姫を見舞っているのも、純花ではなく依依なのだし。


 ちなみに依依はといえば、こう思っている。


(それにしても四夫人のみんな、なんでか食べ物ばっかりくれるのね)


 その理由はまさに、依依がいつでも幸せそうな顔で食事しているからなのだが、本人は気がついていない。

 女官から明梅が贈り物を受け取る。


「できたら、一緒にお茶の時間を楽しみたいのですが。わたしの宮でも構いませんし」


 両手を合わせる桜霞に、まったく他意はないだろう。単純に純花と仲良くしようとしてくれている。贈り物というには、豆菓子というのはいささか軽らかな品だと思ったが、まさに意図はそこにあったのだ。

 ここで楽しく茶会を始められては困るが、桜霞の住まいである春樹宮での茶会であれば、なんの問題もない。


 しかし期待に目を輝かせる依依の隠れる衣架を横目で見て、純花は頭を下げた。


「今日は市で疲れていますし、片づけもありますから」

「あっ……そうですわよね。わたしったら、無理を言ってごめんなさい」


(純花~!)


 私のせいでごめんね、と心の中で謝る依依だが、純花は何があろうと断っていただろう。

 数秒の沈黙が流れる。純花はやや気まずげだったが、桜霞は考え込むように頬に手を当てていた。


「……灼賢妃。お暇する前に、ひとつだけお伺いしてもいいでしょうか」


 純花が眉を上げると、桜霞はその問いを放った。


「灼賢妃は、呪いはあると思いますか?」


 ――『……わたしは、呪い自体を信じていませんから』


 四夫人の集まったお茶会で、桜霞はそう呟いていた。


 声にも表情にも苦悶がにじんでいた。桜霞はあのとき、純花ではなく瑞姫のことを考えていたのだろう。

 血縁の姫が正体の分からぬ病に苦しめられ、住まう宮殿からも出られない事実を、心優しい妃は我が事のように憂えている。


 そんな桜霞の問いかけに、純花はどう答えるのか。

 見守る依依の前で、純花は暗い面差しをしている。


「……あるのかもしれないと、思っていたわ」


 隠れていることも忘れて、依依は妹に駆け寄りたくなる。

 しかしその前に、純花は顔を上げると、隠れる依依に向かってにっこりと笑ってみせた。


 呪われた妃などと呼ばれた面影は、ひとつもない。

 どこまでも少女らしい、溌剌とした笑みだった。



「でも、わたくしの呪いは、優しくて逞しい風がどこかに吹き飛ばしちゃったみたい。……だから瑞姫様も、きっと大丈夫よ」



(……え? どんな風?)


 なんとも不思議な回答である。


 依依は首を傾げたが、何か伝わるものがあったのか。

 桜霞が愁眉を開く。小さな顔に、微笑みが広がっていく。


「灼賢妃、すみません。お礼を伝えに来たのに、わたしのほうが励まされてしまいましたね」

「だから別に、励ましたつもりはないのだけれど」


 憎まれ口を叩く純花は、照れくさそうに頬を赤くしている。

 桜霞はふふっと笑うと、細い指先を向けてきた。


 他でもない――隠れている依依に向かって、である。

 依依と純花、それに明梅と……察した林杏も、顔を真っ青にした。


「ところで、あちらに何か置いてあるのですか? 先ほどから見られているような……」

「えっ!? お、置いてないわよ。置いてないから見ないでちょうだい!」


 不自然なくらい焦りながら、純花が必死に依依を庇う。


「あらあら、うふふ。すみません」


 そのおかげか、ころころと楽しそうに笑いつつ桜霞は出て行ってくれた。


 そのあえかな後ろ姿を、胸を撫で下ろして見送った依依だったが……ふと目の前に、明梅が出した帳面が見えた。


 そこにはこう書かれている。


 ――『そろそろお時間が』


(そうだった!)


 鮮やかな衣の山から勢いよく飛び出した依依を、林杏は睨みつけていたが、今は小言を言う時間もないと理解してくれたのだろう。

 窓から射し込む日の光は蜜色をしている。そろそろ清叉軍の武官たちは後宮を出るはずだ。このままでは取り残されてしまう。


「お姉様、これっ!」

「ありがとう!」


 純花が投げてくれた豆菓子を受け取り、依依は大慌てで灼夏宮を飛び出していく。

 人気のない道を選びながら、全力で疾走し――結果、屯所を辞する武官たちにどうにか合流を果たしたのだった。




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新連載です→ チュートリアルで死ぬ令嬢はあきらめない! ~死ぬ気でがんばっていたら攻略対象たちに溺愛されていました~
短編を書きました→完璧超人シンデレラ
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